10 運命とどう向きあえばいいのでしょうか?
「ルーチェ、なんだこんなところで!」
王族以外立ち入り禁止エリアを足早に抜けて、政策室に戻ろうと王宮の廊下を歩いていると兄のエリオットに声をかけられた。
「お兄様!」
「仕事をし始めてから会う機会ないなぁ。元気だったか?」
前世の自分の娘とその婿に出会い、どこかふわふわと地に足つかない気持ちのところに、エリオットと出会ってほっとする。
今という時代に戻ってきたと思えた。
まだ昼休憩が終わるには時間があるので、二人で近くのベンチに腰掛けた。
この場所は先ほどの庭園と違って、王宮に勤める者なら自由に使用していい所だ。
ルーチェはガサゴソと紙袋からリンゴを一つ取り出して、差し出す。
「なんで紙袋からリンゴが出てくるんだよ? 相変わらずだな、ルーチェは!」
「お兄様には言われたくないですぅ」
二人は並んでリンゴを齧った。
なんだか子供の頃に戻ったみたい。
ルーチェは騎士団に入ってさらに逞しくなったエリオットを見て微笑んだ。
「あー、そういえばさ、俺結婚することになったんだ」
「おめでとう!」
「ルーチェもバーナード先生と結婚するんだろ?」
「うーん……。ね、お兄様は運命って信じる?」
「信じるっていうか……運命はあるって思ってる。でも、それを受け入れるかどうかは自分で選べるんじゃないかな? たとえ作られたものだとしても」
デビュタントの時のエリオットのスピード婚約にはバーナードの手が入っている気がする。
でも、エリオットはそれを感じながらもちゃんと自分で選んだのだろうか?
「ルーチェ、人から差し出されたものでも受け取るかどうかは自分で決めればいいんだよ。運命もリンゴも」
「お兄様にしては珍しくまっとうなことを言いますね」
「俺はいつだってまっとうだよ! 天下の騎士様だぞ!」
エリオットからリンゴを持っていない方の手でこづかれる。
「おい、エリオットこんなところでさぼりか?」
「エリオット、可愛い婚約者がいるのに浮気か?」
「違いますよー、先輩。妹ですって! ほら、ルーチェも仕事に戻れ!」
ベンチに座る兄妹を通りすがりの騎士達が囲む。
どうやらエリオットが務める騎士団の先輩達のようだ。
まだ、リンゴが食べかけなのに横からエリオットが急かしてくる。
「へー、ルーチェちゃんって言うの? 可愛いね」
「エリオット、妹なんていたんだな」
「この制服は文官かな? 賢いんだね。今度、食堂で一緒にご飯食べようよ」
「本当だ―、可愛い。なんで紹介してくれなかったんだよ」
「あの、妹は婚約者がいるので……、魔王が来るので妹に構わないでくださいって!」
エリオットに絡んでいた騎士達がルーチェを目にすると、次々に話しかけてくる。
ルーチェも身長は高い方だが、騎士団の大柄な人たちに囲まれると圧迫感があるし、どこか距離感も近い。むわりと男臭い香りに包まれる。
「すみません、僕の婚約者がなにか?」
「あー、バーナード先生、すみません。ちょっとタイミング悪くて、先輩達につかまっちゃって……」
冷えた空気を漂わせてバーナードが現れた。
騎士に負けない威圧感に無言で騎士達はざっと道を開けてくれた。
「行きますよ、ルーチェ」
バーナードは騎士達を一瞥すると、いつもは王宮内ではベタベタしないのに、腰に手をまわしてエスコートする。
「すみません、嘘をついて」
「いえ、助けてくれてありがとうございます」
腰に添えられた手を意識しないように、平静を装って答える。
「腸が煮えくり返って、つい。ルーチェが男に囲まれてるのが気に食わなかったんです。軽蔑しますか?」
ルーチェは驚いてバーナードの顔を見つめた。
「僕の気持ちは迷惑ですか?」
ルーチェは顔をふるふると横に振った。
今だって、バーナードが嫉妬してくれたことが嬉しくて頬がゆるんでいる。
「でも、受け入れられない?」
最近、ずっと悩んでいた問いをバーナードから言われて、足が止まる。
「どうしたら僕の気持ちを信じてもらえますか? 心臓をえぐり出して見せましょうか? 心臓にルーチェって名前を刻みましょうか?」
「アボットに好きって言われたことない……」
その真剣な告白にずっと気になっていたことが思わずこぼれた。
「……えっ?」
「前世では、私が王太子だったから嫌々つきあってくれてたんじゃないの?」
「ルーチェの心にひっかかっていたことの一つはそれですか?」
ルーチェは無言で頷いた。
「護衛騎士にだって断る権利はありますよ。上司に訴えて配置換えしてもらうなり、方法はいくらでもあります」
「だって、前世の私には権力と外見と体しかなかったから……」
「それだけで、こんなに僕があなたに執着すると思いますか?」
「だから、わからなくて……」
「責任取ってください。前世で僕の心臓をわしづかみにしたんだ。僕を本気にさせたんだから、覚悟してください」
立ち止まったバーナードはルーチェに向き合った。
そして、ルーチェに近づく。
「ねぇ、ルーチェ額に皺寄せて、深刻に考えないで。シンプルに心で感じるままの答えを教えて」
まるでそうすると答えが出てくるというように、ルーチェの額を人差し指でなでる。
「誰と一緒にいたい? どんな時に幸せって感じる? 罪悪感はもう捨てて。前世で僕たちは過ちを犯したけど、その報いは十分受けただろう?」
額から移動した手がルーチェをいたわるように頬に添えられる。
バーナードの一言一言が胸に刺さる。
言葉が降ってくるたび、幼い頃から一生懸命、両手で握りしめていた戒めが溶けていく。
もういいのかな?
許されてもいいのかな?
心のままに好きな人を愛してもいいのかな?
「ねぇ、ルーチェ、ちゃんと考えて。それで僕との婚約とか結婚のこと、前向きに考えてくれませんか?」
バーナードの手のぬくもりと直球の言葉に、ルーチェは胸がつまって、なにも言葉を返すことができなかった。
それでも、かけられた言葉にしっかりと頷いた。




