第8話 「束の間の平和」
王都に戻ってきた。
砦での戦いから三日後。
街は、いつもの賑やかさを取り戻している。
「グロッグ様ー!」
正門をくぐった瞬間。
グルーシャが抱きついてきた。
「うおっ!?」
「お待ちしておりました!」
「重っ! ていうか、なんでここに!?」
「決まっているではありませんか!」
グルーシャが、キラキラした目で言う。
「グロッグ様のそばにいるためです!」
「えっ」
「王都に引っ越してまいりました!」
「マジで!?」
やばい。
ストーカーだ、これ。
「しかも——」
グルーシャが、後ろを指さす。
「仲間も連れてきましたの!」
「グロッグ様万歳ー!」
「オークの誇りー!」
「かっこいいー!」
オークが、十人くらいいる。
全員、俺の名前を叫んでる。
「グロッグ様応援団、結成です!」
「いらねえよ!?」
思わず叫ぶ。
エリシアが、ため息をつく。
「相変わらず賑やかですわね」
「助けてくださいよ!」
「自業自得ですわ」
冷たい!
◆
王都の街を歩く。
すると——
「あっ、オークの勇者だ!」
子供たちが、駆け寄ってくる。
「本物!?」
「すげー!」
「ねえねえ、剣見せて!」
「おう、いいぜ!」
腰の剣を抜く。
子供たちの目が、輝く。
「うわー!」
「かっこいい!」
「僕も勇者になる!」
一人の子供が、木の棒を振り回す。
「オークの勇者ごっこしよー!」
「おー!」
子供たちが、散っていく。
その光景を見て——
「ふふっ」
エリシアが、笑う。
珍しい。
「どうしたんすか?」
「いえ」
エリシアが、こちらを見る。
「あなたのおかげで——」
「私も変われた気がしますわ」
「えっ」
「最初は、正直——」
エリシアが、言葉を選ぶ。
「オークの勇者など、認めたくありませんでした」
「ですよね」
「でも」
エリシアが、微笑む。
「あなたは、私の考えを変えてくれた」
「種族じゃない」
「その人自身を見るべきだと」
「……エリシア」
「ありがとう、グロッグ」
素直な笑顔。
初めて見た気がする。
「グロちゃん、人気者だね!」
ミーシャが、はしゃぐ。
「街中で噂になってるよ!」
「マジっすか」
「うん! 『オークなのに強い』じゃなくて——」
ミーシャが、にっこり笑う。
「『勇者として強い』って!」
「……嬉しいっすね」
本当に。
種族じゃなく、実力で見てもらえる。
これが、俺の望んでいたことだ。
「まあ——」
リオンが、腕を組む。
「まだ俺の方が強いがな」
「えっ、マジで言ってます?」
「事実だ」
「どう考えても俺の方が——」
「次の訓練で証明してやる」
リオンが、不敵に笑う。
相変わらず、負けず嫌いだ。
でも——
その目は、認めてくれている。
「お前と酒を飲めるようになるとはな」
ザックが、しみじみと言う。
「最初は、オークなんぞと思ったが」
「ひっでえ!」
「悪かったよ」
ザックが、笑う。
「今じゃ——」
「お前は仲間だ」
「……ザック」
「照れるなよ、気色悪い」
ザックが、俺の背中を叩く。
痛い。
でも、嬉しい。
◆
夜。
宿の屋上に上がる。
星空が、綺麗だ。
「ふう……」
深呼吸する。
王都の夜景。
その向こうに広がる世界。
「異世界転生——」
呟く。
「最高っすね」
前世では、小説で読むだけだった世界。
それが、今は現実。
しかも、勇者として戦ってる。
オークだけど。
「グロッグ様ー!」
下から、グルーシャの声。
「夜食を作りましたー!」
「いらねえよ!」
「遠慮なさらず!」
「遠慮してねえよ!」
やかましい応援団だ。
でも——
「これも、悪くないっすね」
笑いながら、呟く。
平和な日々。
こういう時間が、ずっと続けばいい。
そう思った。
◆
翌朝。
宿の食堂で朝食を食べていると——
「エリシア様!」
使者が、駆け込んでくる。
「どうしましたの?」
「お手紙です!」
使者が、封筒を差し出す。
ヴァンフリート家の紋章。
エリシアの実家だ。
「……」
エリシアが、封を切る。
手紙を読む。
その表情が——
固まる。
「エリシア?」
「……まずいですわ」
エリシアが、立ち上がる。
「魔王軍が——」
「私の実家の領地を狙っているそうです」
「えっ」
「情報によれば、大規模な部隊が——」
エリシアの声が、震える。
「三日以内に到達するとのこと」
「それって……」
「ええ」
エリシアが、俺を見る。
「助けに行かなければなりません」
「すぐに!」
◆
急いで準備を整える。
リオン、ミーシャ、ザックにも連絡。
全員が、即座に集合する。
「ヴァンフリート領か」
リオンが、地図を広げる。
「王都から二日の距離」
「急げば——」
「間に合うかもしれない」
「行くぞ!」
俺が、叫ぶ。
「エリシアの故郷を守る!」
「当然ですわ」
エリシアが、杖を握る。
「私の家族が——」
「領民が、危険に晒されているのですから」
「グロちゃん、行こう!」
ミーシャが、弓を背負う。
「任せろ」
リオンが、剣を抜く。
「お前ら、死ぬなよ」
ザックが、回復魔法の準備をする。
「行くっす!」
俺が、走り出す。
束の間の平和は——
終わった。
◆
王都の門を出る。
その時——
「グロッグ様ー!」
グルーシャが、追いかけてくる。
「待ってください!」
「グルーシャ!?」
「私も、戦います!」
「えっ、でも——」
「オーク族は、弱くありません!」
グルーシャが、斧を構える。
「グロッグ様が戦うなら——」
「私も、共に!」
「……」
悩む。
危険だ。
でも——
グルーシャの目は、本気だ。
「分かった」
「無理はするなよ」
「はい!」
グルーシャが、嬉しそうに笑う。
「行くぞ、みんな!」
「「おう!」」
一行が、走り出す。
ヴァンフリート領へ。
魔王軍との、新たな戦いへ。
◆
街道を全速力で駆ける。
エリシアの表情は、硬い。
「大丈夫っすよ」
「……」
「俺たちが、絶対守る」
「グロッグ……」
エリシアが、小さく頷く。
「ありがとう」
その声は——
いつもと違って、弱々しかった。
◆
魔王城。
「ヴァンフリート領への進軍——」
ベルザードが、報告する。
「順調です」
「そうか」
魔王ゼルギウスが、玉座に座ったまま言う。
「例のオークは——」
「動くか?」
「恐らく」
「ならば」
魔王が、微笑む。
「私も——」
「出向くとしよう」
「陛下、自ら!?」
「ああ」
魔王が、立ち上がる。
「話をしたい」
「あのオークと」
「どうして人間のために戦うのか——」
「その答えを、聞きたい」
魔王の目が、光る。
「面白くなってきたな」
冷たい笑みが——
魔王城に響いた。




