第11話「心の揺らぎ」
翌朝。
目が覚めても、魔王の言葉が頭から離れなかった。
『お前は何のために戦っている?』
『オークでありながら、人間に認められようとする矛盾』
ぐるぐる回る。
消えない。
「……チッ」
俺は頭を振って、ベッドから起き上がった。
考えても仕方ない。
今日も今日とて、やることをやるだけっす!
◆
街へ、出た。
補給物資の調達。
エリシアとミーシャが同行してくれる。
「グロッグ、顔色悪いよ?」
ミーシャが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫っす! バッチリっす!」
笑顔で、誤魔化す。
「……そう?」
「そうっす!」
エリシアが、じっと俺を見ていた。
でも——
何も言わない。
◆
武器屋の前を通りかかった時。
聞こえた。
「あれ、例のオークだろ?」
「ああ、勇者パーティに入ってるっていう」
男たちの、声。
「オークのくせに調子に乗りやがって」
「所詮は魔物だろ。信用できるかよ」
「人間様の真似事して……笑えるよな」
胸が——
ざわついた。
「……っ」
「グロッグ!」
ミーシャが、俺の腕を掴む。
「気にしちゃダメ! あんな連中の言うこと!」
「分かってるっす」
笑顔を、作る。
「全然、平気っすよ」
でも——
平気じゃ、なかった。
エリシアが、男たちを睨んでいた。
「……黙りなさい」
その声は、冷たい。
「彼は私たちの仲間です。貴方たちに侮辱される謂れはありませんわ」
「へ、へえ……すみませんでした」
男たちが、逃げるように去っていく。
「エリシア、ありがとうっす」
「……当然のことをしたまでです」
彼女は、不機嫌そうに前を向いた。
でも——
その背中が、小さく震えていた。
◆
その日の夜。
クロードから、緊急の報告が入った。
「オークの村が、襲撃された」
「……なんすって?」
「人間の傭兵団による略奪だ。詳細は不明だが——被害は甚大らしい」
俺の、拳が震えた。
「場所は!」
「東の森、オルグ村だ」
「行くっす!」
「待て、グロッグ。お前一人では——」
「待てないっす!」
俺は、走り出していた。
◆
オルグ村。
そこは——
惨状だった。
焼かれた家。
散乱する荷物。
泣き叫ぶ、村人たち。
「おい! 大丈夫っすか!」
駆け寄る。
でも——
オークの老人が、俺を睨んだ。
「……貴様か」
「え?」
「人間と一緒にいる、裏切り者が」
その言葉に——
凍りついた。
「違うっす! 俺は——」
「貴様が人間と手を組んだから、こうなったんだ!」
他の村人たちも、俺を責める。
「人間に媚びを売って!」
「オークの恥さらしめ!」
「出ていけ!」
胸が——
痛い。
「俺は……」
言葉が、出ない。
「グロッグ様!」
グルーシャが、走ってきた。
「グロッグ様は間違ってない! グロッグ様は私たちのために戦ってるんです!」
「黙れ、小娘!」
老人が、吐き捨てる。
「あんな裏切り者に騙されおって」
「裏切り者なんかじゃありません!」
グルーシャが、俺を庇う。
「グロッグ様は——グロッグ様は、誰よりも立派なオークです!」
「……グルーシャ」
彼女の瞳には——
涙が、浮かんでいた。
でも——
村人たちの目は、冷たいまま。
「もういい。帰れ」
「……っ」
俺は——
何も言えずに、その場を離れた。
◆
宿に、戻った。
部屋に、籠もる。
『俺は……何のために戦ってるんだろう』
魔王の言葉が、蘇る。
『オークでありながら、人間に認められようとする矛盾』
村人たちの、言葉。
『裏切り者』
『人間に媚びを売って』
街で聞いた、声。
『オークのくせに調子に乗るな』
『所詮は魔物』
ぐるぐる回る。
消えない。
「……俺は」
何のために——
戦ってるんだ?
人間に、認められたい?
オークの、仲間を守りたい?
でも——
どっちからも、拒絶される。
俺は——
どこにも、居場所がない。
「……クソ」
初めて——
弱気に、なった。
◆
コンコン。
ノックの、音。
「グロッグ、入るぞ」
リオンの、声。
「……入んなくていいっす」
「駄目だ」
勝手に、入ってきた。
「おい……」
「話がある」
リオンが、俺の隣に座る。
「……何すか」
「お前、村で何を言われた?」
「……別に」
「嘘をつくな」
リオンの声は——
いつもより、優しかった。
「クロードから聞いた。村人に責められたと」
「……っ」
「俺は——お前が羨ましかった」
「は?」
予想外の言葉に、顔を上げる。
リオンが、苦笑していた。
「努力して、鍛錬して。ようやく勇者候補筆頭になった」
「……」
「なのに、お前が現れた。最強のギフトを持って」
彼の、拳が握られる。
「悔しかった。オークのくせに——って、何度も思った」
「リオン……」
「でも、間違ってた」
彼が——
俺を、見る。
「お前は俺が認めた男だ。種族なんて関係ない」
「……それは」
「お前の剣は本物だ。お前の心も、本物だ」
リオンが、立ち上がる。
「だから——諦めるな。お前らしく、戦え」
「……っ」
胸が——
熱く、なった。
◆
リオンが出ていった後。
また、ノックの音。
「グロッグ……入ってもよろしいですか?」
エリシアの、声。
「……どうぞ」
彼女が、入ってきた。
いつもの高慢な表情じゃなく——
不安そうな、顔。
「あの……」
「エリシア?」
「私——ずっと、間違っていました」
彼女の声が、震えている。
「最初、あなたを見下していました。オークだから、と」
「……」
「でも、あなたは——私に大切なことを教えてくれた」
エリシアの瞳に——
涙が、浮かぶ。
「実力だけじゃない。種族だけでもない。心が——人を作るのだと」
「エリシア……」
「あなたがいなければ、私は変われなかった」
彼女が——
俺の手を、握った。
「だから——諦めないでください」
涙が——
零れる。
「私たちには、あなたが必要です。私には——あなたが、必要なんです」
「……っ」
胸が——
いっぱいに、なった。
◆
翌朝。
目が覚めると——
心が、軽かった。
仲間たちの、言葉。
それは——
俺を、支えてくれる。
「そうっすよね」
俺は——
一人じゃない。
魔王の言葉に、答えが見つかった気がした。
『何のために戦っている?』
——仲間のため。
信じてくれる人たちのため。
そして——
こんな世界を、変えるため。
「よし!」
ベッドから、跳ね起きる。
今日も——
全力で、行くっす!
◆
朝食の席。
パーティ全員が、揃っていた。
「グロッグ、元気になったみたいだね!」
ミーシャが、笑顔で言う。
「もちろんっす! 俺は無敵っすから!」
「調子に乗るなよ、オーク」
ザックが、にやりと笑う。
でも——
その目は、優しかった。
「まあ、お前がいねえと困るのは事実だがな」
「ザック……」
「勘違いすんなよ! 別に心配なんかしてねえから!」
典型的な、ツンデレ。
俺は、笑った。
「みんな、ありがとうっす!」
エリシアが、小さく微笑む。
リオンが、頷く。
ミーシャが、ウィンクする。
ザックが、そっぽを向く。
この仲間たちと——
なら。
どんな困難も、乗り越えられる。
◆
その時——
扉が、勢いよく開いた。
「緊急事態だ!」
クロードが、息を切らして飛び込んできた。
「魔王軍が——王都への総攻撃を開始した!」
「……なんですって!?」
エリシアが、立ち上がる。
「規模は?」
「全軍だ。魔王自らが、先頭に立っている」
クロードの表情は——
険しい。
「最終決戦の火蓋が、切られた」
「……っ」
パーティ全員が——
表情を、引き締める。
「すぐに王都へ向かう。準備しろ!」
「了解っす!」
俺が、答える。
胸の、ざわつきは——
もう、ない。
魔王の、問い。
それに対する、答え。
今なら——
はっきりと、言える。
俺は——
仲間のために、戦う。
この世界を、変えるために、戦う。
それが——
俺の、生きる道。
「行くっすよ、みんな!」
「ええ!」
「ああ!」
「当然だ!」
「おう!」
仲間たちの——
声が、重なる。
最終決戦——
始まる。




