カラクレナイ#1 大体ゴスロリの少女に助けられる物語
「くっ……」
足をやられたせいで満足に歩けない。
後ろからはまだビチャ、ビチャと濡れた雑巾を叩きつけたかのような音が鳴っている。
もっと遠くに逃げなければ。おぼつかない足取りでさらに裏路地を進む。
「…………ッ!!」
空を切る音と共に今度は腹部に触手が突き刺さる。そのまま体を持ち上げられ横の壁に叩きつけられる。勢いよく叩きつけられ肋骨が軋む。どうやら何本か逝ってしまったようだ。
「クソ……!!」
一応触手はあの衝撃で抜け、動けるようになったが、もう血が抜けてしまい立ち上がることもできない。
今日もいつものような1日を過ごしていくはずだったのに。どうしてこうなったんだか……
「いってきまーす」
俺は紅咲庵。どこにでもいる高校2年生だ。今日は1学期の終わり、終業式が行われる。つまり今日から夏休みに入ると言うこと。
ようやく来た長期休みであるのだが、あいにく俺には付き合っている彼女も遊びにいくような友達もいない。(なんなら幼い頃に親も亡くしたので今は孤児院で暮らしている。)さらに言えば夢中になれる趣味とか推しもいない。
だから悲しくなるがこの夏休みは部屋でゴロゴロしているかバイトに行っているかの予定しかないのだ。
そのためほとんどの場合夏休みというか全ての長期休みに当てはまるのだが、とにかく暇になる。
ということで今年こそは何か楽しいことをしようと思っているのだが……いかんせん何をしようかとかの計画もないので、何か刺激的なことが勝手に起こるのを願っている。こんな受け身だから友達ができないんだろうな、ハハ。
学校についてもさっき言った通り友達がいないので、静かに席に座ってぼーっとしいる。そんなふうにぼーっとしていると、嫌でも近くで話している話の内容が耳に飛び込んでくる。(決して地獄耳なのではない。単なる偶然だ。)まぁ色々な話のネタがあるが最近よく聞くのは何やらおどろおどろしい都市伝説のようなものだ。
それは最近この街の人気のない所を歩いていると歩く肉塊が襲いかかってきて食べられてしまうというものだ。
「肉の塊が……」
「人気のない……」
「食べられちゃうんだって……」
「それホント?……」
「ホントだよ!!……」
今日も聞こえてくるこの噂だが、まあ夏という季節には怪談がつきものだし休みが終わった頃にはみんな忘れているだろう。そもそもこのような噂なんてほとんどは目立ちたい奴が自分で作ったものだ。(俺は作ってない)本当であるはずがない。
……だが唯一気がかりなことがあるとすればその都市伝説には続きがあるということだ。みんな最後の方の部分のところだけ何故か言わないのだが、察せると言えば察せられる。何故ならその最後の部分というのが、「肉塊に襲われ食べられそうになってもどこからともなくゴスロリの少女がやってきて肉塊をボコボコにしてしまう」という謎なオチだからである。こんなオチ、話したら失笑される。いくら何でも突拍子がなさすぎるだろ。この都市伝説を作ったやつに何でわざわざ最後のオチをゴスロリの少女にしたのか小一時間問い詰めたい。
さてそんなこんなで今俺は終業式を終え孤児院に帰ろうとしているところだ。
今の時刻は正午ぐらい。太陽が南中しているせいで、7月前半であっても死ぬほど暑い。体力はある方だが流石にこのまま日が当たる道を歩いていれば熱中症になってしまう。
ふと横を見るとそこには日が当たらない路地裏があった。確かこの路地裏を進んでいっても、孤児院に着くはずだ。昔は近道としてよく通ってた。
もう耐えられないと思い、たまらず路地裏に駆け込む。多少蒸し暑い感じがするが外と比べれば何倍もマシだ。
とことこ歩いていくが途中からすれ違う人がいないことに気づく。辺りには俺の足音しか聞こえない。頭の中にあの都市伝説がよぎる。だがあんな無茶苦茶なオチの都市伝説、どうせ嘘だろう。そう思い、さらに路地を歩いていく。
角を曲がったその時だった。道の真ん中に赤い肉が横たわっていたのだった。それは僕が近づいてきたのを察知して目を開ける。至る所から目が開き、その全てがことごとく僕を凝視していた。
肉は次第に人の形を作りいつのまにか右腕が巨大な剣のような形をしていて、背中には触手が生えた化物が僕を見下していた。
刹那。そいつは右腕を僕に振り下ろした。ギリギリで反応した俺は仰け反ったが胸を切り裂かれ血が吹き出す。
幸い傷は浅くまだ逃げることができた。だが触手で足を刺され、腹部を刺され、今に至る。
もう終わりか、そう思い、諦めて壁に寄りかかる。見上げている化物はまるで嬉しさで口を歪ませているように腹部が変形する。少し経つと腹が縦に大きく割れる。手が震えている。痛みによるものか恐怖によるものか知らないが、せめて恐怖を感じないよう目を閉じる。
あの都市伝説は本当だった。本当に人を襲う肉塊は存在したし俺は喰われかけている。しかしその時俺は忘れていた。この都市伝説にはオチがある。そうゴスロリの少女が喰われかけている人を助けるというオチが。
「少年、大丈夫か?」
ま、大丈夫じゃないか。と少女の声が響く。
目を凝らして見ると血で染まった路地裏の遠くの方から人影が近づいてくる。化物もそれに気づきさっきまで全開だった口が閉じ明らかに動揺しているような様子で後退りしていく。
「それ以上動くなよ、血腫。もし動けばすぐに頭を潰す。」
だんだん近づく人影が言うと化物の動きがすぐに止まった。さっきまでの勢いはもうない。あれはさっきまでの僕と同じ狩られる側の目をしていた。
「ふっ、素直な奴じゃのう。素直なのは良いことじゃが……命の危機なのに逃げもせんとは。それじゃただの腰抜けじゃ。それに……」
さっきまでずっと遠くにいたはずの人影が一瞬で目の前に現れ一瞬で化物の頭を潰した。何が起きたのかはわからなかった。だが今目の前にいる少女の服についている返り血が証拠だろう。こいつがさっきまで遠くにいたはずの人影の正体で、都市伝説のオチ。
「止まった時に命を保証するとは言っとらんしの。」
そう言った少女は手や足には枷、目は鋭くて赤く、髪はボサボサの黒のロングヘアをしていた。そして極め付けは血で汚れたゴスロリ。ハハッ、全く笑えるぜ。実在したのかよ。
「少年、生きとるか?」
その時の俺はもう血が流れきっていてたとえ通りすがりの凄腕の闇医者が通りかかったとしても救えなかっただろう容体だった。今は微かに残った意識で目を開けている。ゴスロリの少女の問いかけに対しかろうじて首を動かす。
「今からお前さんを治してやる。と言いたいのじゃが、わしのやり方だとお前さんは人ではなくなることになるが良いか?」
それは俺の人生において最も重要な決断だった。生き延びるための本能か何かが働いたのか俺は無意識のうちに頷いていた。痛みなんて感じなくなってきた頃だった。おそらくあと数秒もすれば死んでいただろう。
「……そうか。では少しチクっとするぞ。」
いや正確にはガブッと行くがの。
そう聞こえた後、僕は意識を失った。




