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第6話 放課後クロスオーバー その9

 ひとりだけの教室で珪斗は机に置いたプレートに語り掛ける。

「まずは……なにをさておき謝ります。きもくてごめん」

 静まりかえった教室で続ける。

「珊瑚は僕にとって初めて身近にいてくれた女の子で……、それで調子に乗ったところがあった。でも、それはいいわけでしかなくて……。傷つけたりイヤな思いをさせたりするつもりは全然なかった。でも、なにを言っても信用されないと思う。陰でこんなことやってたんだから」

 プレートに並べて置いたノートを一瞥してため息をつく。

「でも、このまま終わるとかはダメで……。これまでみたいに珊瑚を手伝いたい。珊瑚のために働きたい。許してくれるのなら、笑ってくれなくてもいいし、しゃべってくれなくてもいいし……。なんなら珊瑚の姿が僕の目に見えなくなってもいいから……。それが償いになるのなら」

 そして、ノートを手にとり、破り捨てようと力を込める。

 その時――。

「ちょちょちょちょちょちょっと、待つデスっ」

 プレートから珊瑚が飛び出した。

 その様子に破り捨てることを忘れてぽかんと見ている珪斗の手から珊瑚がノートを奪い取る。

「どーしてこんなことするデスかっ」

「いや、だから、これが珊瑚を傷つけて……」

 珪斗の言葉に今度は珊瑚がぽかん。

「えーと、さっきの瑞乃もデスけど……なんの話なのデス?」

「いやだから、ごめんなさいと」

「どうしてデス?」

「え?」

「え?」

「……」

「……」

 しばらく無言で見つめ合う。

 おずおずと口を開いたのは珪斗。

「……怒ってない?」

「はいデス。てゆーか、どーしてあたしが怒るのデス?」

 きょとんと見つめる珊瑚の表情に嘘はない。

 とはいえ、珪斗にはその真意がわからない。

「えーと――最近、よそよそしかったのはなにゆえ?」

「ノートを見て……恥ずかしかったのデス」

「恥ずか……しい?」

 思わぬ言葉に眉をひそめる珪斗へ珊瑚は頬を染め、目線を外して口をとがらせる。

「だってさだってさだってさ、全部のページに“ちゅき”とか“きゃわいい”とか書かれてたら、さすがのあたしも“きゃー”なのデス」

 読み上げられるとむしろ珪斗の方が“きゃー”なのだが。

「あとなによりもうれしかったのデス。人間の女の子扱いされてるってことが。でも、それはそれでプレッシャーにもなったのです」

「プレッシャー……?」

 その意味がわからない珪斗へ珊瑚が頷く。

「あんまりべたべたしてるとあたしのよくないところが見えちゃいそうで怖かったのデス。だから、もっともっとしっかりしなくちゃと思ったのデス。真珠みたいな“できる女”を目指したのデス。珪斗の部屋で見たテレビのクールな女捜査官に憧れてみたのデス」

「いや、でも、スカートが長くなったのは……」

「テレビに出てくる“できる女”はみんなクールなパンツスーツかエレガントなロングスカートなのデス。なのであたしも形から入ることにしたのデス。それと、これからは真珠の分までがんばらなくちゃっていう決意表明でもあったのデス。そうすることでもっともっと珪斗に……あたしを好きになってほしかったのデス」

「いやいやいやいやいや」

 思わぬ告白に珪斗がうろたえる。

「そんなことしなくても、僕は今まで通りの珊瑚が好……」

 言いかけて我に帰り、汗が噴き出す。

 上位ランカーならこんな言葉は日常的に出るのだろうなあと思い、またしても自分が最下位であることを自覚する。

 そして、言いかけた言葉を押し流すように続ける。

「でも、ずっと出てこなかったのはどうして?」

 珊瑚は肩をすくめて上目遣いで珪斗を見る。

「あれは……反省なのデス」

 思わぬ言葉に珪斗は戸惑う。

「反省? なんの?」

「お墓で瑞乃を巻き込んでしまったのデス。珪斗に会わせる顔がないと反省して自粛していたのデス」

 珪斗の全身から力が抜けた。

 そのままぐったりと背もたれに身体を預けながら思い出す。

 虎目の言っていた珊瑚の意識――の一部――が“落ち込んでいるというか凹んでいるようにも見えた”という言葉を。

 その原因はノートを見たことではなく、自身の失敗で瑞乃を巻き込んだことによるものだったのだ。

「珪斗? 大丈夫デス?」

 珊瑚が珪斗を心配そうに覗き込む。

「大丈夫デス?――じゃないよ」

 珪斗は身体を起こすと潤む目をこすりながら続ける。

「自粛なんてものはちゃんと言ってからするもんだよ」

「そうなのデス? ごめんなさいデス」

 改めて珊瑚はノートにぱらぱらと目を通す。

「このノート、捨てるんデス? だったら、あたしがもらっていいデス?」

 珊瑚自身が気に入っているなら珪斗に異論はない。

「いいけど。うん、もらってくれるなら」

 珊瑚はノートを胸元で抱きしめて続ける。

「おそらく真珠もそれを望んでいるのデス。あたしと珪斗の距離が縮まることを。だからあたしにこれを見せたのデス」

 “それは違うよ”と思わず言いそうになった珪斗だがあえてこらえる。

 珊瑚は真珠がやめた理由を知らないのだ。

 しかし、それはそれでいいのだろう。

 知らないままにしておくべきなのだろう。

 なによりも真珠が珊瑚に知られることを望んでいないのだから。

 そんなことを自分に言い聞かせた時、ふと、管郎のことを思い出した。

 管郎の真珠に対する行為はいかなる理由があろうともけして許されるものではない。

 その管郎はあれからどうなったのか――。

 珪斗が最後に顔を見たのはトイレで垣崎に絡まれていたあの日――すなわち“午後から北高へあいさつに行く”と言っていた日だった。

 翌週から管郎は北高の生徒になったのだから、当然、それ以来、珪斗は会ってない。

 その“垣崎に絡まれていた日”の午後、すなわち、あいさつに行っているはずの時間帯に垣崎のイトコから垣崎のもとへ一本の動画が送られてきたという。

 その動画は瞬く間にとなりのクラスはもちろん、珪斗のクラスにまで拡散してきたが、スマホを持たないうえ、最下位ランカーとしてクラスの交友ネットワークから弾かれている珪斗はその画像を見ていない。

 ただ、周囲のうわさによると送られてきた動画は“管郎の裸土下座”らしかった。

 つまり――管郎はすでに北高という名の地獄へ落ちていたのだ。

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