4. 自分の姿
セドリックの治療の後、一緒に夕食に行くようになった。
彼が連れて行ってくれるのは、静かな店よりも普通に街の人たちが食べに来るような店の方が多い。
周りも話しているため、ロジーナも気にせず話をすることができた。
それから、治療中にも話をするようになった。
これまでは治癒魔法に集中出来ないだろうと遠慮してくれていたらしいが、それが無くなり、セドリックはさまざまな話をしてくれるようになったのだ。
騎士団で、癒し婆の姿であってもだ。
「式典の訓練が始まったので、結構忙しくなってきたんですよ。怪我する人も増えてまして」
「ああ、それで最近は人数が多いんだね。社交シーズンが始まるのか」
治療室には二人きりであるものの、急に誰かが入ってくる可能性もあるので、セドリックは癒し婆に対して、という体で話してくる。
そのため、ロジーナも癒し婆として会話している。
「あちこちから王都に集まってきてるんでしょうね、見学者も増えてきました」
「見学ができるのかい? 訓練を?」
「ええ、門を通れる人は見られますよ。特に制限していないので」
少し見てみたい気がした。
セドリックと接する時間が増え、彼が朗らかな人であることは知ったが、訓練中の姿は知らない。
剣を携える彼は、さぞ凛々しいであろう。
「癒し婆さまもご興味あれば見にいらしたらいいですよ」
「あ、あたしはいいよ。そんなことよりあんたは怪我人なんだから無理しないようにね」
「はい」
騎士団での仕事を終え、帰りがけに騎士団長に「おーい、婆さん!」と声をかけられた。
「なんだい、あたしゃあんたの婆さんじゃないよ」
「ははは、悪い悪い。もう終わった?」
「帰るところだよ、追加かい?」
「いや、来週薬を多めに頼みたくて」
「薬?」
騎士団長が言うには、訓練が増えて打ち身やすり傷などが騎士に多くなってきたため、いつもより多く薬を持ってきて欲しいという。
「普段、自分たちで処置するための湿布とかそういうやつがもう少し欲しいんだ」
「構わないよ、いつもの分に追加だね」
普段から週一で騎士団に来る時には、依頼された常備薬も持ってきている。
それを増やすだけなら何も問題はない。
だが、店に帰ってから、明日自分で持って行こうかなとロジーナは思った。
騎士団長は来週でいいと言っていたが、その間にも訓練は続いているだろう。薬も少なくなるはずだ。
それに騎士団に行けば、訓練するセドリックを見られるかも、という邪な気持ちもあった。
セドリックが次に店に来るのは明後日。明日は来ない。
ロジーナの姿で行っても、癒し婆の言いつけで薬を持ってきたといえばいいだけだ。
「よし……!」
次の日、ロジーナは手持ちの服の中で一番気に入っている、群青色のワンピースを身に付けて騎士団に向かった。
このワンピースは色は派手ではないものの、ラインが綺麗でスカートの裾に刺繍のレースが施されているのが可愛いのだ。
追加の常備薬を手提げに入れ、ロジーナはうきうきとした気分で王城の門を通った。
確かに人通りが多い。
それはいつもの出入り業者だけではなく、身なりの綺麗な男女が増えているのだ。
訓練の見学者が多いというのも頷ける──と、騎士団に到着したロジーナだが、その様子を見て後悔した。
訓練場の周りは、少し離れたところから立ち見で見学出来るようになっていた。
そこに集まっていたのは若い女性たちばかり。
しかも、皆、華やかなロングドレスにまんまるの日傘を差している。
自分のような群青色の膝下ワンピースなど一人もいない。赤、若草色、水色、黄色、若々しく鮮やかな色を纏った女性ばかりだ。
貴族の子女たちなのだろう。綺麗に化粧された姿は美しく、髪も一寸の乱れなくまとめられている。
簡単にいえば、ロジーナは気後れした。
今さらながら気付いたが、騎士は人気の職種である。
セドリックだって、美しい貴族令嬢に眼差しを向けられるというのが日常なのだ。
急に自分が恥ずかしくなってきた。こんな姿をセドリックに見つかるわけにはいかない。
だがせめて、と思って人垣の間から顔を覗かせると、訓練中の騎士たちが見えた。
二人一組になって手合わせを行なっているようだ。しかしその中にセドリックは見当たらない。
どこだろうと周りを見ると、手合わせをする騎士たちとは少し離れたところで武具の手入れをしているようだった。
腕はもう吊っていない。よかった、無理はしていないらしい。
姿を見られて嬉しいのと同時に安心し、そそくさとその場を離れて騎士団の事務所で追加の薬を差し出した。
すると顔見知りの事務員から、「おつかい偉いねロジーナちゃん、飴あげるよ」と言われ、やはり子どもっぽく見えるのかとがっかりしたロジーナだった。
♦︎
「昨日、訓練見に来ていませんでしたか?」
「気付いていらしたんですか!?」
店での治療中に急に言われ、ロジーナは驚いて顔を上げた。
動揺して魔法の光が揺らぐ。慌てて集中し直した。
「気付きましたよ。俺、あの時訓練に参加してなかったですし、声かけてくれてもよかったのに」
「お邪魔できませんよ。たくさん人がいたので気付かれないと思ったのに……」
あの大勢の中で見られていたということは目立ってしまっていたのだろうか。
華やかな令嬢たちの中、暗い色の冴えない自分だけ浮いていてしまっていたのでは──。
「俺、ロジーナさんのことすぐに気付ける自信あります」
俯いていたら、セドリックがきっぱりと言ったので、ますます俯いた。
やはり浮いていたのだ。恥ずかしい。
「そうですよね……、わたし」
「ロジーナさんって魔法使いだからですかね? なんか光ってみえます。大勢の中にいてもすぐに分かるんですよね」
「えっ」
予想外のことを言い出したので、ロジーナは目を丸くしてセドリックを見た。
別に冗談ではなく、大真面目に言っているらしい。
魔法使いだからといって、発光しているわけではないし、そんな魔法を使っているわけではないのだけれど。
「あの……、他の女性たちに比べて、わたしがあの場に相応しくない格好だったので目立っていたということでは……」
「えっ、いえ違いますよ。濃紺のお洋服でしたよね、とても可愛らしかったです」
さらりと言われて、ロジーナは固まった。
そういえば。
癒し婆の姿の時にも、塗った爪をなんのてらいもなく褒めてくれたことを思い出した。
正面切って褒められて、もう赤面した顔を隠せない。
「ありがとうございます……」
なんだか泣きそう。
ロジーナは魔法をかける手を止めて、そのまま両手で顔を覆った。