【ドワーフ職人と魔冷庫】
「それで、いったいコレは何をするものなんだ?」
私が自室で描いてきたラフデザインを見て、開口一番ガラムはそう言った。羊皮紙に描かれていたのは一辺一メートルの立方体。前面が横開きの扉になっていて、中は箱状になっている。内部の上側に引き出しがついていてそこに魔石を入れるようになっていた。魔石っていうのは魔力を込めておける乾電池のようなもので、魔法が普通に存在するこの世界では一般的なものだ。引き出しの底には氷結の刻印魔法が刻まれていて箱の中を冷やすようになっている。当然、側面や天板、底板や扉には断熱魔法が刻印してある。つまりは魔法で再現した冷蔵庫。
「中にしまった物を冷やすためのものよ。井戸水くらいの温度から、海の水が完全に凍るくらいの温度にしたいんだけど?」
「それがどんな役目を持つんだい?」
「夏よりも冬のほうが食べ物が腐りにくいと思った事ない?これは食料貯蔵庫になるのよ」
「なるほどねぇ。こういうの見せられると異界の知識を持ってるってのもあながち大嘘ってワケじゃなさそうに思えてくるな」
「それで……できる?わよね」
「おう任せろ。とりあえず一週間で試作品を作ってみる。他の仕事なんか全部放り出してでもな」
「他の仕事放り出すなんて……職人の誇りはどうしたのよ?」
「ガハハ、安心しなって。今抱えてる仕事で急ぎのモンはねぇ。それより異界の道具の再現なんて面白い仕事を後回しにできるかっての」
「そ、じゃお願い」
◇
一週間後、再びガラムの工房を訪れた。無用な軋轢を避けるために使用人にはついてこないよう言い含めたんだけど、まあ護衛だけは断り切れなかった。彼らには外で待っていてもらう。
「おう来たか、姫さん。試作品はできてるぜ。まあ触ってみてくれ」
作業場に指定したサイズの箱が置いてあった。色は真っ黒。冷蔵庫のイメージがあるからか違和感が大きい。前面の扉を開けてみると、中から冷気が出てくる。手を入れてみるとヒンヤリした。
「すごいじゃない。さすがね、ガラム」
「ああ、こういうモノでよかったか?だがな、姫さん。ソイツぁ、残念ながら失敗作だ。姫さんの要望がこういうのでいいかの確認するためだけのまがい物だよ」
「え?ちゃんと中は冷えてるし思っていた通りのものだけど?」
「箱の外側を触ってみな、冷てぇだろ?」
天板に手を置いてみて実感する。たしかに指先がかじかむくらいに冷たい。
「断熱魔法の効果が氷結魔法に負けてるんだ。今は氷結魔法の効果を思いっきり強くして誤魔化してるが……魔石の消耗が半端ねぇ。魔力を通しやすい魔鋼を使ってるんだが、もう一工夫いるな」
うーんそれなら、と。私は自分の両手を魔鋼の板に見立ててガラムに差し出す。
「この手のひらに刻印魔法を刻んだとして、こうしたらどうかな?」
そういって、拝むように両手を合わせた。二重サッシや魔法瓶、ダイバースーツなんかも二重構造で断熱効果を上げている。それを再現しようと思った。本当は隙間は真空にできればなおいいんだけど、さすがにないものねだりが過ぎるだろう、
「この時、二枚の魔鋼はピッタリと貼り合わせないで、ほんのわずかに隙間を作ってほしいの。できる?」
「それも異界の知識かい?そんくらい任せろ」
「あと、これはできたらでいいんだけど、二枚の板を貼り合わせたって気づかれないようにはできる?」
「あー、姫さんは自分の"武器"を他人に真似されたくないんだったな。だったら任せときな。人間の職人じゃ絶対に見破れないように作ってみせるぜ」
「それって人間以外の職人はごまかせないって聞こえるんだけど?」
「まあ、腕のいいドワーフ職人ならわかるだろな。だけどそっちも心配しないでいい」
元よりガラムの腕を信用したのだからあとは任せるしかない。また一週間後と約束して工房を出た。
「そうそう。その試作品、エール酒を冷やすときっと美味しいわよ」
最後にそう言い残して。
◇
それから一週間後、ガラムの工房を訪れると昼間っから呑んでるドワーフがいた。
「おうおう姫さん。なんだこの美味い酒は」
「ちょっとぉ、昼間から呑んだくれてて仕事はちゃんとしてるんでしょうね?」
「安心しろぃ、ドワーフにとっちゃこの程度は呑んだうちにも入らね」
そう言って奥の作業場に案内された。
「いやぁ、姫さんの二重構造、アレすげぇな。断熱効果がガーーーーッって上がって魔石の消費がグーーーッって抑えられたぜ」
テンションが変だ。やっぱり酔っぱらってる模様。
改良版の扉を開けてみる。中にエール酒がギッシリと詰まっていた。このドワーフは……二重貼り合わせにしたという側面や天板は私がみただけじゃ貼り合わせてるとは全く分からなかった。よく見るとあちらこちらに妙な刻印があった。ドワーフ文字でガラムの銘が刻んであるのは転生基本セットの翻訳機能で分かったがこの刻印はなんだろう?
「あーソレか?そりゃ『俺の作ったモンだから真似すんな』って証さ。ドワーフ職人なら仕組みを見抜いたとしてもプライドがあるから絶対に模倣品は作らない。これでこの箱は姫さんの言う"武器"になったんじゃねぇかい?」
つまり前世で言うところの特許みたいなもんか。
「そんで、この箱の名前はなんてんだい?」
うーん。そのまんま冷蔵庫っていうのはなんか違うし魔道冷蔵庫じゃ長い。
「魔冷庫、なんてどうかしら?」
ガラムが頷くのをみて私は言葉を続ける。
「じゃあこれを、とりあえずはあと二つ作って欲しいのだけどどのくらいの時間がかかる?あと、今日できたヤツは後で公爵家の人間に取りに来させてもいいかしら?」
「持っていくのはいつでも構わねぇが……成りすまして盗んでいくやつらがいるぜ、どうすんだ?」
「そうねぇ。あ、それならこのネックレスを代理人に持たせるわ。公爵家の紋章が入ってるから真似するバカはいないでしょ」
「分かった。それから追加分の話だが、作るのは二週間もありゃできるだろうが、それでどうすんだ?」
「まあ、まずは父上……ここの領主にプレゼントして私が作ったものの有用性を実感してもらうつもりよ。二つ目は公爵家の人間に使わせて味方につける。そして足元を固めてから三つ目で仕掛けるの」
「領主様にプレゼント、っていいのか?領主と戦うための"武器"なんだろ?」
「ガラムが他の職人には真似できないようにしてくれたからね。この魔冷庫はガラムにしか作れないしガラムに注文できるのは私だけ。魔冷庫の有用性が認められれば認められただけ私の価値は無視できなくなるの」
「ふーん。ま、貴族的なあれこれは俺にはわからんからな。いいぜ、全部姫さんの言う通りにしたらあ」
◇
後日、公爵の城に搬入された魔冷庫を父上にお披露目した。その際、厨房の料理長も呼んである。
「父上、これがわたくしが考え、城下の職人に作らせた魔冷庫でございます」
「ほう、エリザベスが自分で考案したのかい?」
甘やかし公爵は私が作ったというだけで甘い顔をしているが、その価値を正確に理解しているようには見えない。価値を見出したのは料理長のほうだった。
「お嬢様。これは素晴らしいものを考案なされましたな」
「そんなにすごいモノなのか?」
「何をおっしゃいますか旦那様。これがあれば傷みやすい食材を保存する事ができます。それが料理人にとってどれほどの価値があるものか。いずれは旦那様にも今以上の料理を堪能していただけるようになりますぞ」
「まあ、期待しておこう」
あまり期待していないのが丸わかりな反応だったけどまあいい。その魔冷庫は父上の私室に置くことにした。ワインが大好きな人なので、すぐに気にいるだろう。料理長には二号機を手配中だと伝えておいた。
それからさらに二週間。追加の魔冷庫が搬入された。二号機は厨房に置いた。料理長は大喜びだし料理のバリエーションが増えて父上も使用人たちにも好評だった。そして三号機、これは馬車に積んでもらった。私の活動が本格化するのはここからだ。
「父上、お願いがあります」
私は父である公爵に願いでた。
悪役令嬢エリザベスがヒロインと邂逅するのは学園入学時になります。
そこまでの描写がもう何話か続きますのでご了承ください。