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【中編】そうです、私が元女王です  作者: 紺青


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12/16

12 もう譲らないと決めました

バーナードが幸せなら、そう思って気持ちを切り替え王女殿下をもてなしていたルーチェに疑問が生まれたのは王女殿下の滞在が延びに延びたせいかもしれない。


本来は一週間にも満たない日程のはずが、もう二週間は滞在している。

執務室や外交部のメンバーや城で働く者の疲労も溜まってきていた。


朝に弱い王女殿下はすでに朝食の時間を過ぎているのに、のんびりとドレスを選んでいる。


「うーん、彼って大人っぽいほうが好きそうだから、そっちの赤いドレスにしてちょうだい。ちょっとドレスの裾すってるわよ! 気を付けて!」

侍女達が掲げるドレスのうちの一つを物憂げに指さす。

基本的に侍女や騎士に尊大な態度を取るが、朝は特に機嫌が悪い。


「あなた、彼のことが好きなのね。ごめんなさい。でも、彼はうちの国に連れて行くわ」

隣国の流行なのだろうか、夜着の代わりの絹のシュミーズ姿で髪をかき上げながらルーチェを挑発するように微笑む。

そんなことを言いながら、自分が座るソファの傍らにいる騎士にしなだれかかって濃厚なキスをする。


王女殿下が滞在する客室に、いつでも見目麗しい自国から連れてきた騎士や侍従をはべらせているのにルーチェも侍女達もこのニ週間で慣れてしまった。


「なかなか落ちないし、プレゼントの一つもくれやしない。接待役ってなんか規制でもあるの? でも、時間の問題かしらね? うちの国に連れて行ってゆっくり落とすわ。ふふ。私の寵愛を受けて落ちない男なんていないしね」


ドレスの着付けをしてもらっている間もおしゃべりが止まらない。

侍らせている騎士が跪いて、ドレスに合う赤のヒールを履かせている。

バーナードも王女殿下がアクセサリーのように侍らす男達の一人にするのかしら?


元々の素行はわからないが、王女殿下が隣国から連れてきた周りの者達も慣れているようなのでこれが彼女の日常なのだろう。

日中の人目につくところでは世話役のバーナードだけを付き従えているが、夜に自分にあてがわれた客室に戻ると自分のお気に入りの騎士や侍従を呼び、寝室にこもる。


ニ週間、付き従ってみて思った。

この王女殿下、クズじゃない?


それからルーチェは、お似合いの二人であるという自分の思い込みを外して二人を見てみた。


よく見るとバーナードも疲労している。

体は丈夫で、睡眠が少なくても平気な質だ。

でも精神的に追い込まれると目じりに皺がでてくる。

珍しく執務室の彼の机がわずかに乱れている。

それらは他人から見たら気づくか気づかないかのささいな事。


王女殿下のエスコートはしているし、誉め言葉も送っている。

でも、かつてルーチェにささやいていたような愛の言葉や甘い態度はそこにはない。

唇は弧を描いているけど、目の奥が笑っていない。


それに時折、親指と人差し指をこすり合わせている。

『相手をぶっとばしたいとき、ついやってしまうんですよね』

前世のアボットが言っていたクセ。


バーナードの本位じゃないってこと?

国王であるジェレミーも隣国の王女がわがままにふるまうのを許すタイプではないはずだ。

現在のバーナードの上司である宰相閣下も清廉潔白な人で部下を売るようなまねはしない。

我が国は隣国か王女に弱味でも握られているのかしら?


「ベイジル様、まだウェイン・シャン様と交流がありますか?」

「ああ、シャンならこの国の籍を取って、王宮の研究室に勤務してるぞ」

執務の休憩中に、同僚のダナン侯爵家のベイジルに話しかける。


愚かな王女殿下の言う通りにバーナードが隣国へ連れて行かれるなんて事にはならないと思っている。

でも、国王陛下も宰相もバーナードも王女殿下の振る舞いを咎めることなく全て聞き入れている。

そんな状態にルーチェはもやもやとした不安が払えずにいた。


今代の国王陛下に代わってから外交に力を入れ始めた。

それまでは妖精女王のおかげで豊かな国であったこともあり、国外に目を向けることはなかった。

だから、あまり書籍や資料が充実していない。

隣国に関しても詳しい情報は書籍などから得られなかった。

ルーチェも隣国の言語については読み書きできるし、話せるが主要な都市や産業以外に知識はない。

特に最近の王族の事情だとか盛んな産業とか。

ルーチェの学年には三人ほど隣国からの留学生がいたが、残念ながら男子生徒であったこともあり、ルーチェ自身は全く交流がない。

ベイジルが隣国の黒髪の留学生とよく一緒にいたことを思い出して、聞いてみたのだ。


「可能なら会って隣国の事情を聞きたいです。あと最近国交を結んだカナン国や他の近隣諸国についても知りたいのだけど……」

「できるよ。カナン国については別件でペインフォード宰相補佐と業務で動いているから話していい範囲で教えるよ。近隣諸国については政策室か外交部であたってみよう。ペインフォード宰相補佐には借りもあるし」

「借り?」

ベイジルとバーナードが特に親しい間柄には見えなかったが、なにか過去に縁があったのだろうか?


「ああ、婚約者を紹介してくれたの、ペインフォード宰相補佐なんだ。本当に感謝してる。まぁ、たぶん別の思惑があったんだろうけどな……」

ベイジルと婚約者はとても仲がいいようで、王都でデートするのにおすすめの場所を聞かれたりする。

ほとんどバーナードに連れて行ってもらった場所だが色々と紹介していた。


「そうだったの。ペインフォード宰相補佐は顔が広いからね。本当に面倒見がいいのね」


「……そういうことにしておこう。でも借りは借りだから。ペインフォード宰相補佐のために動くんだろう? 協力するよ」


それからルーチェは昼間は王女殿下に付き添い、勤務時間外や休日は時間が許す限り、人に会って話を聞き、それを書類にまとめあげていった。


王宮の一文官のルーチェが動いたところで、なにかの糧になるとは思えない。

それでも自分の中に湧いてくる不安に突き動かされるようにルーチェは動いた。


◇◇


のらりくらりと帰国を伸ばしていた王女殿下だが、ようやく会議の席についた。

目的が果たせる時が来たことに、隣国の大使達も安堵の表情が見える。


隣国の大使が読み上げる条項には、王女殿下はまったく興味を示さず、自分の爪を見たり髪を梳いていた。

あまりな態度にルーチェは内心イライラしたけど、ぐっと堪えた。

何事もなく終わるならその方がいい。


特に反対意見が出ることなく、隣国の大使とバーナードの数回のやりとりで決着する。

王女殿下は国の代表という立場で来たが、お飾りだったようだ。


取り越し苦労だったかしら……?

一人緊張していたルーチェは、安堵の息を漏らした。


これでバーナードも王女殿下から解放される。

ルーチェの元に戻ってこないことはわかっている。

一度言ったことをたがえる人ではない。


でも、ここから新たな気持ちで幸せになってほしい。

ルーチェも部署移動願いを出せば、今なら叶うかもしれない。


これでやっとお互いしがらみなく新たなスタートを切れるとルーチェは思った。


午前中に合意をした内容を元に、午後から陛下と王妃立ち合いの元、調印するだけの場が設けられた。


「その条件は飲めません。判は押せないわ」

午前中の会議で概ね了承を取り、あとは調印するだけだというのに、突然王女殿下がひっくり返すようなことを言い出した。

さすがに会議場もざわざわと騒がしくなる。


「先ほど、この内容で合意したはずでは?」

王女殿下の隣に座るバーナードが静かに問う。


「判を押してほしかったら、バーナード、私の靴を舐めなさい」

一瞬で会議場がシンとなる。

国王陛下や王妃殿下がいる場でなんてことを言うのだ。

さすがのルーチェも予想もつかない発言に驚く。

国王陛下も宰相も一言も言葉を発しない。

戸惑いを含む空気の中で、しばらく沈黙が続いた。


これ見よがしに王女殿下が足を組み、ドレスのスリットから白くて艶めかしい太ももが覗く。

よく磨かれた赤いピンヒールの爪先を強調するように振った。

椅子の軋む小さな音がして、バーナードが立ち上がる。


「舐めません!!!」

反射的にルーチェは叫んだ。

机をまわりこんで、王女殿下の方へと歩きはじめていたバーナードが歩みを止める。

切れ長の目が驚きで開かれていて、そんな表情は初めて見たな、なんて関係のない感想が浮かんだ。


「ペンフォードはそんなこと、いたしません!!」

コツコツとヒールの音を響かせて王女は足早にルーチェのところまでやってくる。


「なんで、バーナードじゃなくて、一介の下っ端文官が返事をしているのかしら? この場は全てのことが記録されているのよ。場合によっては取り返しのつかないことになるわよ?」

ルーチェの前のテーブルに手をおいて、豊満な胸を突き出すようにしてルーチェに迫る。


「では、こちらからも質問させてください。なぜ、殿下はそのような命令をできるのでしょうか? 今回の条項には関係のないお話ですよね?」

ルーチェは席を立ち、王女殿下に向き合う。


「だって、この取引が成立しなかったら、この国は困るんでしょう? 宰相補佐とはいえ、伯爵家の令息一人で片がつくなら安いもんでしょ?」

王女は国王陛下に向かって流し目を送って微笑んだ。


「困りません。と言ったら、どうします?」

ルーチェは目の前の女を睨みつけた。

権力だけ振りかざして、知識を得ようとも、自分の頭でなにも考えようとしない人を。

自分に仕える侍女や騎士達を自分の好きなように扱い、国や民のことをなにも考えない人を。

ただ自分の欲のために美しい男を人形のように侍らせている人を。

そして、そのコレクションにバーナードを加えようとしている人を。


「は?」

「今回話し合われた条項についてですが、そちらの国から輸入する鉄鉱石、こちらから輸出する農産物に関する税率についてです」

隣国は寒暖差が激しい厳しい気候のため、安定的に農作物を育成することができない。

積極的に外交していない時期でも、天災などが起こったときには多少の支援はしてきた。

気候には恵まれないが、隣国は鉱山が多数ありそこからエネルギー源になる鉄鉱石が取れる。

お互いにないものを補いあうように取り引きされる品物の税率についての話し合いの場だったのだ。


「だから、なに? エネルギー源と農産物どっちが貴重なのかなんて誰にだってわかるわ」


「そうですね、三年前であれば多少条件が悪くともそちらの言い分を聞かなければならなかったかもしれません。でも、わが国は革命以来、積極外交へと舵をきっています」


「だからなんだっていうのよ!」


「エネルギー源の原料を輸出できるのは王女殿下の国だけだとお思いですか? わが国はカナン国との外交が成立しています」


「は? あんなちっぽけで野蛮な国になにができるというの?」


「確かに小さな島国ですが、野蛮でも遅れている国でもありません。詳細は機密情報なので明かせませんが、カナン国で新たなエネルギー源となる鉱物が発掘されました。新たにカナン国と契約すれば済む話です」


確かに便利な道具のエネルギー源となる原料は大事だ。


この国の貴族も平民も使用する魔道具の動力源は、王宮にある魔法水晶だった。

ただし、そこに毎日のように魔力の高い者が魔力を注がなければいけない。

かつては妖精の末裔である王妃殿下が一人でそれを担っていた。


現在の国王陛下が革命を起こして、暫定的に魔術師達が交代で魔力を注いでいた。

年々、魔力を持つ者も減っているし、魔力を注ぐ行為は下手をすると命を削る。


国王陛下は外交政策を積極的にして、魔法水晶ではなく他国のように鉱物などをエネルギー源にする方針に切り替えた。

現在の主要なエネルギー源は隣国から輸入されている鉄鉱石だが、カナン国の海域で発掘された新たな鉱物をエネルギー源とする道具の共同開発が上手くいって、実用化されたところだ。


「なによ、脅そうって言うの? それでも高々、食べる物。こちらだってそれこそ国内自給率を上げるなり、他の国から輸入すれば済む話なのよ」


「たかが食べる物とおっしゃいますが、八割です。わが国から輸入している農産物の割合は。自給率は低くほとんど輸入に頼っています。しかも、わが国の農作物は安くておいしくて、見た目も良い。それが手に入らなくなっても困らない、と本当に言えますか? これから新たに他の国と契約するにしてもその目途はたっているのですか? 近隣諸国の特産品をご存じですか? 輸出できるほどの余力のある国が我が国以外にあると思いますか?」


淡々とルーチェは説明し、王女殿下に今説明した内容をまとめた書類を差し出す。

なぜ一文官が調べ上げられることを一国の王女が知らないのだろうか?


「え? え? そんなこと聞いていないわ」

畳みかけるルーチェに話を理解できないのか、戸惑い出す王女殿下。

隣国の大使達もなぜ、今回の話し合いの要の部分を彼女に話していないのだろうか?

なぜか隣国の大使達は助け舟を出すことなく、沈黙を貫いている。


「そのカナン国との国交を切り開き、新たな鉱物の活用方法を考えたのはあなたが靴を舐めろと指名したペンフォードです。ただの伯爵令息ではありません。この国になくてはならない優秀な人材です。それに、わが国の陛下は大事な民を犠牲にして国の利を得ようとはしません」

祈るような気持ちで国王陛下の方を見る。

いつもは無表情な顔には満足げな笑みが浮かんでいた。


「あのね、王族っていうのはそういうものじゃないのよ。ただの貴族令嬢にはわからないと思うけど……」


「一か月前、王女殿下の国の北の辺境で川の大氾濫がありましたね? 我が国は援助のため麦を安価で譲りました。そちらの国から感謝状も届いています。王族だというなら、国を代表してまずはそのお礼を言うべきではありませんか? なぜ、伯爵令息に靴を舐めろなどと我が国を侮辱するような真似を王族の方がするのですか?」

ルーチェが畳みかけるように言う言葉に王女殿下の顔色はどんどん悪くなっていくが、怒りの表情は顔から消えていない。


「あなたはバーナードの恋人でも婚約者でもないんでしょう? なにをそんなにむきになっているのよ」

正論では勝てないと思ったのか王女殿下は書類を机に叩きつけると、まだ啖呵をきる。

よほどバーナードを諦めたくないようだ。


「ペンフォードは恋人でも婚約者でもありません。ただ、幸せになってほしい人です。一方的な個人的な思いです。ペンフォードがあなたといて幸せで喜んで靴を舐めるというのであれば、止めません。でも、あなたといるときの彼は全然幸せそうじゃない。だから止めました」

負けたくない。

バーナードをまるで物のように扱う人になんて。

そんな気持ちをこめてルーチェも王女殿下に食らいついた。


もう、ルーチェは自分の気持ちを誤魔化すことはしないと決めたのだから。

バーナードとその幸せを守る、その気持ちは誰にも譲れない。

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