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第3話 上浜瑞乃という女 その3

 中学三年生になってすぐの頃、珪斗は同じクラスの女生徒から告白された。

 地味な子だった。

 告白されたこと自体はもちろん人生初であり、さらには現時点においては人生最後の経験でもあった。

 どうしていいかわからない珪斗は唯一の友人だった林田に相談した。

 林田は珪斗にとって小学生時代からの友人で、うちあけ話ができる唯一の存在だった。

 それだけではない。

 珪斗とは正反対で異性とのつきあいに中学三年生としては十分すぎるほどの実績を誇り、周囲が一目置いているような、悪く言えばヤ○○ン野郎であることから異性絡みの話に対して的確な助言をもらえるだろうと踏んでの相談でもあった。

「なるほど。相手の意図が気になるな」

 林田はわざとらしく難しい顔を作ってみせる。

「意図?」

「どう考えても珪斗は告られるタイプじゃないだろ」

「否定しないよ、それは。だから、困ってるんだ」

「もしかしたら、珪斗を笑いものにするつもりだってあり得る」

「確かにな」

 そういうことなら珪斗にも身に覚えがある。

 半年ほど前、机の上に女文字の手紙が置かれていたことがあった。

 “今日の放課後、体育倉庫で待ってます”とだけ書かれた手紙だったが、珪斗は行かなかった。

 理由は単に“忘れていただけ”なのだが。

 その二日後、クラスの中心にいる男女混成の優等生グループが盛り上がっているのをたまたま立ち聞きした。

 手紙はこのグループの男が女に書かせたものであり、放課後に現れる珪斗を見て笑うつもりだったらしい。

 結局、珪斗が来なかったことで翌日に別の生徒へターゲットを変えてやり直したのだが、それが大成功。

 まんまと現れたその生徒のことを笑っているのだった。

「だから、うかつに動くのは待った方がいいな」

「よし、そうしよう。やはり、林田は頼りになるな」

「まあな」

 ということで、珪斗が彼女に対してなんの反応も示さないまま一週間が過ぎた頃、放課後の教室で林田が言った。

「オレは彼女が珪斗に声を掛けたことについて、笑いものにする以外の可能性について考えてみたんだ」

「他にあるのか?」

「ある。“妥協の産物”説だ」

「妥協の産物?」

「この一箇月、クラス内で男女間の交際が一気に増えてると思わないか?」

「そう言われてみれば……確かに」

 林田以外に親しく話す相手のいない珪斗は同じクラスでなにが起きているか、誰と誰がどういう関係であるかといった情報にはまるで疎かった。

 しかし、そんな珪斗でも林田の言う通り、最近は妙に教室中に浮いた空気が流れていることを朧気ながら感じていた。

「残された中学時代のラストスパートってやつだ。勉強、友情、そして、部活をがんばってきた。あと残ってるのは恋愛だとばかりにな」

「それが……僕のことと関係あるのか?」

 勉強も友情も部活も無縁な珪斗にとって、恋愛はそれら以上に無縁な存在だった。

 林田が続ける。

「彼女にとっても例外ではなかったってことだ」

「あ、そうか。彼女にとっても恋愛のラストスパートなんだ」

「ただ、彼女にしてみれば断られるのも癪だし、残ってる男子は三人くらいしかいないし、どれも似たようなもんだし……。で、その中で断りそうにないのは珪斗しかいない。だから白羽の矢が立った」

 思わず珪斗は渋面になる。

「そんな理由で告白されたのかよ、ひでえなあ」

 林田が笑う。

「もっとひどい話がある」

「? どんな」

「オレは考えたね。もしオレの推理が正しいとしたら――妥協して珪斗ごときに告ったのなら、オレくらいのイケメンが声を掛けたらどうなるだろうか、と」

「どうなるだろうかもなにも」

 考えるまでもないと答える珪斗を遮って続ける。

「で、声を掛けたら案の定、尻尾振ってついてきたわ」

 そう言って向けたスマホにはバスタオル一枚ではにかむ彼女の姿があった。

 その画像に珪斗は思わず苦笑する。

「オマエ、何股だよ。そもそも、普段からこの子のことをみんなの前で馬鹿にしてたじゃないか」

「それだけ彼女にとってオレは雲の上のアリガタイ存在だったってことじゃね。何股かって話については、これはノーカンだ。一回だけのつまみぐいだからな。うまいものばかり食ってるとたまにはわけわかんねえマイナーメーカーのカップラーメンを食いたくもなるってことよ」

 そう言って笑う。

「クズだなあ、オマエって」

 珪斗も笑った。

 そして、思った。

 良かった、彼女を好きにならなくて、と。

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