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【悪役令嬢とアラサー喪女】

第二部学園編(学園生活するとは言ってない)開始です。


★今回、途中で一人称の視点が変わります。ご了承ください。

「いらっしゃいませ。異世界転生支援ショップ、トランスファにようこそ」

「乙女ゲームガチャ梅パックでお願いします」


 そう言って入ってきた女性はスッピンで髪もボサボサ、着ているものも化粧っけのない四十台くらいのお客様。


「お客様、梅パックですとヒロインや攻略対象といったレアキャラへの転生確率は非常に低くなります。半面、魔物に襲われた村のモブ村人などの不遇なキャラの確率がかなり高くあまりお薦めできる商品ではございませんが」

「構わないわ。魔物に襲われた村って、それ王子やヒロインが視察にくるイベントでしょ?私は一瞬でも乙女ゲーム世界にリアルに関われたらそれで満足なのっ」


 お客様の目には妄執に近い感情が渦巻いていた。


「それでは身分証明書の提示をお願いします」

「えーと、運転免許持ってないんですけど……あ、これでいいですか?」


 渡されたのは薬剤師免許だった。顔写真もあるし、生年月日も確認できる。十分だ。ってか、この人まだ三十四歳なんだ……いったい何があったんでしょ?



 いつものように場所を移してお客様の話を伺う。


「大学を卒業してそれなりの企業に就職したんですけどねぇ。数年前に本当にやりたかった仕事に希望転属を出したんですが叶わなかったんです。落ち込んでたら友だちが『気晴らしに……』って紹介してくれたのが乙女ゲームだったんですけど。いわゆるドハマりしまして。

 それまでは勤務態度が真面目で通ってたんですけど、寝不足で仕事のミスが増えるようになって。先日の大型連休にヘビロテしてたらそのまま寝落ちて無断欠勤してしまって。

 まぁ厳重注意で済んだんですけど、会社に居づらくなって辞めました。それで再就職するよりもいっそ乙女ゲームの世界に転生しようかな、って」

「あの……差し出がましいようですが、それなりのお仕事をされていたのであれば梅パックでなくても……」

「……もうお金ないのよ。貯めてたお金は全部、イベントやグッズに消えたの」


 うーん、ダメな大人ってやつでしょうか?内心でため息を付きつつ、さらに話を進めていきます。


「それでは説明は以上となります。最後にこちらの同意書、重要事項説明書その他の書類に署名と実印をお願いします」


 そうして全ての手続きを終えて転送室から送り出す。


 鈴木様 → マリア。乙女ゲーム『月の光に願いを込めて』のヒロインキャラ


 うわっ、乙ゲー梅パックでヒロイン出たの初めてみた。……ん?これってこの前、中卒の女の子が悪役令嬢に転生したゲームよね?


(エリザベス視点)


 ついに魔法学園の入学式を迎えた。この半年は本当に大変だった。子爵邸内に蔵を立てて、味噌と醤油作りの方法を信用できる使用人に教える傍ら、麹を作り続ける。麹造りのノウハウは流出させるつもりがないのでこればっかりは自分でやるしかない。それと並行しての受験勉強だ。


 まあ努力の甲斐あって入学試験はダントツの『二位』。一般教養の筆記は現代日本であれば小学校卒業程度の知識しか問われなかったので問題なし。魔法の実技はアイテムボックスを『オリジナルの闇属性魔法』と誤魔化してパス。ただ最後のこの世界の魔法知識を問われる口頭面接で主席合格は逃がしてしまった。


 一位になったのは言わずもがな、乙女ゲームのヒロインであるマリア。平民の出自ながら聖教会から聖属性魔法の高い資質を認められて魔法学園に推薦された逸材だ。ただし私にとってはもっとも避けるべき存在でもある。悪役令嬢としては断罪回避が今も昔も私の一番の目的。


 そんな私が新入生代表のあいさつを行なうことになった。本来は主席合格者の役目らしいんだけど、主席が平民だからか、それとも私が公爵令嬢ではなく爵位持ちになってしまったからなのかは分からない。


 本来のシナリオがどうなっているのか知らないからどうしようもないけど、もしかしたらすでにシナリオが狂い始めている可能性もあった。


 ところで入学式には上級生も参加する。つまりはなるべく顔を合わせたくない攻略対象たちも私の新入生あいさつを聞きにくる。あれこれと悩んだ私は一つのアイディアにたどり着いた。


『そうだ、ドン引きさせよう!』


 入学試験が終わってから昨日の夜遅くまで、味噌やら醤油やら黒猫馬車やら溜まっていた仕事で連日寝不足でテンションがおかしくなってたみたい。そんなわけで新入生あいさつで発酵食品の魅力や歴史について熱く語ってしまった。案の定、会場中がポカンとしていてちょっと面白かった。


 ここまでやっちまったら後に引けない、とばかりに王都にある父上の屋敷からBBQコンロを持ち出して中庭で焼きトウモロコシを焼いたった。ジュウジュウという音と醤油の焦げる香ばしい匂い、最初は遠巻きに見ていた生徒たちもだんだんと近づいてくる。


 勇気ある最初の一人が焼きトウモロコシを食べてその美味しさに驚嘆の声を上げると次々と生徒たちが焼きトウモロコシを頬張っていく。

 そしてそれを遠くで顔をしかめながら見ているのが王子たち攻略対象者だった。うん、計画自体はうまくいったと思おう。


 学園の廊下を歩いていたら後ろから声をかけられた。


「あのエリザベス様。もしかしてですが『トラ転』って言葉ご存じですか?」


(ヒロイン視点)


 転生ガチャで引き当てたのはなんと、乙女ゲームのヒロインだった。これは相当に運がいい。でも誤算もあった。攻略対象たちの魅力がないのだ。ゲームではあんなにキラキラしてたのに、実際に会ってみると年相応のお子様だった。


 それよりもおかしな事がいっぱいある。ゲームのシナリオでは新入生あいさつは主席で合格したヒロインのはずなのに、実際には次席入学した悪役令嬢エリザベスが行なっている。しかも内容が発酵食品について熱く語るっていうぶっ飛びな展開だった。さらに驚いたのはエリザベスが公爵令嬢ではなく領地を有する爵位持ちで、黒猫のイラストを描いた『冷凍馬車』なるものの仕掛け人だという話だった。


 落胆しつつも学園内を一通り見て回っていると中庭のほうから美味しい匂いがしてくる。行ってみたらなんとエリザベスが焼きトウモロコシを焼いていた。しかもなにあれ?前世のBBQコンロそのままじゃない。彼女がコンロの前を離れた隙をついて侍女らしきひとから焼きトウモロコシをもらう。う~ん、醤油の焦げた匂いがたまらない。


 そうして私は確信をもって声をかけた。


「あのエリザベス様。もしかしてですが『トラ転』って言葉ご存じですか?」


(エリザベス視点)


「あのエリザベス様。もしかしてですが『トラ転』って言葉ご存じですか?」


 驚いて咄嗟に振り向いた私は、聞こえなかった事にして無視しなかった事をつくづく後悔した。そこにいたのは、この学園でもっとも避けたい相手、ヒロインのマリア。


 それでも『トラ転』という単語には反応せざるを得なかった。ショップ『トランスファ』で『転生』することをいつしか『トラ転』と呼ぶネットスラングが一般化していたからだ。


「あら?貴女は確かマリアさんでしたか?」

「よくご存じですね?」

「ええ、十年ぶりの平民の入学、それも入学試験主席合格の才女と有名でしてよ?それよりもわたくしの事をよくご存じですわね」


 貴族口調はいまだにつかれる。


「私はエリザベス様の事が分からなくなったんです。公爵令嬢だと思っていたのに爵位をお持ちになってましたから。あ、焼きトウモロコシとっても美味しかったです」


 彼女は確信をもってそう言った。


「ここで話す事ではなさそうね。ミナさん、お茶ができる個室を用意できるかしら?」


 侍女にそう声をかけると目礼して手配しに行ってくれた。



 お茶会用の個室にマリアと向かい合って座る。


「え~と……」

「あぁ、ミナさんなら平気よ。私が前世の記憶を持っていることを知っているから」


 ミナは私が最も信頼している侍女で前世の事を知る数少ない人物だ。他にはドーバとガラムたちくらいかな。シャフト男爵家の現男爵の歳の離れた妹だそうだ。シャフト男爵家はオーリス公爵家の遠縁に当たるが外戚なため王家の血は入っていない。先々代の公爵がオーリス公爵領内のシャフトの街を与えて統治させている、とかだったと聞いている。


 ミナ自身は私がステア子爵位を授かった時から私付きになっていて、私に追い返されなかった中では最古参なため今ではステア子爵の筆頭侍女になっている。その後、マリアとお互いにこの世界に来たいきさつを話し合った。もちろんミナには他言無用と言い含めてある。


「へえ。田中さんって苦労したのねえ」

「鈴木さんのほうはダメな大人って感じに聞こえましたけど?」

「うるさいわねえ。って言いたいところだけどあなたの境遇聞いたらグゥの音もでないわ」

「それでわざわざヒロインが悪役令嬢に接触してきた理由は?」

「あなたが転生者だって確信したのが一番だけど、どうやらシナリオが狂い始めてるらしいのよ」


それは私が原因だろうか?


「まず確実にね。冷凍馬車による物流改革だとか醤油だとか……その功績であなた貴族の令嬢じゃなくて爵位持ちになっちゃってるし。

それでかしらね?新入生あいさつは本来ヒロインの最初のイベントで、ここで話す内容によって王子たちの好感度が変わってくるはずだったんだけど」

「そりゃそりゃ。悪かったわね。言っとくけどこっちも断罪回避で必死だっただけなんだから」

「まあそれはもういいわよ。ゲームではあんなにキラキラしてた王子様なのに会って話をしたら歳相応のお子様なんだもの」


 私も歳相応なんだけどなあ?


「あなたは人生ベリーハードモードだったじゃない」

「まあ、それはそうかもねえ。私から見ても王子たちって甘いし三十台の……」

「アラサーよ」

「え?」

「だから、私はア・ラ・サ・ーなのっ!」

「あ、はい」


 なんか圧が凄い。


「ねえものは相談なんだけど……その異世界人どうし同盟組まない?」

「んー?なんで??」

「マリアはエリザベスの断罪回避のために動く」

「それはうれしいけど鈴木さんにはなんかメリットあるの?」

「大ありよ。お子様な王子たちなんて放置して私はエリザベスルートを目指す!!」


 なんて?


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