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第10話 「魔王の誘い」

王都へ戻る道は、静かだった。


エリシアの故郷での一件が終わり、パーティは少しだけ——本当に少しだけ、纏まった気がした。


「グロッグ」


リオンが声をかけてくる。


「ん?」


「あの村での君の判断は、正しかった」


「おう、サンキュー」


珍しく素直に褒められて、俺は照れる。


「だが」


「だが?」


「油断するな。魔王軍の動きが活発化している」


リオンの表情が、引き締まる。


「……分かってるっす」


俺も、頷いた。


平和な時間は——


きっと、長くは続かない。




王都に着いたのは、夕暮れ時だった。


城門をくぐり、ギルドへ向かう。


報告を済ませて、宿に戻ろうとした——その時。


「グロッグ・ブレイドハート」


知らない騎士が、俺を呼び止めた。


「あ、はい」


「王宮よりお呼びです。至急、お越しください」


「え、マジっすか」


俺が振り返ると、仲間たちも怪訝そうな顔をしている。


「私たちも?」


エリシアが訊く。


「いえ、グロッグ殿のみです」


騎士は、冷たく答えた。


「……分かったっす」


俺は仲間に「先に戻ってて」と告げ、騎士について行った。




王宮の一室に通されると、クロード騎士団長が待っていた。


「来たか」


「お呼びっすか?」


「ああ」


クロードは、テーブルの上に一通の手紙を置いた。


「これが、今朝届いた」


「手紙?」


俺が近づくと——


その封蝋には、見覚えのある紋章。


魔王軍の、紋章。


「まさか」


「ああ。魔王ゼルギウス本人からの、親書だ」


クロードの声が、重い。


「内容は?」


「読め」


手紙を開く。


そこには、流麗な文字で——こう書かれていた。


『オークの勇者、グロッグ・ブレイドハートへ。一度、私と話をしないか。場所は王都北の廃教会。今夜、月が昇る頃に。武器は持ってきても構わない。ただし——君一人で来ること。他の条件はない。待っている。魔王ゼルギウス』


「……は?」


俺の声が、裏返る。


「魔王が、俺に?」


「ああ」


「なんで?」


「分からん」


クロードは腕を組む。


「だが——罠である可能性が極めて高い」


「っすよね」


「当然、行かせるわけにはいかん」


「でも」


俺が、手紙を見つめる。


「話をしたい、って」


「罠だ」


「かもしれないっすけど」


「グロッグ」


クロードの声が、厳しくなる。


「お前は王国の勇者だ。むざむざ敵の手に乗るわけにはいかん」


「……分かってるっす」


俺は、頷いた。


でも——


心の奥で、何かが引っかかっていた。




宿に戻ると、仲間たちが待っていた。


「グロちゃん! どうだった?」


ミーシャが駆け寄ってくる。


「あー、まあ」


俺は曖昧に笑う。


「ちょっと報告があっただけっす」


「そう?」


「ああ」


嘘だ。


でも、言えない。


言ったら——みんな、心配する。


「グロッグ」


エリシアが、じっと俺を見る。


「何か、隠していますわね」


「そんなことないっすよ」


「嘘がお下手ですのね」


「うっ」


俺が言葉に詰まると、リオンが立ち上がった。


「何があった」


「……リオン」


「言え」


その目は——


嘘を許さない、騎士の目だった。


「……魔王から、手紙が来たっす」


「何?」


部屋の空気が、凍りつく。


「話がしたい、って」


「罠に決まってるだろ!」


リオンが、机を叩く。


「分かってるっす」


「なら——」


「でも」


俺は、手紙を取り出した。


「俺一人で来いって。他には何も条件がない」


「だから罠だと——」


「待ってくれ、リオン」


ザックが、割って入る。


「確かに罠だろうが……魔王がわざわざ手紙を寄こした理由は気になるな」


「それは」


「もしかしたら——本当に、話がしたいだけかもしれねえ」


「まさか」


リオンが、首を振る。


「魔王がそんな——」


「私も、気になりますわ」


エリシアが、口を開く。


「なぜ、グロッグなのか」


「それは」


「オークだから、でしょう?」


その言葉に、全員が黙った。


「魔王は、人間による種族差別を掲げて戦っている」


「ああ」


「ならば——人間の勇者パーティにいる、オークのグロッグは」


エリシアが、俺を見る。


「彼にとって、興味深い存在のはずですわ」


「……そうかもしれないっすね」


俺は、苦笑した。


「でも、行かないっす」


「え?」


「罠かもしれないし、クロード団長にも止められたっす」


「グロちゃん」


ミーシャが、心配そうに見てくる。


「大丈夫っす。気にしないで」


俺は、笑った。


でも——


心の奥の、引っかかりは——


消えなかった。




夜。


月が、昇る。


俺は——宿を抜け出していた。


「バカだよな、俺」


一人で、呟く。


約束は破る。


仲間には嘘をつく。


それでも——


行かずには、いられなかった。


魔王が、何を言うのか。


なぜ、俺を呼んだのか。


知りたかった。


北の廃教会は、すぐに見つかった。


崩れかけた石壁。


割れたステンドグラス。


月明かりが、廃墟を照らしている。


「来たぞ」


俺が声をかけると——


闇の中から、人影が現れた。


「よく来たね、オークの勇者」


その声は——


驚くほど、穏やかだった。


「魔王、ゼルギウス」


「そう。私だ」


月明かりの中に、その姿が浮かび上がる。


黒いローブ。


整った顔立ち。


でも——その瞳は、どこまでも深く、冷たかった。


「なんで、俺を?」


「君と話がしたかったからだよ」


ゼルギウスが、微笑む。


「オークでありながら、人間の勇者となった君と」


「……」


「座らないか?」


「いや、立ったままで」


「そうか」


ゼルギウスは、崩れた石柱に腰掛けた。


「単刀直入に聞こう」


「どうぞ」


「君は——幸せかい?」


「は?」


「人間たちの中で、勇者として戦う日々」


ゼルギウスが、俺を見る。


「君は、それで幸せなのか?」


「……楽しいっすよ」


「楽しい、か」


「ああ。仲間もいるし、強い敵と戦えるし」


「でも」


ゼルギウスの声が、低くなる。


「君は気づいていないのか?」


「何を」


「人間たちは——君を『便利な駒』としか見ていない」


「……」


「オークである君が、どれだけ頑張っても」


ゼルギウスが、立ち上がる。


「本当の意味で、受け入れられることはない」


「そんなことない」


「そうかな?」


「俺の仲間は、俺を——」


「表面上は、ね」


ゼルギウスが、一歩近づく。


「でも、彼らの心の奥には——必ず『オーク』という壁がある」


「違う」


「君がどれだけ実力を示しても、どれだけ貢献しても」


「違うって」


「結局、君は『例外』でしかない。オークは劣等種、でも君だけは違う——そう言われて、君は嬉しいのか?」


その言葉が——


胸に、刺さる。


「俺は」


「君の種族全体が、差別され続けることを」


ゼルギウスの瞳が、俺を捉える。


「君は、許せるのか?」


「……それは」


答えられない。


だって——


考えたことも、なかった。


「私は、この世界を変えたい」


ゼルギウスが、言う。


「種族による差別のない、真に平等な世界を」


「でも、そのために人を殺してる」


「そうだね」


「それは、間違ってる」


「君にとっては、そうだろう」


ゼルギウスが、微笑む。


「でも——私にとっては、正しい」


「……」


「グロッグ。君には、才能がある」


「は?」


「『ソードマスター』のギフト。そして——種族の壁を超えようとする、強い意志」


ゼルギウスが、手を差し出す。


「私の元へ来ないか」


「断るっす」


即答だった。


「……即答だね」


「当たり前っす」


俺は、剣の柄に手をかける。


「あんたが何を言おうと——俺には、仲間がいる」


「その仲間は——」


「信じてるっす」


ゼルギウスの言葉を、遮る。


「確かに、完璧じゃないかもしれない」


「……」


「偏見も、あるかもしれない」


「ああ」


「でも——それでも」


俺は、真っ直ぐ魔王を見た。


「俺は、あいつらを信じるっす」


「……そうか」


ゼルギウスが、手を下ろす。


「残念だ」


「悪いっすね」


「いや」


魔王が、微笑む。


「君らしい答えだ」


「……」


「また会おう、グロッグ・ブレイドハート」


「次は、戦場でっすね」


「ああ」


ゼルギウスが、闇に溶けていく。


「楽しみにしているよ——オークの勇者」


その姿が、消えた。




俺は——しばらく、その場に立ち尽くしていた。


魔王の、言葉。


『本当の意味で、受け入れられることはない』


『君は例外でしかない』


それは——


もしかしたら、真実かもしれない。


でも——


「関係ないっすね」


俺は、呟いた。


「俺は、俺のやりたいようにやる」


それだけだ。


でも——


心の奥に、小さな棘が——


残っていた。




宿に戻ると、リオンが待っていた。


「……行ったな」


「バレてたっすか」


「当然だ」


リオンが、立ち上がる。


「何があった」


「話をしただけっす」


「そうか」


リオンは、それ以上訊かなかった。


ただ——


「無事で良かった」


そう、言った。


「……サンキュー」


俺は、部屋に戻る。


ベッドに倒れ込んで——


天井を、見上げた。


魔王の、言葉。


仲間の、顔。


全部が、頭の中でぐるぐる回る。


「俺は——」


答えは、まだ——


見えない。




翌朝、クロードから緊急召集がかかった。


「魔王軍が、動いた」


その表情は、険しい。


「最終決戦の、準備を始めている」


「……来るっすか」


「ああ」


クロードが、頷く。


「近いうちに——決着をつける時が来る」


その言葉に——


パーティ全員が、表情を引き締めた。


「準備を整えろ。これが——最後の戦いになる」


「了解っす」


俺が、答える。


でも——


心の奥の、ざわつきは——


消えなかった。


魔王の、言葉。


それは——


本当に、間違っているのか?


答えは——


きっと、戦場で——


見つかる。


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