第6話 放課後クロスオーバー その8
中学生になった上浜瑞乃が気付いた時、ずっと一緒に笑ったり泣いたり喜んだり悔しがったりしてた友人たちが変わっていた。
興味の対象がファッションになりコスメになり、そして、男になっていたのだ。
それが悪いとは思わない。
ただ、納得いかないのは自分を含めた“それらに関心のない者”を排除しようとする価値観の押しつけだった。
「えー、瑞乃ちゃん、これ知らないのー? おかしーよー」
「聞いて聞いて、上浜さん、知らないんだってー、ありえなくない?」
みんなが興味のあるものについて執着心が強い人ほど、詳しい人ほどエライのだ、スゴイのだ。
みんなが興味のあるものに興味がないヤツ、あるいは誰も興味がないものに興味があるヤツは変なヤツだ、おかしいヤツだ、つまんないヤツだと距離を置かれるのだ、嘲られるのだ。
小学生の頃に東京へ転校していった声優志望の親友は、今では学校のアニメ同好会の仲間たちとの模擬アテレコや発声練習やスタジオ見学に忙しいという。
同じく都内に住む従兄はプロレスラー養成コースのあるトレーニングジムでデビュー目指して汗を流しているという。
地方に住んでいればそんなクラブや施設どころか周囲の理解すらなく、教師には止められ、親には取り上げられ、同級生からは蔑まれることも当たり前だというのに。
そうやって好きなことを追えるのは、自分らしく生きられるのは都民だけの特権らしい。
社会科の授業で老教師が“若い世代の地方からの流出と東京の一極集中”を嘆いていたが“そりゃなくならないわけだよ”と中学三年生になった瑞乃は冷笑を浮かべて聞き流す。
そんな瑞乃だから高校生活には期待した。
住んでいる地域ごとに通う学校が決められる中学とは違って、高校は広い地域から様々な生徒が集まってくる。
当然、生徒たちの価値観も個性も多様なものに違いない。
人と違うものに興味を持っていても、人と同じものに興味を持っていなくても、排除されることのない世界があるはずだ。
しかし、そんな瑞乃の期待はあっさり裏切られた。
同級生が盛り上がる話題は中学時代とまったく変わってなかったのだ。
そんな誰とも価値観を共有できない世界で瑞乃はひとりだった。
“こんな地方のクラブ活動なんて汗を流すことが目的みたいなもんだ、いくらがんばったって全国で通用するわけでもあるまいし”――入学早々にそんな顧問の言葉を立ち聞きして陸上を続けることもやめた。
そんな高校の教室に湖山珪斗はいた。
誰が決めたか知らない“くっそくだらない公式ランキング”最下位の存在だった。
ランキングに興味のない瑞乃にとっては、周囲の連中以上に珪斗は“その他大勢のひとり”に過ぎなかった。
それが変わったのはもちろんオクラホマ・スタンピートの一件からだった。
ある日、ふと思い立って“珪斗がなぜ最下位ランカーなのか?”を瑞乃なりに考え、調べてみた。
確かに珪斗は体育を含めた全教科で平均以下の成績であり、そして、周囲とのコミュニケーション能力もけして優れているとは言えなかった。
いや、はっきりと劣っていた。
しかし、それだけでランキングが決まるわけではない。
現に成績では珪斗と同等であるにも関わらずランキングにおいては十位台の者もいる。
口数が少なく、話しかけられてもすぐに赤面しておどおどしている同じクラスの田所のランキングは八位だったはずだ。
珪斗とそういった連中との違いは言うまでもない――
友人がいないこと
――だった。
一口に“友人がいない”とはいえ、その理由は人さまざまだろう。
例えば、時間にルーズとか、約束を守らないとか、借りた金を返さないとか、融通が利かないとか、口を開けば陰口悪口ばかりとか。
珪斗がどんな人間か、そのヒトトナリを知らない瑞乃だが、教室で見ていてひとつ気付いたことがある。
それは珪斗が男子生徒の多くが興味を持つものについてまったく無関心だということだった。
スポーツも異性もアイドルもゲームもネットもクルマも音楽も、それぞれの話題で盛り上がるグループのどこにも関わろうとしなかったのだ。
気が付けば珪斗は瑞乃が同性異性問わず、唯一、話のできる相手になっていた。
周囲の連中と価値観を共有しない――共有できない――という共通点を持つ存在として。
もちろん、そこに恋愛感情はないけれど。
ただ、無人島だと思っていた漂着先で見つけた唯一の仲間でしかないのだろうけれど。
からりと教室の引き戸が開いた。
瑞乃が机の上に置いたプレートから目線を転じた先には珪斗が立っていた。
瑞乃が告げる。
「悪いな、まだだ」
そして、気付く。
教室へ入ってくる珪斗の表情が教室を出ていった時とは別人のように変わっていることに。
“情けなかった珪斗”が“決意に満ち、覚悟を決めた珪斗”に変わっていることに。
珪斗は自分の席に腰を下ろしながら瑞乃に声を掛ける。
「もういいんだ。ありがとう。やっぱり僕がやらなきゃな」
そう言ってから机の上にノートがあることに気付いて、苦い表情で瑞乃を見る。
「もしかして……見た?」
「……ごめん」
瞬時に赤面した珪斗に瑞乃はすいと席を立ち、背を向けると――
「じゃ、がんばれ」
――そう言い残して教室を出た。




