第4話 「パーティの日常」
朝日が窓から差し込む。
俺——グロッグ・ブレイドハートは、勇者パーティの詰所で目を覚ました。
「はあ……」
昨夜見た、あの影。
貴族派閥の陰謀。
頭から離れない。
だが——
「考えても仕方ねえっすね」
俺は立ち上がった。
今日は初任務の日。
実力で黙らせてやるしかない。
◆
「おはようございます、グロッグ殿」
詰所の食堂で、リオンが声をかけてくる。
相変わらず堅い口調だが、敵意は感じない。
「おっす、リオン」
「今日の任務は把握していますか?」
「ゴブリン討伐っすよね」
俺は頷く。
近隣の村で、ゴブリンの群れが出没しているらしい。
収穫期を前に、村人たちが困っている。
「地味な依頼ですわね」
エリシアが紅茶を啜りながら呟く。
「私たちほどの実力者が、ゴブリン如きに」
「でも大事な仕事っすよ」
俺は言った。
「村の人たちが困ってるんすから」
「……そうですわね」
エリシアは少し驚いたような顔をする。
そこへ、ミーシャが飛び込んできた。
「おはよー、みんな!」
「騒がしいぞ、ミーシャ」
ザックが苦い顔をする。
「いいじゃん、元気があって! ねえ、グロちゃん!」
「グロ……ちゃん?」
俺は思わず聞き返す。
「うん、グロちゃん! 呼びやすいでしょ?」
ミーシャは屈託なく笑う。
ハーフエルフの彼女は、差別された経験があるからか、俺に対しても妙にフレンドリーだ。
「まあ、いいっすけど」
「決まりね!」
リオンが咳払いをした。
「では、出発しよう。村まで半日の道のりだ」
◆
村への道は、穏やかだった。
草原を抜け、森を通る。
道中、ミーシャが俺の隣を歩いている。
「ねえねえ、グロちゃん」
「ん?」
「オークって、普段何食べてるの?」
「肉っすかね。まあ、人間と大差ないっすよ」
「へー。じゃあ、甘いものとか好き?」
「好きっす! 特にプリン」
「プリン! 意外!」
ミーシャは目を輝かせる。
「オークってもっと、こう……獰猛なイメージあったから」
「偏見っすね」
俺は笑う。
「まあ、確かに野蛮なオークもいるっすけど。俺は転生者っすから」
「そっか。でもさ」
ミーシャは真面目な顔になる。
「グロちゃんって、意外と優しいよね」
「え?」
「だって、さっき村人のこと気にかけてたし。普通の勇者って、もっと自分の手柄ばっかり考えるもん」
「そんなもんすかね」
俺は照れくさくなる。
「俺は……まあ、人助けがしたくて勇者やってるんで」
「うん。それ、すごくいいと思う」
ミーシャは笑顔で頷いた。
前を歩くエリシアが、ちらりとこちらを見る。
何か言いたげだが、すぐに前を向いた。
◆
村に到着したのは、昼過ぎだった。
「勇者様!」
村長が駆け寄ってくる。
だが——
俺の姿を見て、固まった。
「お、オーク……?」
「はい、勇者のグロッグっす」
「オークが……勇者……?」
村長は困惑している。
まあ、無理もない。
「大丈夫です、村長殿」
リオンが前に出る。
「彼は正式に認められた勇者です。実力は保証します」
「は、はあ……」
村長は納得していない様子だが、それ以上は言わなかった。
村の中を歩くと、子供たちが駆け寄ってくる。
「わあ、勇者様だ!」
「すごーい!」
だが——
俺の姿を見た途端、悲鳴が上がる。
「オークだ!」
「怖い!」
「お母さーん!」
子供たちは一斉に逃げ出した。
「……」
胸が、ちょっと痛む。
「気にするな、グロッグ」
ザックが肩を叩いた。
「ガキは正直なだけだ」
「わかってるっすよ」
俺は笑顔を作る。
「仕事、しましょう」
◆
ゴブリンの巣は、村の外れの洞窟にあった。
「数は20匹程度か」
リオンが剣を抜く。
「私が魔法で援護しますわ」
エリシアが杖を構える。
「じゃあ、行くっすよ!」
俺は洞窟に突入した。
ゴブリンたちが一斉に襲いかかってくる。
「ギャアアア!」
「遅いっす!」
俺は剣を振るう。
一閃。
三匹のゴブリンが吹き飛ぶ。
「アイスランス!」
エリシアの魔法が炸裂する。
氷の槍がゴブリンを貫く。
「俺も負けてられねえ!」
リオンが斬り込む。
正確な剣技で、次々とゴブリンを倒していく。
「回復、準備しとくぞ!」
ザックが後方で待機する。
「任せてー!」
ミーシャの矢が、正確にゴブリンの急所を射抜く。
あっという間に、全滅だった。
「……強いな、君たちは」
俺は仲間たちを見る。
「当然ですわ。エリート勇者パーティですもの」
エリシアが得意げに言う。
「でも、グロッグも強かったぞ」
リオンが認める。
「あの初撃、見事だった」
「まあ、悪くねえ働きだったぞ」
ザックがぶっきらぼうに言う。
これ、褒めてるのか?
「グロちゃん、すごかったよ!」
ミーシャが笑顔で駆け寄る。
「ありがとうっす」
俺も笑顔で応える。
少しずつ、仲間として認められてきた気がする。
◆
村に戻ると、村長が深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、勇者様方!」
「いえいえ」
俺は手を振る。
すると——
さっき逃げた子供たちが、恐る恐る近づいてくる。
「あの……」
「ん?」
「ありがとう、オークのお兄ちゃん」
子供が笑顔で言った。
「怖かったけど……助けてくれて、ありがとう」
「……!」
胸が熱くなる。
「どういたしましてっす」
俺はしゃがんで、子供の頭を撫でた。
「また困ったことあったら、呼んでくださいね」
子供たちは嬉しそうに頷く。
その様子を、エリシアが静かに見ていた。
「少しずつ、ですわね」
小さく、呟く。
その声には、わずかな温かみがあった。
◆
王都に戻ったのは、夕暮れ時だった。
「お疲れ様でしたー」
ミーシャが伸びをする。
「今日の任務は成功だな」
リオンも満足そうだ。
「では、解散しましょう」
エリシアが言いかけた時——
「グロッグ様ああああ!」
甲高い声が響いた。
「え?」
振り向くと、オークの少女が全力疾走してくる。
グルーシャだ。
「グロッグ様、会いたかったですー!」
「うおっ!」
グルーシャは俺に飛びつく。
「ちょ、重い!」
「グロッグ様の筋肉、今日も素敵です!」
グルーシャはオーク語で叫ぶ。
「その牙の輝き! その眼光の鋭さ! ああ、惚れ惚れします!」
「……何を言っているんだ?」
リオンが困惑している。
「オーク語っすね」
俺は説明する。
「えっと……俺を褒めてるらしいっす」
「褒めて……?」
ミーシャが首を傾げる。
「どう見ても、普通のオークにしか……」
「オークの美的感覚は、人間と違うんすよ」
俺は苦笑する。
「俺、オークの中ではイケメンらしいっす」
「「「イケメン!?」」」
全員が驚愕の声を上げる。
「あ、ありえませんわ!」
エリシアが叫ぶ。
「どう見ても、ただの——」
「グロッグ様は超絶イケメンです!」
グルーシャが人間語で反論する。
「あなたたち人間には、この素晴らしさがわからないのですか!?」
「わからん……」
リオンが呟く。
「全く、わからん……」
「グロッグ様、今夜お時間は?」
グルーシャが目を輝かせる。
「ちょっとオーク街を案内したいんです! 素敵なお店があって——」
「今日は疲れてるんで、また今度っす」
俺は丁重に断る。
「そうですか……残念です」
グルーシャはしょんぼりする。
「でも、また来ますね!」
そう言って、彼女は去っていった。
「……何だったんだ、今の」
ザックが呆然としている。
「まあ、オーク界のアイドル的な?」
俺は適当に説明する。
「理解できませんわ……」
エリシアが頭を抱えた。
◆
その夜。
俺は一人、詰所の廊下を歩いていた。
初任務、成功。
少しずつ、仲間にも認められてきた。
「順調っすね」
呟いた時——
廊下の影から、声が聞こえた。
「……オークの勇者など、やはり認められん」
「貴族派閥の意向だ。近々、正式に排除の動議が出される」
「王宮の威信のため、だ」
俺は息を呑む。
陰謀。
やはり、動いている。
足音が近づいてくる。
俺は慌てて物陰に隠れた。
黒いローブの男たちが、通り過ぎていく。
「……クソ」
拳を握る。
だが——
「実力で黙らせるしかねえっす」
呟いて、俺は自室に戻った。
明日も、全力で戦う。
それが、俺にできる唯一の答えだ。
◆
翌朝。
訓練場で剣を振っていると、ミーシャが駆け寄ってきた。
「グロちゃん!」
「おっす、ミーシャ」
「あのね……」
彼女は周囲を見回す。
「昨日、変な話を聞いちゃったんだ」
「変な話?」
「貴族派閥が……グロちゃんを、勇者から追放しようとしてるって」
「……!」
俺は剣を止める。
「どこで聞いたんすか?」
「昨日の夜、廊下で。偶然、黒いローブの人たちが話してて……」
ミーシャは不安そうな顔をする。
「どうしよう、グロちゃん。このままじゃ——」
「大丈夫っす」
俺は笑顔を作る。
「俺には、実力がある」
「でも……」
「陰謀なんかに、負けねえっすよ」
拳を握る。
「俺は、オークの勇者っす」
「その名を、世界に刻んでやるっす」
ミーシャは少し驚いた顔をして——
それから、笑顔になった。
「うん! 私も応援するよ、グロちゃん!」
「ありがとうっす」
俺は再び剣を構える。
敵は、外だけじゃない。
内側にもいる。
だが——
「やってやるっす」
呟いて、剣を振り下ろした。
朝日が、刃を照らす。
戦いは、まだ始まったばかりだ。




