【番外編】妖精女王の末裔や賢者様のエンドロール sideジン(国王陛下の側近)
蛇足のような番外編。一話完結。
国王陛下の側近のジン視点。時間軸は本編と同じです。
側近から見た妖精女王の末裔である王妃とその夫の国王と賢者様の話。
バーナード×ルーチェの出番はちょこっとだけ。
BL表現(ジン×賢者様)がありますので、苦手な方はご注意ください。
妖精の血を引く女王様が治めていた豊かな国。
妖精の加護のお陰で、平穏な生活が約束されていた陰で妖精女王と古の魔法を使う賢者様は虐げられていた。
そして、妖精女王の末裔である王妃様とその夫は今でも幸せに暮らしている。おまけに、賢者様も。
さらには、王妃様の母の生まれ変わりの娘とその夫も。
今日も今日とて、平和を享受している。
これまでの不遇の分も、幸せになるように、と。
◇◇
「えーと、この会議に王妃様の出席は必要でしたか? あの王女が暴れて王妃様に万が一、億が一にも何かあったら、ジェレミーが発狂して大変なことになったんですけど」
「ごめんなさい、ジン」と言って一応反省した様子を見せる王妃様を前にして、ジンはため息をついた。
俺の名前はジン。
“陛下付き特別室室長”なんて立派な肩書を持っているが、要するに国王陛下であるジェレミーの側近の一人だ。
ちなみに、上司も部下も執務室も持たない。
どこの部署にも所属しないが、国王陛下の信頼を一心に受け、国王陛下に次ぐ権限を持つ。
一番大事な仕事は、ジェレミーが国より自分より大事にしている王妃様が安心して過ごせること。
その身と心を守ることだ。
王妃様はジェレミーにも母親である女王様にも愛されていないと思っていた王太子時代は、自己肯定感も低く、周りの心無い言葉を鵜吞みにして萎れていた。
でも誤解がとけて、ジェレミーと結婚して王妃となり、周りからも正当な評価を受けるようになって自分に自信がついたようだ。
三人子を生んだ後も、儚げで美しい容姿を保っているし、ジェレミーと愛情深い絆で結ばれているのも大変よろしい。
だが、最近ちょっとイタズラが過ぎる。
これまでの雁字搦めに縛られた人生を真面目に生きてきたんだから、少しくらい周りに迷惑をかけて人生を楽しんでも罰は当たらないだろう。
それはそれとして、こっちはその分仕事が増えるんだ。
少しくらい釘を刺したっていいだろう?
この表向きは隣国との輸出入品の関税に関する条項への調印ってなってる場に、王妃様はぶっちゃけ出席の必要はなかった。
それに、俺が見ている限りでも隣国のアバズレ……王女殿下は激高するとなにをするかわからない気質だった。
「えー、だって特等席で見たいじゃない?」
ジェレミーやジンの前では、くるくる表情を変える王妃様はぷくっと頬を膨らませる。
その隣では、ジェレミーが「フェリシアはどんな表情をしても可愛いな」みたいな顔で王妃様を見ている。
「親のラブロマンスなんて見たいもんですかねぇ?」
さすが前世で王妃様の父親だったというバーナード・ペンフォード宰相補佐と母親だったという執務室の文官であるルーチェ・ワトソンが繰り広げた珍事を思い出してげんなりする。
十五年前くらいに妖精女王に関する資料を探し求めて王宮をウロウロするバーナードをジェレミーが捕獲して以来、二人を見守ってきたからうまい事まとまってくれてよかったとは思う。
バーナードがルーチェ嬢を手に入れられなかった時のことは恐ろしすぎて考えたくない。
でも、いくら前世の両親だからといって、生まれ変わった今はなんのかかわりもない他人だ。
百歩譲って、自分の両親がいちゃつくとこなんて、見たいもんかな?
「だって、ルーチェちゃんのデビュタントの時から見守ってるのよ! なんだかもう我が子みたいじゃない?」
「そんなもんですか?」
えーと、母親だった人の生まれ変わりを我が子のように見守るってのが俺には理解不能だけど。
確かにルーチェ嬢はどこか人の庇護欲をそそるところがある。
「ふふっ。王族専用の庭園に迷い込んできた時の顔ときたら。リンゴを齧って目を真ん丸にしてぽかーんとしちゃって。髪と瞳とリンゴの色がシンクロしちゃって可愛かったのよー」
その時のことを思い出したのか、王妃様は小さく微笑んでいる。
本当に親戚の子供みたいに思い入れがあるようだ。
「それにお父様に至っては、存在すら知りませんでしたし……。ちょっとどんな方が知りたかったのもあります……」
自分が生まれた時に無実の罪で処刑された父親について、少し項垂れながら語られると、俺もそれ以上、王妃様を責める言葉が出てこなくなる。
「年齢差があるから心配してたけど、なんだかお似合いみたいね」
目の前で繰り広げられた恋愛劇を思い出したのか、うっとりした表情で王妃様が言う。
「そうだな……。ペンフォードが重たすぎてどうなるかと思ったけど、ようやく気持ちがつりあってきたようだな……」
「親子して重たいものをひきよせちゃうのかしらね? 妖精の血のせいかしら?」
「諦めてくれ」
「大歓迎よ」
バーナードがルーチェ嬢を囲いこむのに画策してきた全てを知らない王妃様は、両親の生まれ変わりである二人の関係性も是と受け入れている。
ジェレミーも穏やかな顔で相槌をうつ。
正直なところ、父親については知らない方がよかったんじゃないか?とジェレミーと共にバーナードを見守ってきた俺は思う。
まぁ、愛する人と娘を残してむざむざ殺されたら、あれだけ思考が狂うのも致し方ないのか?
「ジン、手間はかけさせたけど、俺も隣にいたし、フェリシアに加護もかかっている。多少のことは目をつぶってくれないか?」
「はー。御意御意。じゃ、最近、王都で流行っている食べられる花が乗ったチーズケーキで手をうちますよ。あ、一番高いやつにしてください。上の面に全面的に花が乗ってるやつ」
「は? お前いつの間にそんなこじゃれた物が好きになったんだ?」
「サンが……賢者様が食べたいって言ってたから」
「ああ、今回も賢者の手を煩わせたからな。わかった、他に流行のスイーツも合わせて手配しておくよ」
ジェレミーは王妃様のふわふわの銀色の髪をなでながら頷いた。
今回の隣国の依頼をきちんと遂行した証拠に、賢者様の魔法の力で今日の会議の様子を隣国の王様の謁見の間に映し出した。リアルタイムで。
これで仮に隣国の大使達が今回の件をもみ消そうと思っても、もみ消せない。
もちろん、賢者様に負荷がかからないことを確認した上での依頼だ。
「あの王女ったら、雰囲気だけはお母様にそっくりだったわね」
「いや、全然違う」
「そう?」
「中身は必ず外見に現れる。あんな慈悲のない女と女王陛下は似ても似つかない」
「あらー、お母様のことをよくわかってるのね」
こうして軽い嫉妬も言葉や表情で現すようになった王妃様にジェレミーは嬉しそうに言葉を返している。
「同志だからな。フェリシアを見守る。他意はない。フェリシアが唯一だ」
「ふふふ。嬉しい」
結局のところ、どんな話題でも状況でも二人でいちゃいちゃする養分にする二人に何度目かわからないため息をついた。
◇◇
「サン!」
賢者様を見つけた俺は左手に持ったケーキの箱と右手に持った食器やティーポットの入った籠を揺らさないように神経を配りながらも、足早に駆け寄っていく。
「ジン、いい匂いがする……」
今日の賢者様は花畑の中で昼寝していたようだ。
色とりどりの花畑の中で、身を起こした賢者様は体を彩る異様な色彩が無かったら、まるで物語の眠り姫のように高貴で美しい。
小柄で華奢で、王族のように整った顔に、白くて透き通った肌。
ただその美しい半身は、真っ黒に染まっていた。
白髪に銀色のような色彩の薄い不思議な瞳の色。
俺からしたら、その異様ともいえる色彩も愛おしくてたまらないけど、人々に受け入れられることはないだろう。
まだまどろみの中にいるようなぼんやりとした表情をしているけど、俺の姿を見てふにゃりと間の抜けた笑顔を見せた。
名前を呼ばれて、その笑顔を見せられると、なぜか胸の奥がぎゅっとなる。
賢者様はゆっくりと体を起こして花畑の外に出ると、自分が寝ていたせいで潰れてしまった花々を魔法で元の姿に蘇らせていた。
それを横目で見ながらせっせと近くの東屋に、ご所望のケーキと賢者様の好きな紅茶を用意する。
「わー、これが食べられる花のチーズケーキ? 綺麗だね。本当に食べられるの? ねぇ、ジン食べていい?」
目が覚めたのか駆け寄ってくると、子供みたいに目を輝かせる。
賢者様は、ジェレミーと俺以外からは姿が見えないように自身に魔法をかけている。
きっと王宮内をさ迷っている時に、侍女か貴族令嬢達がこのスイーツについて話しているのを聞いたのだろう。
数量限定で入手困難だという流行のケーキは職人が丁寧に手掛けた芸術品のようだった。
レアチーズケーキの上に、まるで花束の上部分を切り取ったかのように花々が配置されて透明なゼリーで覆われていた。
どの角度から見ても、惚れ惚れするくらい美しい。
「普段以上に胃の痛くなる任務へのジェレミーからの特別報酬だ。心して食べろよ」
「ありがとう! ありがとう! ジン。いただきます!」
無邪気に満面の笑みを浮かべて、一人前分に切り分けたケーキにフォークを入れている。
まるで魔法のようにどんどん口の中に消えていくケーキと口をもぐもぐさせて無心にケーキを食べる賢者様を見守る。
「ジンも食べてる? 味もすっごくおいしい。花の種類によって味が違うし、甘いよ! チーズケーキの部分は甘さ控えめで上の花とかゼリーの所と一緒に食べるとすっごくおいしい」
ケーキに手をつけずに、賢者様の食べる様子を見ていると、それに気づいてケーキを勧められる。
自分用に小さく切り取ったケーキにジンもフォークを入れた。
口に入れると、甘さとチーズの濃厚さが溶けあって、おいしい。
ジンが普段食べている庶民用の素朴なお菓子と違って上品な味がする。
「本当だ。おいしいな」
俺もケーキに手をつけたことに安心した賢者様は無心でケーキを食べ続けた。
皿が空になる度に、切り分けたケーキをサーブする。
なぁ、サン、お前、今幸せか?
人が当たり前に受ける愛情も生活もなにもかも取り上げられて孤独の中にいた彼に、心の中で問いかける。
賢者様は古の魔法使いの血筋で、妖精の末裔である女王と同じく膨大な魔力とそれを操る魔法を知っていた。
でも、女王と同じく時の権力者の支配下にあった。
代々の賢者の右半身には、呪詛のような禍々しい文様が刻まれていた。
国や権力者に従うように。
その力を自由に使えないように。
先祖の作った呪いのような女王の指輪。
それを作ったのが自分の祖先だということに罪悪感を感じながら。
そしてそれを壊す力を持ちながら、その力を使うことを封じられている自分の無力さを感じながら。
人里離れた森の奥深くの塔で一人ひっそりと暮らしていた。
そして、女王が処刑され、ジェレミーが革命を起こしたどさくさに紛れて、王宮に様子を見に来た。
ジェレミーに見つかって、保護されることを望んだ。
ジェレミーはこの国の犠牲者である妖精の血筋や賢者を利用することはない。
ただ、人の役に立ちたいという賢者様に無理のない範囲で魔法を使ってもらっている。
今日の会議の時みたいに。
あの時、ジェレミーか俺が気づいて止められていたら、と後悔する日がある。
でも、賢者様にとってそれは命に代えてでも成し遂げたい悲願だったのだろうから、止めることなどできなかったのかもしれない。
王妃様の母親である女王様が妖精女王を縛る指輪を壊した。
そして、賢者様は自身の身を犠牲にしてその指輪を跡形もなく燃やした。
先祖の作った妖精女王を縛る指輪がこの世から消えるのを拒むように、賢者様の右半身に刻まれた呪詛が黒い煙を上げて燃えた。
その壮絶な痛みに賢者様は苦悶の表情を浮かべ、涙とか鼻水とか体中の水分を出しながらも術をかける手を止めなかった。
賢者様は一命を取り留めたけど、指輪が燃え切った後、賢者様の右半身は真っ黒に染まっていた。
ボロボロになりながらも、この世から忌まわしい指輪が消えたことに満足そうに笑った顔を忘れることはない。
賢者様は人が当たり前に持つものを持たなかった。
賢者様にこれまでの贖罪も兼ねてジェレミーが賠償はなにがいいかと聞くと、王宮でひっそり暮らすこととジェレミーや俺と時々話すことを求めた。
初めの頃は距離があったけど、元々、誰が相手でも遠慮のない俺に賢者様は子供のように無邪気に懐いた。
その名を訪ねると、「わからない」という。
「サンって呼ばれてた気がする」しばらく考えて得られた回答はこれだ。
元々、賢者には名が無いらしい。
おそらく、サンの父親にも名前はない。
他の者からは「賢者」か「賢者様」と呼ばれていたようだ。
五歳の時に亡くなったという父親に「サン」と呼ばれていたらしい。
数字のサンなのか他の意味があるのかはわからない。
新しい名をつけるかと聞くと、「ジンとお揃いみたいだから、サンがいい」というのでサンと呼んでいる。
「ジンはいつかケッコンするの? コイビトとかコンヤクシャはいるの?」
俺が食べた一切れ以外の全てのケーキを食べきって満足げなサンは、紅茶に口をつけてから尋ねてきた。
「俺は恋人も婚約者も妻もいらない。俺が一生共にいたいのはサンだ。サンの家族になりたい」
俺は王宮でジェレミーや王妃様を守れるように、騎士団長の養子に入って伯爵子息という身分になっている。
でも、騎士団長の家は没落寸前で妻と弟も失って、爵位を返上しようとしていた。
騎士団長の弟は元女王の恋人である護衛騎士だ。
要するに前世のバーナードの兄貴だ。
公にできないけど、王妃様は姪にあたる。
王妃様に恩もあるので、王妃様を守れるように養子にしてくれた。
俺に後ろ盾を与えてくれたその恩に報いるように、商会を立ち上げて伯爵領は昔ほどではないけど勢いを盛り返している。
領地運営と社交は騎士団長や彼の信頼する部下に任せている。
だから、俺は跡継ぎを作る必要もないし、死後は爵位を返上する予定だ。
貴族に必須の婚姻も子も必要ない。
「え? いいの? ジンが僕の家族……」
サンに満面の笑顔でうれしいって言ってもらえるかと期待していた俺は、不安げな弱々しい声に戸惑った。
「本当に? ほんとうに? ずっと傍にいてくれる?」
縋るようなサンに、力強く頷く。
「ずっとだ。幸せになってほしいのはジェレミーとフェリシアだし、これからも見守っていくけど、隣にいたいのはサンだ」
「……ジン、ありがとう。僕、もう欲しいものはなにもないよ」
ついには泣き出してしまったサンに胸がえぐられるような気持ちになる。
「だから、もっと欲張ってくれよ。まだまだ、サンの知らない美しいものもおいしいものもこの世にはたくさんあるんだ。全部見て、全部食べつくそう、二人で」
サンの頭を撫でながら、ハンカチで涙を拭ってやる。
サンはずっと頭を縦に振り続けていた。
◇◇
「主役より目立つのやめてもらえますか?」
バーナードからジト目で睨みつけられて、肩をすくめる。
そりゃ、人生に一度の晴れの日にケチつけられたら、そう言いたくなる気持ちはわかる。
わかるが、俺にだって主君の暴走は止められないんだ。
「まぁ、ルーチェはあまり注目をあびるのは好きではないし、僕としても最高に綺麗なルーチェをジロジロ見られるよりはいいんですけどね……」
今日は結婚式の白の正装姿ということもあって、まるで王族のような出で立ちのバーナードがあきれたように言う。
今日はバーナードとルーチェ嬢の結婚式だ。
教会での式の後のお披露目のパーティーで、今は自由に歓談する時間だ。
ルーチェ嬢も王立学園時代の友達にお祝いの言葉をかけられ、弾けるような笑顔で対応している。
その隙にバーナードが俺に文句を言いに来たってわけだ。
さすがに教会ではサンに頼んで姿を隠していたジェレミーと王妃様は、披露宴では髪と瞳の色合いを地味な茶色に変えて地味な姿で参加している。
片隅でにこにことバーナードとルーチェ嬢を見守り、時折いちゃいちゃしている二人の存在感は大きくて、客人は誰もそのことに触れないが、気になるのかチラチラと視線がそちらにいっている。
そりゃ、文句の一つも言いたくもなるわな……。
「あきらめろ。もう、あの二人は手加減しないらしい」
「は?」
「王妃様の両親の生まれ変わりを自分達の子と同じ位の勢いで庇護に入れて、絡むことにしたらしいぞ」
「は?」
「ホラ、主役だろ? ルーチェ嬢が呼んでいるし、ちゃんとエスコートしろよ」
驚きすぎて表情が抜けてしまったバーナードの肩を叩く。
見たことのないバーナードの表情に笑いが止まらなくなる。
せっかくバーナードの執着がなんとか収まる所に収まったのに、二人の日常はまだまだ落ち着くことはないようだ。
澄ました顔でジェレミーと王妃様の警護に戻る。
「お前自身の幸せはいいのか?」
ふいにジェレミーから問われる。
「あー、俺はもう十分幸せっていうか……」
周りからは見えないが、ジェレミーと王妃様のテーブルの隅で披露パーティーのごちそうをうれしそうに頬張っているサンを見る。
柔らかい表情で笑うようになった彼にふわりと心が満ちる。
「今で十分だ」
本当の所、ジンがサンに抱いている思いは家族愛というよりは恋人に向けるようなものだ。
でも、サンが気づいて望まない限りは、ジンは自分の欲は包み隠すと決めている。
もう、これ以上彼になにも強いたくない。
時の権力者に振り回された妖精の血筋の女性と彼女達に重い愛を捧げるカップルが二組。
国の犠牲になった、今は子供のように無邪気な賢者様。
だって、ここには彼がかつて望んだ以上の幸せがある。
それで十分だ。
思いのほか長くなり広がってしまったお話を番外編までお読みいただき、ありがとうございます!