5. 初めての
もう誤魔化せない。
自分は、セドリックのことを好きになってしまったのだ。
週一の騎士団での治療も、週二の店での治療も、その後の二人での食事も、心が躍って仕方がない。
次はどんな話をしようか、どんな服を着ようか、爪に塗る色を何色にしようか、彼は気付いてくれるだろうか。
会えない日は次に会うときのことを考え、会った日はその日の会話を反芻している。
──だが。
セドリックの治療ももう終わりだ。
社交シーズンが始まる。
街には人が増え、どの店も活気付いている。騎士団の見学者も増えているようだ。
セドリックの治療は順調で、彼は問題なく予定通り業務に復帰するだろう。
そうしたらもう会えない。
たくさんお喋りしてくれるし、親切にしてくれるので、セドリックから嫌われてはいないと思う。
けれど、今後会う予定はないし、彼は騎士団でも治療室にはなかなか来ないだろう。
そして自分たちにはそれ以上の接点はない。
鬱々とした気分で買い物しながら街を歩いていると、パン屋のガラス戸に『花祭り』のチラシが貼ってあるのが目に入った。
花祭りは、社交シーズンが始まることを表す、街のお祭りである。花祭りを境に、貴族たちの社交が始まるのだ。
社交シーズンに市民たちの暮らしは大きく変わらないものの、人が増え、街も活気付く。
さらに、この花祭りの日は城の広大な庭が市民に開放される。
貴族たちのような装いは当然できないけれど、パートナーのいる人たちはそれぞれ着飾り、城の庭で咲き誇る花を愛でることが出来る。
街の若い娘たちの憧れだ。もちろん、ロジーナは行ったことは無いけれど。
セドリックを誘ってみるか? と一瞬考えて、それは無いと首を横に振った。
通常、女性から誘うなんてことは無いし、この時期は騎士団が一番忙しいのだ。
「あら、ロジーナちゃん。花祭り行くのぉ?」
貼られたチラシをずっと見ていたものだから、パン屋のおかみさんから声をかけられた。
「いえ、その予定はないです」
「あら、熱心に見てるから、いい人が出来たのかと思ったわ」
「いいえ、わたしは……。でも皆さん、楽しみにしているでしょうね」
「うふふ、そうね。花祭りで男性が女性に告白すると恋が叶うと言われているから、街の男性たちは意中の子を誘おうとソワソワしているわよ」
いいなあと心の中で呟き、おかみさんと手を振って別れた。
「いいなあ……」
とぼとぼと歩きながら、ぽろりと気持ちが口からこぼれる。
でも、どうしようも出来ない。
初めての恋、どうしたらいいのか分からないのだ。
♦
いよいよ最後となったセドリックの治療の日。
これが最後なのはとても寂しいけれど、せめてロジーナは楽しい思い出にしたいと、明るく振舞うことにした。
いつもより丁寧にお化粧をして、指の先を瞳と同じ紅色に塗り、心を込めて治癒魔法をかけようと。
「ようやく今日で治療も終わりですね! さ、腕を出してもらえますか」
「はい、おかげさまで……、最後ですがよろしくお願いします」
上着を脱いで台に出されたセドリックの右腕に自分の手をかざし、治癒魔法をかけ始める。
「もうほぼ完治ですよ。お仕事の忙しくなる前に間に合ってよかったですね」
「そうですね……」
「少しずつ訓練も開始されていると聞きましたが、痛みやおかしなところはないですか?」
「ええ」
話ながら、おや? とロジーナは思った。
普段より元気がなさそうに見える。会話には応えてくれるものの、それ以上続かない。
「あの……、セドリックさん、どこかお加減でも?」
「え? ああ、いえ、何でもないんです。少し考え事をしていて」
「そうですか……」
最後だというのに、会話も弾まないまま治療は進んだ。
考え事をしている人に無駄な話をすることは出来ない。
仕方がない。この時間はロジーナにとっては貴重で大切なものだったけれども、セドリックにとってはただの治療の時間だったのかもしれないし。
「はい、終わりましたよ。お疲れさまでした」
静かに治癒魔法をかけ終え、かざしていた手を離すと、それまで黙っていたセドリックが顔を上げた。
「あの、ロジーナさん」
「はい」
真剣な声色。
灰色の瞳にまっすぐ見つめられ、視線が離せなくなった。
「嫌だったら断って欲しいのですが、花祭りに一緒に行きませんか?」
「えっ? 花祭り?」
「社交シーズンが始まるときに一般市民向けに城の庭が開放されるんです」
「それは知っていますが……、セドリックさん、お仕事では?」
「どうしても誘いたい人がいるといって、代わってもらいました」
「えっ」
花祭りに誘ってくれた?
本当に?
幻聴かと思って自分の頬を引っ張る。痛かった。
花祭り。おかみさんの言っていた話。どうしても誘いたい人──。
「セドリックさん、わたし」
「いま答えを出さないでください」
手のひらをこちらに向けられ、ロジーナの言葉は眉間にしわを寄せたセドリックに遮られた。
「俺、治療が終わってもロジーナさんと会いたいと思ってます。本気です。だから、もし俺の気持ちを受け入れてくれるようであれば、花祭りの当日、門まで来てください。待ってます」
「は……」
「治癒魔法、今日まで本当にありがとうございました」
ロジーナが口を挟む余裕もなく。
セドリックは椅子から立ち上がると美しく敬礼し、難しい顔のまま早足で治療室を出て行った。
──チクタクチクタク。
時計の音だけが響く治療室。
しばらく放心状態だったロジーナは、我に返ると机に突っ伏した。
「ああ~~~……」
彼が今日物静かだったのはこのせいだったのか。
考え事というのは、花祭りの誘いのことだったのだろう。
ものすごく悩んだような困ったような顔をしていた。あんな彼の表情、初めて見た。
──俺、治療が終わってもロジーナさんと会いたいと思ってます。本気です。
「うーー……」
言われた言葉を思い出して、悶えて。
遮られなければ、この場で応えたかった。
わたしも同じ気持ちです。
治療が終わっても、二人で会いたいです。
花祭りにも一緒に行ってみたいと思っていました。
だから、本当に嬉しいです。
「……しあわせだ」




