第5話「陰謀の影」
翌朝、訓練場に集合したパーティメンバーたちの前で、クロード騎士団長が任務を告げた。
「今回の任務は、北の森の魔物討伐だ」
その言葉に、リオンが眉をひそめる。
「北の森、ですか? 昨日の報告では東の街道警備と……」
「変更になった」
クロードは硬い表情で言う。
「魔物の目撃情報が相次いでいる。至急対応が必要だ」
エリシアが腕を組む。
「随分と急な変更ですわね」
「文句があるのか、エリシア」
「いいえ」
彼女は冷たく言い放つ。
「任務は任務。遂行するまでですわ」
「よし。では出発準備を——」
クロードの言葉が終わる前に、俺は手を上げた。
「質問っす!」
「……なんだ」
「どんな魔物が出るんすか?」
「オーガとの報告だ」
「人数は?」
「二体から三体程度だろう」
俺は頷く。
「了解っす! やってやるっすよ!」
「グロッグ……」
ミーシャが不安そうな目で見てくる。
だが俺は笑顔を返した。
昨日の話を、気にしてるんだろう。
でも——
「心配すんなって!」
「大丈夫っすから!」
◆
北の森に到着したのは、昼過ぎだった。
薄暗い木々の間を進みながら、ザックが呟く。
「妙だな……」
「どうしたんすか?」
「いや。魔物の気配がしねえ」
彼は周囲を警戒する。
「オーガが出るような場所なら、もっと痕跡があるはずだが」
「気のせいじゃないっすか?」
「だといいがな」
リオンも剣の柄に手をかけている。
「確かに静かすぎる。警戒を怠るなよ」
「はいはい」
俺は軽く返事をする。
だが、内心では緊張していた。
ミーシャの言葉が、頭の片隅に残ってる。
『陰謀』
まさか、とは思うけど——
その時だった。
「みんな、伏せろ!」
エリシアの声が響く。
反射的に身を低くした瞬間、頭上を火球が通過した。
「なっ!?」
「敵襲っす!?」
森の奥から、複数の影が現れる。
オーガじゃない。
もっと厄介な——
「ワイバーンだと!?」
リオンが叫ぶ。
飛竜種。
空を飛び、強力なブレスを吐く。
オーガなんかより、遥かに危険な相手だ。
「クソッ! 話が違うぞ!」
ザックが舌打ちする。
「オーガって聞いてたのに、なんでワイバーンが!」
「理由は後っす!」
俺は剣を構える。
「今は戦うっす!」
ワイバーンが三体。
低空から突っ込んでくる。
俺は地面を蹴った。
「せいやぁぁっ!」
飛び上がり、一体目に斬りかかる。
だが——
「硬ぇっ!?」
鱗が刃を弾く。
ワイバーンの鱗は、オーガの皮より頑丈だ。
「チッ……ならっ!」
体勢を立て直し、首を狙う。
だが相手も飛竜。
空中で身をひねり、回避した。
「くそっ!」
「グロッグ、下がれ!」
エリシアの声。
見ると、彼女が魔法陣を展開している。
「炎よ、穿て——フレイムランス!」
炎の槍が、ワイバーンを貫く。
悲鳴を上げて、一体が地面に落ちた。
「ナイスっす、エリシア!」
「礼はいいから、さっさと片付けなさい!」
「了解っす!」
落ちたワイバーンに駆け寄る。
剣を振り上げ——
「終わりっす!」
首を刎ねた。
血が噴き出す。
一体目、撃破。
だが残り二体。
そして——
「グロッグ、上だ!」
リオンの警告。
見上げると、ワイバーンが口を開いている。
ブレスだ。
「うおおっ!」
横に飛んで回避。
地面に炎が着弾し、爆発する。
「危ねえっ!」
「ミーシャ! 援護を!」
「了解!」
彼女が矢を放つ。
魔力を纏った矢が、ワイバーンの翼に命中。
バランスを崩し、高度が下がる。
「今っす!」
俺は地面を蹴って、跳躍。
ワイバーンの背中に飛び乗った。
「落ちろぉぉっ!」
剣を首に突き刺す。
深々と。
ワイバーンが絶命し、墜落。
地面に叩きつけられる衝撃。
「っ……痛ぇ」
だが、まだ一体。
最後のワイバーンが、俺に向かってくる。
口を開き——
ブレス。
「やべっ!」
避ける暇がない。
だが——
「させるか!」
リオンが割り込んできた。
剣を掲げ、ブレスを受け止める。
「リオン!?」
「早く倒せ、グロッグ!」
彼は歯を食いしばる。
「お前なら……できるだろう!」
その言葉に、俺は頷く。
「……サンキューっす」
剣を構える。
ギフト『ソードマスター』
全ての剣技を、極めし力。
「行くっすよ……」
深呼吸。
魔力を込める。
そして——
「斬岩剣っ!」
一閃。
見えない刃が、空気を裂く。
ワイバーンの胴体に、亀裂が走る。
次の瞬間。
真っ二つになって、崩れ落ちた。
「……終わったっす」
俺は息を吐く。
全身が汗まみれだ。
「おい、グロッグ」
ザックが駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「なんとか、っす」
「リオンは?」
「こっちも問題ない」
リオンが剣を鞘に収める。
だが、その表情は険しい。
「それより……これは明らかにおかしい」
「でしょうね」
エリシアが言う。
「オーガの討伐依頼で、ワイバーンが出現」
「しかも三体」
「偶然とは思えませんわ」
ミーシャが不安そうに言う。
「ねえ……これって」
「ああ」
リオンが頷く。
「意図的だ」
◆
王宮に戻り、報告を終えた俺たちは会議室に集まった。
エリシアが資料を広げる。
「調べてみましたわ」
「今回の任務変更について」
彼女は冷たい目で続ける。
「依頼を出したのは、レイモンド子爵」
「王宮の保守派貴族の一人ですわ」
「レイモンド……」
リオンが眉をひそめる。
「あの男か」
「知ってるんすか?」
「ああ。魔物種族を蔑視する発言で有名な男だ」
「つまり……」
ミーシャが震える声で言う。
「グロちゃんを……殺そうとしたの?」
「恐らくは『事故死』を装うつもりだったのでしょうね」
エリシアは冷静に分析する。
「ワイバーンの討伐に失敗し、オークの勇者が死亡」
「そうなれば、彼らの主張が正しかったことになる」
「クソッ……」
ザックが拳で机を叩く。
「許せねえな」
「だが、証拠がない」
リオンが言う。
「依頼の内容が変更されたのは事実だが、それだけでは——」
「じゃあ、どうすんすか」
俺は尋ねる。
「このまま、泣き寝入りっすか?」
「……父上に相談してみる」
リオンは立ち上がった。
「クロード騎士団長なら、何か手があるかもしれない」
◆
だが——
「証拠がない以上、動けん」
クロードの返答は、冷たかった。
「父上!」
リオンが食い下がる。
「しかし、これは明らかに——」
「明らかだからこそ、証拠が必要なのだ」
クロードは厳しい目で言う。
「貴族を告発するには、確固たる証拠がいる」
「でなければ、逆に我々が罪に問われかねん」
「それは……」
リオンは言葉に詰まる。
俺は、静かに部屋を出た。
◆
夜。
訓練場に一人で立つ。
月明かりだけが、地面を照らしている。
「はぁ……」
溜息が出る。
陰謀、か。
正直、舐めてた。
異世界に転生して、最強のギフトを手に入れて。
実力があれば、なんでもうまくいくって。
そう思ってた。
でも——
「甘かったっすね……」
呟く。
実力だけじゃ、どうにもならないこともある。
政治。
派閥。
権力。
そういうものが、俺を殺そうとしている。
「くそ……」
拳を握る。
だが——
『俺が諦めたら、他のオークたちにも希望がなくなる』
ミーシャの言葉を思い出す。
俺は、ただの俺じゃない。
オークで初めての勇者。
その意味は、俺が思ってたより重い。
「諦めるわけには、いかねえっすよね」
剣を抜く。
月光が刃を照らす。
「やってやるっす」
「何があっても」
その時だった。
「グロッグ」
声がする。
振り向くと——
リオン、エリシア、ミーシャ、ザック。
パーティメンバー全員が、そこにいた。
「みんな……」
「勘違いするな」
リオンが言う。
「お前を助けに来たわけじゃない」
「えっ」
「俺たちは——」
彼は剣を抜く。
「お前と戦うために、ここにいる」
「お前を勇者として認めたから、戦う」
エリシアも杖を構える。
「負けるつもりはありませんわ」
「あたしも!」
ミーシャが弓を掲げる。
「グロちゃんと一緒に戦う!」
「オレもだ」
ザックがニヤリと笑う。
「お前を見捨てるほど、冷たくねえんだよ」
俺は——
「みんな……」
目頭が熱くなる。
「ありがとう、っす」
「礼はいらん」
リオンが言う。
「ただし、手加減はしないぞ」
「望むところっす!」
俺は笑顔になった。
そうだ。
俺は一人じゃない。
仲間がいる。
「じゃあ……やってやりますか!」
剣を構える。
みんなも、構える。
月明かりの下で——
俺たちは、誓った。
どんな陰謀にも、負けないと。
◆
翌朝。
王宮から、通達が来た。
「公開演習試合?」
俺は書類を見る。
「なんすか、それ」
「国民の前で、勇者候補たちの実力を披露する催しですわ」
エリシアが説明する。
「年に一度行われる、伝統行事」
「へー」
「だが……」
リオンが眉をひそめる。
「今年はまだ半年も先のはずだ」
「それが急遽、来月に前倒しになったそうですわ」
エリシアの目が鋭くなる。
「提案したのは——」
「レイモン子爵、っすか?」
「ご明察」
彼女は書類を置く。
「つまり、これが次の手」
「人前でお前を恥をかかせ、勇者の座から引きずり降ろすつもりでしょうね」
「なるほどー」
俺は頷く。
「前回は殺そうとして、今回は恥をかかせる、と」
「グロッグ……」
ミーシャが心配そうに見てくる。
だが俺は、笑った。
「いいっすね!」
「え?」
「いい機会じゃないっすか」
剣を掲げる。
「人前で、俺の実力を見せつけてやるっす」
「オークの勇者が、どれだけ強いか」
「思い知らせてやるっすよ!」
リオンが、小さく笑う。
「相変わらず、前向きだな」
「それがグロッグっすから!」
「よし」
彼は剣を抜く。
「ならば、俺たちも全力で挑むぞ」
「お前を勝たせるわけにはいかんからな」
「望むところっす!」
俺も剣を構える。
公開演習試合。
来月。
全国民が見守る中で——
俺は、勝つ。
そして証明してやる。
オークでも、勇者になれるって。
「行くぞ、みんな!」
「おう!」
声が、訓練場に響く。
戦いは、これからだ。




