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第7話 彩美の世界 その1

 端岡彩美が病院に着いた時、両親は集中治療室にいた。

 煽り運転の幅寄せによる側壁への激突事故だった。

 数日経って両親は個室に移されたが、目覚めることはなかった。

 彩美には二歳下の弟、俊樹がいた。

 おとなしい彩美にとって活発な俊樹は理解不能な疎ましい存在でしかなかった。

 それは俊樹から見た彩美についても同じことが言えたのだろう。

 けして仲のいい姉弟ではなかった。

 しかし、さすがに状況が変わった。

 二日と開けずに火花を散らせていた言い争いはなくなり、俊樹が彩美を困らせるようなこともなくなった。

 さらにどちらから言い出すともなく両親の見舞いと家事を分担してやるようになった。

 特に幼い俊樹は姉を助け、仲良くすることがそのまま両親の全快につながる願掛けと考えているようだった。

 その日も病院から帰宅した彩美は俊樹と一緒に作った簡素な夕食を終え、学校で出された宿題に取りかかる。

 計算問題と漢字の書き取り、そして、発表日が迫っているグループ研究の資料作り。

 宿題を終えた時にはすでに十時を過ぎていた。

 俊樹が眠っていることを確かめてシャワーに向かおうとした時、叔父がやってきた。

 酒の臭いをさせながら。

 叔父が訪ねてくるのは初めてではなかったが、彩美は叔父がどんな人物か知らなかった。

 彩美と俊樹が叔父と接触するのを母親が頑ななまでに拒んでいたのである。

 そして、父親もまた叔父が来た日は機嫌が悪かった。

 そんなことから父親と叔父は“兄弟でありながら良い関係でない”と、彩美は子供心にも感じていた。

 その叔父が言うには、ついさっき彩美の両親の見舞いに行ったが、そこで“入院延長の手続きで入院費の一部を先払いする必要がある”と、看護師から告げられたという。

「明日の朝、病院の事務が始まった頃に手続きに行かないと間に合わないが、彩美ちゃんと俊樹くんは学校があるだろう? 叔父さんが代わりに手続きをしにいくよ」

 言いながら叔父がタバコに火を付ける。

 しかし、この家は誰もタバコを吸わないので灰皿がない。

 彩美は慌てて代わりのものを探すが見つからず、先端から落ちそうな灰におろおろする。

 そんな彩美の前で叔父はそれが当たり前であるかのように彩美がお茶を出した湯飲み茶碗に灰を落とす。

 そして、その仕草に呆れた目を向ける彩美に告げる。

「なので、お金を出しなさい」

 彩美は言われるまま両親のクレジットカードとキャッシュカードを手渡した。

 翌日、放課後になって病院へ行った彩美に事務員が声を掛けてきた。

 入院延長の手続きに関してだった。

 その件なら今朝、叔父が――と告げる彩美に事務員は言った。

「そんな人は来ていませんが?」

 さらに事務員が言う。

 今月中に入院費が払える見通しが立たないようなら無理にでも退院してもらう必要がある、と。

 彩美は叔父に連絡をとろうとするが電話はつながらなかった。

 そこでようやく騙されたことに気が付いた。

 残っているのは総額で五千円にもならない彩美と俊樹のこづかい貯金のみ。

 この五千円を使い切ったらライフラインが止められ、食べるものもなく、病院を追い出されて眠ったままの両親とともに自分と俊樹は死んでいくのだろう――そんなことを彩美は思った。

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