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3. 交流


「ロジーナちゃん、いつもありがとう! また来てね」

「こちらこそ、ありがとうございます。リックちゃん、またね」


 スミス夫妻の八百屋で買い物をし、赤ん坊に手を振って歩き出す。

 夕焼けの中、家へ向かう足取りは軽い。


 今日はセドリックが治療にやってくる日なのだ。



 あれから彼は週に二回、通ってくることになった。

 セドリックが騎士団の仕事を終えてからということになったので、夜に近い時間帯だ。


 すでに数回の治療を終えた。

 毎回、患者としてはセドリックが一番最後になる。そのため、ロジーナはセドリックが来る前には変身魔法を解き、本当の姿で対応するようにしていた。


 相変わらず会話はほとんどないものの、気まずさはなくなってきた。

 セドリックはペラペラと喋るタイプではないらしい。

 ロジーナとの会話を無理に探す様子もなく、ただ静かに治癒魔法を当てられる腕を見つめている。

 セドリックが寡黙な人だと知ってからは、ロジーナも気にせず魔法に集中していた。


 正直なところを言えば、もう少し彼のことを知りたい気持ちはある。

 だがそれは治療とは関係がない。仕事を超えた、個人的な話はすべきではないであろう。


 それに、顔を見られるだけで幸せな気持ちになるのだ。

 この感情はなんというのだろう。

 家族とも違う。

 世の中でいう友人というのは、そういうものなのだろうか──。


「きゃっ」

「いてっ!」


 考え事をしながら歩いていたら、曲がり角でどすんと人とぶつかってしまった。

 尻餅をつく寸前で体勢を立て直す。相手は二人組の男性で、ぶつかった方はロジーナとは反対に、尻餅をついていた。


「すみません、大丈夫ですか?」

「いってぇー、なんだよ……って、あれ、ババアのとこの女じゃねえか」

「ほんとだ」


 嘲るような声に、ロジーナは眉を寄せた。

 立ち上がった男から酒精の匂いがする。着崩した姿は、しっかりした仕事をしているようには見えない。

 嫌な人とぶつかってしまった。ぶつかった男は、もう一人の手を借りながら大袈裟によろりと立ち上がった。


「いてぇなぁ、怪我したなこりゃ」

「魔法使いだかなんだか知らねえが、街に居させてもらってる立場の怪しいババアの手伝いが、善良な市民を怪我させていいのかねぇ」

「あの気持ち悪りぃババア、ボロ儲けしてるんだって? 怪我の分、慰謝料いるなあ」

「…………………」


 こういうことは、まれにある。

 城に仕える魔法使いならともかく、『癒し婆』のように街に根付いている魔法使いを、不気味で異質な存在として差別する人もいるのだ。少数だけれども。

 力を見せつけてぎゃふんと言わせたいと思わなくもないが──。


 魔法使いは、力を持っている。

 そのため、魔法使いは善良でなければならない。


 ロジーナは彼らに分からないようにため息をついて、頭を下げた。


「申し訳ありません。怪我されたようであれば、癒し婆さまに治癒魔法をお願いしてみます」

「いらねえよ、気持ち悪りぃ!」


 大きな声で威圧されて、びくりと体が震えた。

 騎士のような体の大きい男性と接することに慣れているものの、壁に追い詰められて逃げ場をなくされると、恐怖で足がすくんだ。


 どうしよう。

 変身魔法で逃げるか、攻撃魔法を使ってしまうか──。


「どうかしましたか?」


 頭の中で詠唱しかけたところで、男二人の後ろから声をかけられ、ロジーナはハッとして口をつぐんだ。

 騎士服姿のセドリックが、ロジーナを問い詰める男に鋭い視線を向けている。


「何かトラブルですか? 詳しい話聞きますよ」

「ちっ、うるせえな、もういいよ!」

「行こうぜ」


 男たちがごねることなく去って行ったので、ロジーナはほっとして息をついた。


「セドリックさん、ありがとうございます」

「いえ、大丈夫でしたか?」

「はい。角でぶつかって絡まれてしまって……」

「無事で良かった。ちょうどロジーナさんのお店に行くところだったんです」

「とても助かりました、ありがとうございます」


 頭を下げ、店を目指して二人で歩き出す。


「お一人だと大変ですね、ああいうことはこれまでも?」

「いえ、皆さん基本的にお優しいので、絡まれたりすることは滅多にありません。わたしの背後には魔法使いもいますし」

「なるほど、癒し婆さまを怒らせたら怖そうですしね」


 深刻そうな声色で冗談を言われ、力が抜けて思わず笑った。


 夕焼けを背に受け、細長い影がふたつ伸びる。いつもはひとつのそれが、今日はふたつ。

 なんだか温かい気持ちになった。

 そうして影を見ながら歩いていたら、隣の影が一歩分近付いて、どきりとした。


「荷物持ちましょうか?」

「い、いえ! 怪我人に持たせるはずありません!」

「怪我したのは片手だけですから」

「大丈夫です、ありがとうございます」


 優しいのだ。

 今までこんな人身近にいなかった。

 きっとそのせいだ。こんなにどきどきするのは。

 ロジーナは、赤くなった顔が夕焼けで紛れていたらいいなと思った。



 店に着いてから、いつも通り静かにセドリックに魔法で治療を行った。

 騎士団での治療を週に一回。その他の日で週に二回来ているので、セドリックとは頻繁に顔を合わせている。騎士団では癒し婆の姿だけれども。

 医師の言い付けも守り、無茶な訓練や仕事はしていないようで、治りも早い。真面目な人なのだろう。


「はい、終わりましたよ」

「ありがとうございました」


 魔法をかける手を止めると、セドリックが席を立ち、脱いでいた上着を肩にかける。

 このまま順調に回復していけば、もう会うこともなくなるだろう。元々彼は怪我は少なく、癒し婆のところに滅多に来ない人だ。

 治るのが早いのはもちろん喜ばしいことなのに、ほんの少し心の中に暗い靄がかかった。

 当たり前のことだけれど、彼の怪我が治ったら、もう会うことは無い。


「あの、ロジーナさん」

「はい」


 顔を挙げると、セドリックが視線を外した。


「嫌だったら断って頂いて構わないのですが……、この後ご予定なければ夕飯とかどうですか。うまい店があるんです」


 ロジーナはぽかんとセドリックを見つめてから、今の言葉を反芻する。

 意味を理解して、壊れたおもちゃのように首を縦に振った。


「ぜ、ぜひ!! 何も予定ありません!」

「よかった、待ってますのでご準備できたら行きましょう」


 頷くと、セドリックがほっとしたような顔をした。

 もしかして、緊張しながら誘ってくれたのかも。

 そう気付いて、ロジーナの胸は高鳴った。



 ♦︎



 セドリックが連れてきてくれたのは、街の少し外れにある料理店だった。

 壁は木目調。店内の真ん中には広くて丸い一枚板が置かれており、カウンター席になっているようだ。

 中央には大ぶりの花瓶が据え付けられており、形の様々な草が生けられている。その広いテーブルの周りは複数人用のテーブルが囲むように配置されていた。


 案内されて二人席に着いてから、慣れた様子で店員を呼んだセドリックは、ロジーナの分の注文を手伝ってくれた。

 ロジーナは仕事のこともあり、外で食事をすることがほとんどない。

 一方のセドリックは、食べるのが好きで色々な店を回っているという。


「騎士の宿舎は食事付きでそれもうまいんですけど、もっと色々食べたくて、新しい店を開拓してます」

「このお店はセドリックさんのおすすめなんですね?」

「そうです、宿舎から離れていて知り合いに会わず、安くてうまいですよ」


 喋っているセドリックが珍しくて見つめていたら、彼が水を口にしたので、ロジーナも思い出したようにグラスに唇をつける。


「城に勤める騎士は半分以上が貴族だったり裕福な家の子息なんですが、俺は地方の普通の家の出身なんです。田舎からこっちに出てきたら、何でもあるじゃないですか。それがすごく珍しくて」

「ええ」

「だから休みの日はあちこち行ってうまいもの食べたり、色々見たりしてます……って、俺の話ばかりすみません」

「いいえ、楽しいです」


 知らなかっただけで、彼は意外と饒舌な人物だったのだろうか。治療の間は、全く喋らないのに。

 でもセドリックが自身の話をしてくれたので、ロジーナも自分の話をすることにした。


「わたしはセドリックさんと反対で、あまり街の外に出ることがないです。両親と住んでいた頃も、あまり外に出ない家だったんですよね」


 両親、と話を出した途端、はっとしたセドリックが暗い顔で目を伏せた。

 何故だろうと思ったが、気付いた。もしかして両親のことを故人かと思ったのかもしれない。

 慌ててロジーナは首を横に振った。


「違うんです! 両親は健在で、母も魔法使いなんです。魔法使いは十八歳になると独り立ちすることになっていて、わたし最近実家から独立したものでして」

「あっ、そうなんですね。早とちりしました。それでお一人なんですね」

「ええ。一人で大変なこともありますけれど、街では親しくしてくれる人もいるんですよ」


 癒し婆の姿だと遠巻きにされることが多いし、今日は男性二人組に絡まれて心配をかけてしまったが、ロジーナとして生活している中では、街の人と交流を持つことも多い。


「今日助けて頂いたエリアはよく買い物に行くんです。八百屋のご夫婦はとても親切にしてくださいますし赤ちゃんも可愛くて。書店やパン屋さんも顔見知りです」

「それは安心しました」


 すると、注文した食事が運ばれてきた。

 ロジーナは塩漬けの魚と野菜をパイ生地に挟んで焼いた料理で、セドリックはスパイスのまぶされた鶏料理。皮がパリパリで美味しそうだ。

 切り分けたパイを中身がこぼれないように慎重に口に入れると、中から旨味の強いソースが口の中に入って来て、ロジーナはそのまま「おいひい~」と呻いた。

 それを見たセドリックが嬉しそうに笑いながら、右手も使って鶏肉をナイフで切り分けようとする。


「セドリックさん、わたしがやりますよ」

「あ……、すみません、つい」


 ロジーナは彼が右手を使わないよう、代わりに鶏肉を切り分けてやった。


「ありがとうございます。ロジーナさん、こっちも少し食べませんか? ここの店はスパイス使う料理がすごく美味いんですよ。少し辛めですけど、酒とも合うんですよね」


 彼は左手だけで器用に食べながらよく喋った。普段治療を受ける彼とは比べ物にならないほどだ。よほど食べることが好きなのだろう。

 食べながらじっと見つめていたら、セドリックが視線に気付いた。


「ん? どうしましたか?」

「いえ、あの、セドリックさんは普段とてもお静かなので、喋っていらっしゃるのが意外で……」

「ああ……、治療して頂いている間は静かにしておかないと、集中できないんじゃないかと思ったんですが」

「そうなんですか!」


 なんと、治癒魔法をかけるロジーナに気を遣ってくれていたらしい。

 確かに、魔法をかけている間は集中するために静かにしていて欲しいという魔法使いもいるが(母がそのタイプだった)、ロジーナはさほど気にしない。

 癒し婆の姿を占い師のように思うのか、やたらと話しかけてくる患者もいるので、慣れっこといえば慣れっこでもある。


「いえ、全然問題ありません。むしろ、セドリックさんのお話聞きたいです」

「そ、そうですか……、といっても、あまり俺も喋るのが得意なタイプではないんですけどね……」

「いえ、すごく楽しいです。普段一人ですし、食事を外で食べる発想がありませんでした。でも、すごく美味しいです。今日連れて来てくださって嬉しいです」


 セドリックが分けてくれた鶏肉も口に入れる。少し辛いスパイスの刺激が美味しい。

 一人だったら絶対に来ることはなかっただろう。

 自分が知らないだけで、世の中にはきっと美味しい料理がたくさんあるのだ。


 料理に夢中になっていたら、セドリックがおずおずと「あの……」と声をかけてきたので、顔を上げた。


「はい」

「もしご迷惑でなければ、こうやって治療して頂いた後に食事に行くのどうですか……?」

「えっ」


 今日みたいに治療した後に。

 セドリックが来るのは週に二回。いつも最後の客なので、ロジーナの姿だ。

 問題があるか?

 いや、なにも問題ない。


「ぜっ、ぜひ!!!!」

「よかった。次は片手でも食べられるうまい店考えておくので」


 先の約束がある。

 ロジーナは舞い上がるような気持ちになった。




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