婚約破棄されたのは私のはずなのに
私は首を捻る、目の前で起こっている惨状に対して。
間違いなく婚約破棄をされたのは私のはずなのに元婚約者がボコボコにされている。
可愛い私の妹、レイラが腹の上に跨がり両方の拳を何度も振り下ろしレディーあるまじき形相と罵声を浴びせ続けていた。
「本当、ありえないわ!ちょっと挨拶しただけで擦り寄ってくるとかキモいのよ。それにお姉様にこんなクズ、不釣り合いに決まってるでしょ」
私はどうしたらいいか分からず、立ちすくんでしまう。レイラは婚外子で父親が無理矢理、連れてきてからというもの罪のない妹を見捨てられなくてアレやこれやと世話を焼いてきたがいったいどこでこんな事を覚えてきたのか分からなかった。
「いい!お姉様はとても優しくて美しくて女神なの、婚外子の私に辛く当たったってよかったのに私に罪はないからって良くしてくれたのはお姉様だけなの」
レイラは大粒の涙を流すが手は止まらない。
あまりの気迫に誰も手を出せずにいた。
「なのに、みんなお姉様を悪く言うんだから〜」
私は初めてレイラが目の前で泣いた日を思い出す。頭が良いからか周りの雰囲気を察して自分を押し込めてしまっていたレイラが私の婚約を聞いて泣いて引き留めたあの日のことを。
今、思えばあの時から我慢をさせてしまっていたのだろう。貴族として果たさなくてはいけないと思い込んでいた。けれどそれは大切な家族を切り捨てまで選び取るものではなかったことに気がつく。
「ごめんなさい、レイラ。私はもう大丈夫よ、彼の言う通り婚約破棄するわ」
私はレイラに駆け寄り、傷付き血のついた手をハンカチで手当てする。
「けど、大切な婚約だって」
「いいえ、私が思い込んでいただけ。借金を返済する代わりに爵位を貰おうと思っていたの。お金で買った今の爵位ではあなたに幸せをあげられないと思っていたから」
「そんなの必要ない!私もお姉様が幸せでないと嫌なんだから」
レイラは元婚約者を蹴飛ばし、私の胸へと飛び込むのを受け止めた。私はずっと罪悪感から婚約を維持し続けていた、商人として優秀だが気の多い父はたくさんの愛人と婚外子をつくっていた。私にできるのは金銭的な支援だけだった。しかし、父が突然レイラを家に連れてきてから全てが変わった。美しい容姿をした妹は何かしらの思惑があって連れてこられたことだけは理解したからこそどんな理由であったとしても父の計画を達成させてはいけないと思った。
世間的に婚外子へのあたりは良くないことを知っていたしその上、一代で財を築いた事によって周りに敵視されていた。レイラが結婚適齢期になれば父にとって都合の良い相手に嫁がされるのは目に見えていた、だから少しでも良い条件の男性と結婚して欲しくて歴史のある名家の男性との婚約をした。
それがレイラを苦しめるだなんて考えもしていなかった。
「そうね、私もレイラが幸せじゃないと悲しいわ」
私はレイラの背中に回した腕を少しだけ力を入れる。こんな事で伝わるとは思っていないけどこれが今、私の出来る目一杯の愛情表現だ。
「お姉様、逃げないと!つい、伯爵様を殴っちゃたから」
胸から顔を上げると私を横抱きにして立ち上がる、思わず急に上がった目線に驚いてレイラの首に抱きつく。
「きちんと掴まっててね、お姉様」
レイラは立ちすくむ貴族たちの隙間を縫って駆け抜ける、扉を守る兵士たちを飛び越し屋敷の階段を駆け降りる。
私は心地よい風に思わず笑ってしまう。
「やっぱり私はお姉様が笑ってる方が好き。結婚しないでなんて我儘は言わないけど幸せになってくれなきゃ許さないんだから」
「ええ、私もレイラが幸せでないと許さないわ」
誰もが私たちの事を好き勝手言うだろうがそんなものどうでもよかった。私はどうして父のいる家に縛られていたのだろう、この罪悪感も私が背負うものではなく父が背負わなくていけないものだと言う事にようやく気がついた。
「ねぇ、レイラ。旅をしましょ、私たちのことを誰も知らないところまで」
「もちろん、私はずっとお姉様と二人で旅をしたくて鍛えてたんだから」
「随分と騎士団に入り浸ってると思ったらそんな事を考えてたの」
「やっぱり私の行き先にお姉様がいないなんて寂しいから」
きっとレイラはずっと考えていたのだろう、家を出る事を。
けれど私の存在がそれを留めてしまっていた。前の私であれば罪悪感を感じていただろうが今は違う、ただ喜びを感じていた。
「ありがとう、待っていてくれて」
「どういたしまして」
快活に笑う、レイラは美しかった。
「さ、早く出ないと。伯爵家に置いてきたお父様が怒って閉じ込められる前に」
私はきっと許されない事をした、けれど私はこの選択を後悔しない。レイラと二人なら大丈夫だと知っているから。
この後の展開は屋敷に父親より爆速帰宅するとレイラが使用人をすでに懐柔したおり手際よく解散となり、二人は馬に乗って旅に出ます