第6話 「公開演習試合」
王都の大闘技場は、人で埋め尽くされていた。
「すげえ人っすね……」
控室の小窓から覗くと、観客席がぎっしりだ。
立ち見も出ている。
「まあ、オークの勇者なんて見世物だからね」
ミーシャが苦笑する。
「珍しいもの見たさで来てるんだよ」
「見世物……」
エリシアが眉をひそめる。
「下品ですわね」
「でも現実っす」
俺は肩をすくめた。
「ま、いいじゃないすか」
「どうせなら、盛大に驚かせてやるっす」
リオンが腕を組む。
「相手は歴戦の傭兵団だ」
「油断するなよ」
「分かってるっす」
情報は入っている。
対戦相手は「鋼牙の傭兵団」。
リーダーのガルドは元騎士。
実力は確かだ。
だが——
「なんか、変なんだよね」
ミーシャが首を傾げる。
「こんな大舞台に、傭兵団を選ぶって」
「普通は騎士団同士でやるもんじゃない?」
「……貴族派閥の差し金だろうな」
リオンが低く言う。
「オークを叩き潰すために、金で雇ったんだ」
「最低っすね」
俺は笑った。
「でも、燃えるっす」
「そういう相手を倒すの、気持ちいいじゃないすか」
「前向きだな、相変わらず」
ザックが呆れたように言う。
「まあ、その方がいいか」
「じゃ、行くっすか!」
扉を開ける。
◆
轟音のような歓声が、耳を打った。
いや——歓声じゃない。
野次だ。
「オークだ!」
「本当にオークが出てくるぞ!」
「うわ、キモ!」
「でも強いんだろ?」
「嘘だろ、オークが強いわけない!」
笑い声。
罵声。
好奇の視線。
「……ひでえな」
ミーシャが小さく言う。
「大丈夫っす」
俺は笑った。
「慣れてるんで」
闘技場の中央へ歩く。
向かい側から、相手が現れる。
五人。
全員、重装備だ。
リーダーのガルドが前に出る。
「オークの勇者、か」
低い声。
「随分と……奇妙な組み合わせだな」
「そうっすか?」
俺は首を傾げた。
「オークだって、強い奴は強いっすよ」
「ふん」
彼は鼻で笑う。
「まあいい」
「どうせすぐに終わる」
「——手加減はしないぞ」
その言葉に、殺気が混じる。
貴族に金で買われた。
オークを叩き潰せと命じられた。
それが、はっきりと伝わってくる。
「望むところっす」
俺は剣を抜いた。
「全力で来てください」
「その方が、倒し甲斐があるんで」
ガルドの目が、鋭く光る。
「——生意気な」
審判が手を上げる。
「それでは、公開演習試合を開始する!」
「用意——」
緊張が走る。
「始め!」
◆
一斉に、動いた。
「散開!」
リオンの声。
俺たちは左右に分かれる。
相手も——動きが速い。
「魔法使いを狙え!」
ガルドの指示。
二人が、エリシアに突進する。
「させるか!」
リオンが立ちはだかる。
ガキィン!
剣がぶつかる。
「ミーシャ!」
「分かってる!」
矢が放たれる。
だが——
「甘い!」
相手の盾持ちが、すべて弾く。
「くっ……!」
「グロッグ!」
ザックの声。
振り向くと——
ガルドが、目の前に。
「遅い!」
剣が振り下ろされる。
速い!
ギリギリで受け止める。
ガギィン!
衝撃が腕を痺れさせる。
「ぐっ……!」
「どうした、オーク」
ガルドが冷笑する。
「これが、勇者の力か?」
「笑わせるな!」
連撃が襲う。
一撃。
二撃。
三撃!
すべて、重い。
受け止めるだけで精一杯だ。
「グロッグ!」
ミーシャの声が遠い。
観客席から、笑い声が聞こえる。
「ほら見ろ!」
「オークなんて、この程度だ!」
「貴族様が正しかったんだよ!」
「やっぱりオークは勇者じゃねえ!」
くそ……!
押されている。
完全に、防戦一方だ。
「グロッグっす!」
自分に言い聞かせる。
「焦るな……」
「チャンスは……」
「どこかにある……!」
ガルドの剣が、また振り下ろされる。
受け止める。
衝撃。
だが——
「……見えた」
彼の癖。
攻撃パターン。
必ず、三連撃の後に——
「小休止が入る!」
「何?」
ガルドの目が見開かれる。
俺は、一歩踏み込んだ。
「今だ!」
剣を振る。
だが——
「させるか!」
横から別の敵が割り込む。
ガキン!
弾かれる。
「ちっ……!」
「連携がいいっすね……!」
「当然だ」
ガルドが笑う。
「俺たちは、何年も一緒に戦ってきた」
「お前らみたいな即席パーティとは違う!」
くそ……!
確かに、連携が完璧だ。
一人を狙えば、別の誰かが守る。
隙がない。
「グロッグ!」
リオンの声。
彼も、苦戦している。
エリシアは魔法を封じられ——
ミーシャは矢を弾かれ——
ザックは回復の暇もない。
「このままじゃ……」
まずい。
本気で、まずい。
「どうした、オーク!」
ガルドが吼える。
「これが、お前の実力か!」
「種族の壁は——」
「——越えられないんだよ!」
剣が、頭上から迫る。
速い。
避けられない。
「グロッグ!」
誰かが叫ぶ。
だが——
ガキィィン!
別の剣が、それを受け止めた。
「リオン……!」
「何をぼうっとしている!」
彼が怒鳴る。
「お前は、リーダーだろう!」
「指示を出せ!」
「でも……!」
「言い訳は後だ!」
彼は、笑った。
「お前を……信じているんだぞ」
「俺たちは」
その言葉に、胸が熱くなる。
「……ありがとうっす」
俺は、深呼吸した。
落ち着け。
冷静に。
相手の連携は完璧だ。
でも——
「完璧すぎるから、逆に読める」
パターンがある。
必ず、守りに入るタイミングが。
「みんな!」
俺は叫んだ。
「作戦変更っす!」
「エリシア、魔法の詠唱を始めて!」
「わざと、長めに!」
「わざと……?」
彼女が目を見開く。
「相手を引きつけるんっす!」
「ミーシャ、エリシアを守って!」
「でも派手に避けて、隙を作って!」
「了解!」
「リオン、ザック!」
「俺と一緒に、リーダーを狙うっす!」
「三方向から同時に!」
リオンが、ニヤリと笑う。
「やっと、本気を出したか」
「いくぞ!」
◆
エリシアが、詠唱を始める。
「我が魂に宿りし炎よ——」
わざと、大きな声で。
「聞こえよ、我が呼び声に——」
案の定——
「魔法を止めろ!」
ガルドが指示を出す。
二人が、エリシアに向かう。
「させないよ!」
ミーシャが矢を放つ。
相手が盾で防ぐ——その瞬間。
彼女は大きく横に跳ぶ。
「わっと!」
わざとらしい動き。
だが、それが隙を作る。
「今だ!」
俺とリオンとザックが、三方向から突進する。
ガルドに向かって。
「ちっ……!」
彼は判断する。
エリシアを止めるか。
俺たちを止めるか。
「——全員、守りに入れ!」
そう来ると思った。
仲間たちが、ガルドの周りに集まる。
完璧な防御陣形。
だが——
「それが、狙いっす!」
俺は剣を、地面に叩きつけた。
土煙が上がる。
「な……!」
視界を遮られる、一瞬。
その隙に——
「エリシア!」
「分かっていますわ!」
彼女の魔法が、発動する。
「爆ぜよ——炎獄の槍!」
火の槍が、地面に突き刺さる。
土煙と炎。
二重の目眩まし。
「くそ……!」
ガルドが叫ぶ。
「どこだ!」
「ここっす!」
俺は、煙の中から飛び出した。
正面から。
剣を構えて。
「——絶対切断!」
ソードマスターの奥義。
全ての力を、刃に乗せる。
「甘い!」
ガルドが剣を構える。
受け止める気だ。
だが——
「無駄っす!」
俺の剣が、彼の剣に触れる。
音もなく。
スッと。
「……え?」
ガルドの剣が——
真っ二つになった。
「な……」
「勝負あり、っす」
俺の剣先が、彼の首元に触れる。
「……参った」
ガルドが、剣を落とす。
「勝者——グロッグ・ブレイドハートパーティ!」
審判の声。
一瞬の静寂。
そして——
「うおおおおおおお!」
会場が、爆発した。
「勝った!」
「オークが勝ったぞ!」
「あの剣技……すげえ!」
「種族とか、関係ないんだな……!」
歓声。
拍手。
足を踏み鳴らす音。
「やったね、グロちゃん!」
ミーシャが飛びついてくる。
「お見事ですわ」
エリシアが、珍しく笑顔だ。
「まあ……悪くなかったぞ」
ザックが照れくさそうに言う。
「グロッグ」
リオンが手を差し出す。
「お前の勝ちだ」
「いや、みんなのおかげっす」
俺は、その手を握った。
「一人じゃ、無理だったっすよ」
「……そうだな」
彼は、小さく笑う。
「俺たちは、パーティだ」
「そういうことっす!」
観客席を見上げる。
人々が、こちらを見ている。
驚きと。
感動と。
そして——少しの、希望が混じった目で。
特等席では、貴族たちが苦々しい顔をしている。
ざまあみろ、っす。
「グロッグ」
低い声が、背後から。
振り向くと——
クロード騎士団長が、立っていた。
「……認めざるを得んな」
彼は、小さく頷く。
「お前の実力を」
「そして——」
「——お前たちの、絆を」
「ありがとうございます」
俺は、頭を下げた。
「これからも、頑張るっす」
「期待しているぞ」
彼は背を向ける。
「……オークの、勇者」
その言葉に、胸が熱くなる。
認められた。
少しずつ、だけど。
確実に。
「よし!」
俺は拳を上げる。
「このまま——」
だが。
その時。
「緊急事態!」
伝令兵が、飛び込んできた。
「王宮に、すぐに来てください!」
「魔王軍の幹部が——」
「——国境の砦を襲撃しました!」
「壊滅寸前です!」
場の空気が、一変する。
「……そうか」
クロードが、厳しい顔になる。
「グロッグたちよ」
「すぐに出撃準備を」
「はい!」
俺は剣を握りしめる。
勝利の余韻は、もう消えた。
「行くぞ、みんな!」
「本当の戦いが、始まるっす!」
仲間たちが、頷く。
王都の喝采を背に——
俺たちは、戦場へと向かう。




