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2 七歳児と大人が婚約とか正気でしょうか?

前世、女王であった記憶を取り戻した翌日。

幸いなことにリンゴが当たった額も腫れることはなかった。

ルーチェは比較的落ち着いた気持ちで過ごしていた。


昨日、リンゴが額に当たった瞬間に前世の情報が蘇った。

それは空から前世のルーチェを眺めるようなものだった。

悪徳女王の一生を他人の視点で見るような。


客観的に見たから、落ち着いていられるのかもしれない。

前世の気質だとか気持ちにひっぱられていない気がする。

ただ、何かの物語を読んだ後のような気持ち。


今日はバーナードの家庭教師の日ではない。

さすがに本人を目の前にするとまた動揺するかもしれないからちょうどいい。


家庭教師と生徒として適切な距離を置いて、そしていつか縁が切れて、二人それぞれの人生を送る。

今すぐに関係を断ち切るのは無理だけど、せっかく新たなる生を授けられたのだ。

彼には幸せになってほしい。


ルーチェが物思いに沈んでいても家族が揃った夕食の席で誰も気に掛けることはなかった。

もの静かなルーチェとおしゃべりなエリオット、それはいつもの家族の風景だからだ。

もう少し静かにできないのかといつも思っていたけど、今日はエリオットの賑やかさにどこか救われた気持ちになる。


ルーチェは好物のコーンスープを飲んだ。

コーンの甘みと温かさが口の中に広がった。

大丈夫。今世は彼にすがらなくても、ルーチェには温かい家族がいる。


「おめでとー、ルーチェ! バーナード先生と婚約したらしいな!」

突然のお兄様の爆弾発言に、飲んでいたスープを吹き出しそうになった。

なんとかスープを飲み込んで両親の方を見る。


「ああ、そうだった。まだ正式なものではないんだがな……」


「ありがたいお話ね、ルーチェ」

お父様は頭をかいてそう言って、お母様はおっとりとほほ笑んだ。


「どうして、そんな話が?」


「まぁ、どこまで本気なのかはわからないんだが。昨日の帰りがけに、自分の不注意でルーチェの額に傷がついたかもしれないから責任を取りたいと言われたんだよ。彼は真面目で責任感が強いからなぁ……」


「そもそも、昨日のリンゴの件はお兄様が悪いんじゃないですか! バーナード先生に非はないです!」


「そうなんだよなぁ……」


「いいじゃん、ルーチェ、バーナード先生のこと大好きじゃん! 結婚できるならラッキーだろ?」

昨日泣いて謝っていたのに、ケロリとしているエリオットにほのかに殺意が湧く。


「でも、私はまだ七歳ですし……十七歳も年の差があるじゃないですか!」

そうだ。そもそも七歳児相手に婚約とか、口約束だとしてもバーナードもどうかしている。


「貴族では珍しくもない話だろう?」


「えー、なんで喜ばないの? ルーチェもバーナード先生のことを好きなんだろう?」


「好きだけど……それは憧れのような気持で、私は子供で、バーナード先生は将来宰相だって言われているほどの人なんだから釣り合うわけないでしょう? こんな子供と婚約だなんて……」


「ルーチェは、考え方が大人ね~。偉いわ~」


「大丈夫だ、ルーチェ」


「なにが大丈夫なんですか?」

エリオット同様、軽く言うお父様をギロリと睨む。


「……その先は僕が説明しましょう」

「なんで、バーナード先生がいるの?」

ただでさえ急な話の展開についていけていないのに、今日は来訪の予定のないバーナードが現れて、ルーチェは固まった。


あれよあれよという間に、ルーチェの部屋に軽食とお茶が用意されて二人きりにされた。

さすがに部屋のドアは開きっぱなしだけど、両親はもとより侍女すら立ち会っていない。

バーナードの信頼感、半端ない。


夕食ではスープも満足に飲めなかったのに、おいしそうに並ぶ軽食にも食欲が湧かない。


「大事な話だから、僕から話したかったんです。ごめんね、食事中に」

ルーチェはため息をつくと頷いた。

ティーテーブルの対面に座っていたバーナードはテーブルを回りこんで、ルーチェの前で跪いて手をとった。

なんだこの絵面は?

先生は絵本に出てくる騎士みたいにかっこいいけど、その相手はちんちくりんの七歳児だ。


「ルーチェ、大人になったら僕と結婚してください」


「は?」

ルーチェは驚きのあまりひっくり返りそうになった。

手をとられたまま固まっていると、バーナードはじっと見つめてくる。

光の加減で色が変わって見えるその瞳に思わず見入る。


「なんで?」


「好きだから。愛してるって言ったら重いかな?」

まだ、自分の責任下で顔に傷がついたからという理由の方がマシだった。

同じ目線にあるバーナードの瞳は真剣だった。

昨日のような、獲物を射るような目をしている。


ルーチェは浅い呼吸を繰り返した。

前世では女王であった私の方が彼に夢中だった。

そっけない彼に迫って迫って、渋々つきあってもらったのだ。

好きだとか、愛してるなんて言葉をもらったことはない。

やっぱり、彼とは別人なのかもしれない。

ほっとする半面、さみしい気持ちにもなる。

きっとよく似ている別人だ。私は前世を思い出して混乱しているだけだ。


「信じられない……。だって、私は七歳の子供ですよ」


「たかだか十七歳くらいの年の差がなんだっていうんですか? 同じ時代に同じ場所で生きている。僕とあなたとの間に身分差もない。僕にはあなたを養う力がある。なにか問題でもありますか?」


……問題しかない!!!

ルーチェは心の中で叫んだ。


でも、綺麗な琥珀色の瞳に見つめられると、つい頷いてしまいそうになる。

今抱いている初恋と前世の恋心に気持ちがもっていかれそうになる。

その気持ちに抗うように、子供みたいに掴まれてない方の手でぎゅっとドレスのスカートを掴んだ。


落ち着いて。

ちゃんと思い出して。


私は傲慢で我儘な悪徳女王だった。

バーナードは護衛騎士で無理やり恋人にさせられただけ。

彼を今世は縛らない。

彼には幸せになってもらわなくちゃいけない。


バーナードの七歳児相手に言っていると思えない遠回しに前世を思い出させるような言葉に胸の奥がうずく。

バーナードが前世の恋人だとしても、もしその記憶があるのだとしても。

ルーチェの答えはノーだ。

私と一緒にいたら幸せになれない、きっと。

今世では彼を振り回さないって決めたんだから。


「ルーチェも前世の記憶を思い出したのでしょう? リンゴが額に当たった時に。ね、エレノーラ?」


「ひっっ!!」

ふいに前世の名前で呼ばれて、喉の奥からか細い悲鳴があがる。

バーナードの琥珀の瞳が細められたのを見て、蜘蛛に捕食されそうな蝶の気分になった。


「ゼンセってナンデスカ? ……私、私、私はお父様と結婚するので、先生とは結婚できません!!」

追い詰められて、やけくそになって叫ぶと、バーナードの手をふりきって部屋を飛び出した。

でも、心臓の鼓動はいつまでたっても収まらなかった。

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