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【鮮魚】

「父上、お願いがあります」


 私は父上に願いでた。


「公爵の城がある城下町、ここホイールの街から馬車で三日の場所にステアという漁村があります。そこを視察したいのですわ」

「ん?あそこは貧しい土地だぞ?我が公爵領にとっては無価値に等しい」


 無価値だなんてとんでもない、という内心を隠して話を続ける。


「だからこそ、ですわ。一見無価値に思えるものでも見方を変えれば価値が出る事もあります。だからこそ、無価値と切り捨てる前に一度きちんと見てみたくなったのです」


 父上の顔がデレっとだらしなくなる。娘に甘すぎでしょ!!まあ都合がいいから言わないけど。私の世話をするために大量の使用人を同行させようとしたがそれは断った。その代わり、というわけでもないが厨房から料理人見習いを一人借りてきた。貧しい漁村の出身で魚の下処理なんかが普段の仕事らしい。名前をドーバというそうだ。


 二台の馬車でステアを目指す。一台は私と侍女。もう一台は荷馬車で、魔冷庫を積んで空いたスペースにドーバと護衛が二人。この辺では魔物被害はめったにないけど、盗賊は出るところも通るそうなので、護衛は断り切れなかった。それでも公爵の娘にしては異例な少人数だといえる。でもね。人数が増えると身軽に動けないじゃないの。


 三日の旅は無事に終わり、私はドーバを伴って港を訪れた。そして内心で頭を抱える。『ツキネガ』のゲーム開発者はもっと世界観設定をキッチリしたほうがいい。近海で獲れる魚から遠洋でないと獲れない魚、はては深海魚まで。暖かい場所の魚も寒い地域で獲れる魚も一緒くたになって並んでた。まあ『ここだけで魚は全部調達できるから』と内心のモヤモヤを投げ捨てる事にした。


 ドーバに頼んで鮮度のいい魚を選んでもらう。傷みが早い青魚と、比較的日持ちのする魚。それぞれ半数はそのまま、残りの半分は血抜きしてワタを取ってもらう。見習いという話だが、こと魚を捌くことに関してはかなりの腕だった。それらを魔冷庫に入れてく。氷結魔法の効果は最大、つまり冷凍状態になってる。ドーバに魚を捌いてもらっている間に別の目的も果たした私はトンボ帰りでホイールの城下町に戻ったのだった。



 公爵家の城に戻った私は、魔冷庫の氷結魔法の効果を弱くした。これは前世でハウスキーパーさんから教えてもらった冷凍魚の美味しい解凍方法だ。常温で解かすよりも低温でゆっくりと解かしたほうがドリップが出にくいと聞いてた。解凍に半日かけた後、父上のところに鮮魚を持っていった。料理長とドーバも一緒に呼んでもらった。


「お嬢様っ!こ、これはっ!!」


 大興奮なのは料理長である。


「えぇ、ドーバがしっかりと血抜きをしてくれたおかげで鮮度が保ててるわね」

「いえいえ。私はお嬢様の指示に従っただけですので……」


 ドーバは恐縮しているが、この鮮度は彼の功績で間違いない。そして父上は言葉も出ない様子だった。まぁねぇ。この世界、内陸部で新鮮な魚を食べようなんて発想がそもそもない。


「父上、今は小型の魔冷庫しかありませんが、いずれは大型化を考えて職人に話をしています。この鮮魚が王都で流通するようになったら、我が公爵領にとって多大な利益を生むとお思いになりませんこと?」


 父上は娘には激アマな駄目親だが、貴族として決して劣っているわけではない。十何番目だったか覚えていないが王位継承権まで持っている王家の血筋だけの事はある。


「ふむ、それでエリザベス。大型の魔冷庫はいつくらいに出来上がる予定なのだ?」


 父上の目がバカ親の目から貴族の目に変わる。


「そうですわね。職人とも話し合わないといけませんけど、一年ほどいただければ……もちろんその間も今ある魔冷庫を使ってこの街への鮮魚の供給は続けますが」

「よかろう。ステアの鮮魚を内陸部に流通させる案、オーリス公爵の名をもって承認する。エリザベス、お前には鮮魚供給地としてのステア漁村の発展と大型魔冷庫の開発を任せよう」


 想定以上の父上の決断だったが、私にとっては好都合だ。私は次のステップに計画を移した。



「ガラム、いる?」


 父上から許可をもらってすぐ、私は城下に下りていた。


「おう姫さんか。今度ぁなんだ?」

「父上……公爵があなたの仕事を認めたわ。それでもっと大きな事をやりたいんだけど」

「へぇ、領主様がねぇ。まあ光栄だが俺ぁ姫さんの異界の知識をこの世界で再現しただけだぜ」

「それがすごいのよ。人間の職人に任せたらここまでうまくいかなかったでしょうし、うまくいってたらいってたで、今頃裏切られてるわね」

「はは、ドワーフは信用するくせに姫さんの人間不信は相変わらずだな。それで?」

「だってドワーフは仕事にウソは付けないでしょ?まあそれはともかく、魔冷庫を大型化したいのよ、前にちょっと雑談ぽく言ったけど」

「お、その話か」

「そうね、幅は二メートル弱で高さは二メートル、奥行き三メートくらいのサイズにしたいの。で、それを荷馬車の荷台に固定して高速で走らせたいの」

「また、けっこうな無茶な相談だな。まず大型化だができなくはない。けどよ、それにゃ人手がいる。技術を盗ませないで作るのは難しいぜ」

「そっかー」

「だが、案がないでもない。秘密を守れる職人なら問題ないだろ?俺にゃ弟が二人いるんだがよ。人間嫌いなんでドワーフの里に今でも住んでる。あいつらを呼び出して説得できりゃ人手の問題はなくなるな。

 それから高速馬車のほうだが……そうだな、重力制御の刻印魔法で軽くすれば馬の負担は減らせるか。馬車を四頭立てくらいにすればかなりのスピードが出るだろ。ただ、まあ相当に腕のいい御者じゃないとひっくり返るだろうなあ。それともっと問題なのは、振動が大きくなりすぎる事か」


 ガラムの弟とやらは実際に会ってみるしかないだろう。腕のいい御者は父上に相談すればなんとかなるはずだ。そういう御者はお金も高くつくが大型冷凍馬車のもたらす利益から考えれば必要経費と割り切れる。となると一番の問題は高速馬車の振動だが……

 あ、自動車のサスペンションの仕組みを使えば解決できるかもしれない。


「私も実際にどういう構造になってるかまでは知らないんだけどね……」


 そう前置きをして話しはじめる。


「……っていう感じで車輪と車軸でショックを吸収して荷物に伝わる振動を抑える仕組みが前世ではあったのよ」


 かなりフワッとした概念だけを伝えてみた。


「なるほどなぁ。姫さんの前世とやらの異界には魔法はなかったんだろ?だからそういう発想になるのか。ま、幸いこの世界には魔法があるからな。車軸で振動を吸収する仕組み、考えてみようじゃねぇか」


 この頃には、前世の記憶についてガラムはもうほぼ完全に信用してくれてたんで、前世で天涯孤独だった事なんかも含めて全部伝えてた。元々貧しい孤児なんかの面倒を見ていたガラムはそれを聞いてからより私の力になってくれるようになってる。


 最後に弟たちとの連絡をガラムに任せてその日は工房を後にした。



 二週間が過ぎてガラムから連絡があった。工房に向かうとガラムとよく似た背格好のドワーフが二人。


「兄貴が認めたのなら俺も従う」


 とは上の弟こと次男のマサラだ。私を認めてくれたわけではないけれど、協力は望めそうだった。


「いくら兄貴たちが認めようとも、俺は人間なんざ認めねぇ」


 と言い放ったのは下の弟、三男で末っ子のカルダ。相当の人間嫌いのように見受けられた。


「そう。協力してくれればありがたいと思ってたけど仕方ないわね。お帰りいただいていいわ。路銀はお支払いしますから」

「なんだぁ人間。俺の腕が信用ならねぇってのかっ」


 めんどくさいなコイツ。


「腕が、というよりも私が信用を得られないなら、いい仕事は期待できないでしょ?私はガラムのドワーフ職人の誇りを信用した。だからガラムも私を信用してくれた。それで仕事をお願いしたの」


 今日はもう仕事の話をする雰囲気じゃないと感じたのでいったん帰ることにした。ガラムには私の秘密……前世の記憶がある事を弟たちに教えてもいいと耳打ちして工房を出る。


「また明日くるわね。ガラム、マサラ、よろしくお願いね」


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