第2話 封緘(ふうかん)者とは閉じる者、開封者とは開く者 その3
着いたのは資材置き場だった。
珊瑚に続いて、立入禁止を告げている黄色と黒のロープをくぐって足を踏み入れる。
積まれたコンクリートブロックを回り込むと、ふたつの人影があった。
「ありゃ……デス」
珊瑚が発したその声と表情が、人のいたことが予想外だったことを告げている。
そこにいるのはスーツにサファリハットの青年とパーカーにデニムパンツの女子小学生。
もちろん、珪斗に面識はない。
女子小学生が訝しげに目を細める。
「誰? もしかして――」
続けてかたわらの青年に問い掛ける。
「――あたしたちが開けたクラックを閉じてるのって、こいつら?」
青年が答える。
「ん~、ちょっと違う、かな。でも……」
言いながら珪斗に向けてあいさつをするように帽子を浮かせる。
珪斗は反射的に頭を下げる。
その様子に青年が頷く。
「私が見えていますね、そして、その女の子と一緒にいるということは……封緘者には違いないでしょう」
珊瑚はじっと自分を見つめている女子小学生に声を掛ける。
「あなたもあたしが見えてるデスか。そして、そいつと一緒にいるということは開封者デス?」
女子小学生は答えないものの、険しい表情が珊瑚の問い掛けを肯定している。
その時、珪斗は視界の隅に動くものの存在を感じた。
目線を向けると女子小学生と青年の向こうにクラックと、その奥で揺らめいているタコ足がある。
珪斗は連想したことをそのまま珊瑚に訊いてみる。
「つまり、このふたりがクラックを作ったってこと?」
「そうなのデス。あ」
不意に珊瑚が短いスカートをふわりと舞わせてしゃがみこむ。
「踏んだらやばいデス。避けておくのデス」
拾い上げたのは“大柄な若者”が禍々様のタコ足によって姿を変えた貝殻だった。
それを珊瑚はかたわらに積まれているコンクリートブロックの上にやさしく載せて――
「これでよし……デス」
――ひとりごちる。
その様子を見ていた青年が笑いだす。
そして、女子小学生に告げる。
「なるほどなるほど。わかりましたよ」
女子小学生は不機嫌そうな表情を崩さす問い返す。
「なにが」
「このふたりはこれが初仕事ということです」
そして、珪斗と珊瑚を見渡す。
「でしょう?」
「そうなのデス」
一切のためらいもなく即答する珊瑚に珪斗は心中で突っ込む――素直だなっ。
青年が続ける。
「申し遅れました。私は虎目と申します。そして、こちらが端岡彩美さん。ふたりでクラックを作っています」
そっちも素直だなっ。
「で、おふたりはここへクラックを閉じに来られたのでしょうけど――」
改めて珪斗を見る。
「――お名前よろしいですか」
「あ、はい。湖山珪斗です」
訊かれるまま答えて、自分に突っ込む――僕も素直だ……。
そのとなりで珊瑚が手を上げる。
「あたしは珊瑚デス」
虎目は穏やかに返す。
「はい、わかりました。で、珊瑚さんはいいとして――」
珪斗へ問い掛ける。
「――湖山珪斗さんはこれからクラックを閉じるつもりなのですよね。一度閉じれば残りもずっとその珊瑚さんと一緒に閉じて回ることになるんですが、それは承知されてます?」
「は?」
“とりあえず的”に受けたつもりの珪斗はこの先について考えてなかったことに気付く。
虎目はじっと珪斗の目を見る。
「封緘者に選任されたということは湖山珪斗さんの中にはものすごい対人ストレスが詰まってるのでしょう。言い換えれば日常的に“敵に囲まれてる”と、ご自身は認識されてるわけですよね」
初対面の相手に日常を言い当てられて珪斗は息を飲む。
その一方で“システムはわからないが対人ストレスなるものの存在によって自分や管郎が選ばれたのかもしれない”とも思う。
その間も虎目の言葉は止まらない。
「ここでさらにこんなわけのわかんないことに巻き込まれて、私たちという敵を新たに増やす必要はないじゃないですか。ましてやもう一組いるんですよね。そっちに任せて、なにも知らず日々を過ごすというのも選択肢ですよねえ」
「た、確かに」
珪斗は最下位ランカーにありがちな“簡単に説得されてしまう気質”だった。




