第6話 放課後クロスオーバー その2
放課後に突入すると同時に同級生たちは一斉に教室を飛び出す。
二年生より先に集合しなければならないクラブ組ばかりでなく、帰宅組においても、やはり、いつまでもぐずぐずと残る者はいない。
まっすぐ帰宅して自習する者、家の手伝いをする者、趣味に勤しむ者、あるいは道草を楽しむ者、習い事に忙しい者――皆、それぞれの居場所がある以上、用もないのに放課後の学校に居座り続ける理由はないのだ。
同様に珊瑚と出会ってからは早々に教室をあとにするようになった珪斗だが、今日は瑞乃から逃れるべく、これまで以上に早く教室を出ようとして――
「待てよ、湖山」
――あえなく捕まった。
聞こえないふりをして振り切るという選択肢も冷静に考えればあったのだろうが、そんな余裕すらなかった。
立ち止まってしまった珪斗は観念した逃亡犯のように、瑞乃と自分しかいなくなった教室でスクールバッグをおろすと自分の席にがっくり腰を落とす。
瑞乃は珪斗のすぐ前の席でイスを引き、向き合って座る。
そして、問い質す。
「今朝、校長が言ってた行方不明ってウチのオクラホマ・スタンピートの時と同じ現象なのか」
まるでテレビで見た取調室のような空気の中で、珪斗はじっと覗き込まれた目を逸らしながら答える。
「たぶん。ていうかまちがいない」
「なぜ、湖山はあの時みたいに――」
珪斗は瑞乃の言葉を遮る。
その問い掛けから逃げるように。
「相棒が会ってくれないんだ。だからどうしようもないんだ」
一気にまくし立てるように言ったあとで頭を垂れて本音を付け足す。
「僕だってこのままじゃダメだと思ってる。僕だって、どうにかしたいと思ってる。今までみたいにしたいのに。相棒と話をしたいのに。でも、どうしたらいいのかわかんないんだ。どうしようもないんだ」
瑞乃が実際の経緯を知らない以上は“今日もこれから相棒と封緘しに行くからジャマしないでくれたまえ”と嘘をついて逃げることも可能だっただろう。
しかし、珪斗の脳味噌は“嘘をついたり、すっとぼけたりするよりも自分から白状すること”を選択していた。
こういった嘘が苦手な気の弱さもまた最下位ランカーらしいところではあるのだが。
顔を伏せたままの珪斗に瑞乃がぽつりと問い掛ける。
「その……相棒てのはどんなヤツだ」
今日一日、逃げ回っていた緊張から解放されたこともあるのか、脱力状態の珪斗は半ば無意識に答える。
「女の子。明るくて、かわいくて」
「そいつはどこに?」
問われるままポケットからプレートを取り出す。
「ここにいる――と思う。でも、呼びかけても反応がない。怒ってるのかもしれない」
「原因は?」
「わからない」
瑞乃は珪斗の手からプレートを抜き取ると、カーテンが表示されているその画面に目を落としてひとりごちる。
「女同士なら話ができるかもしれない」
目を上げ、珪斗に告げる。
「ちょっとどっか行ってて」
「え?」
珪斗は思わぬ言葉に耳を疑う。
瑞乃はそんな珪斗に問い返す。
「信用できない?」
珪斗はそう言われて、初めて“珊瑚の住むプレート”という“大切なもの”を瑞乃に預けたことに気付く。
しかし、珪斗には後悔も不安もなかった。
珪斗にとって瑞乃は唯一信用できる相手であり、相談できる相手なのだから。
「いや……お願いします」
珪斗は言われるまま席を立ち、廊下に出る。
そして、廊下の壁にごつんと頭をぶつける。
正直なことを言えば珊瑚のことをなにも知らない、姿を見たことすらない瑞乃になんとかできるとは思えなかった。
しかし、かといって今の珪斗にできることはなにもない。
ただ、瑞乃が親身になってくれたことが嬉しかった。
考えてみれば他人に相談するのはヤ○○ン・林田以来だった。
あの件で懲りたこともあり、なによりも相談できる相手がいないこともあって、生きていれば当然のように次々と降りかかる問題をずっとひとりでぐじぐじと思い悩んで、解決できずに終わる日々を過ごしてきたのだ。
教室を振り返る。
頬杖をついて机に置いたプレートを見下ろしている瑞乃が見えた。
その様子に、ふと、言葉が口を衝いて出た。
「感謝……」
瑞乃の厚意が無駄に終わるとしても、珪斗の感謝する気持ちに変わりはない。
とりあえず手近なところでお礼の品を用意しよう――そう考えた珪斗は購買へと足を向けた。




