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「あぐあぐっ······もぐっ、あぐっ······」

「美味いか?」

「お、美味しいですっ!」

「そうか。まあ、遠慮せずに食えよ」

「は、はいっ! すみません! ありがとうございます!」



 無我夢中でピラフを貪る少女。よほど腹を空かせていたんだろう。

 初めの内は遠慮してて断っていたが、料理の香りを鼻先に突きつけられた瞬間、我を忘れたかのようにかっ込み始めたのだった。



「もぐもぐもぐっ······ンクンクっ······ぷはあっ! い、生き返った~!」

「そんなに腹減ってたのか?」

「っ! す、すみません! 恥ずかしげもなく人様のお金で食べちゃって······」

「気にするな。人様の金で飯食ってるのはお前だけじゃない。他にもたくさん居る。駄目なのは人様の金で賭け事やるような奴だ」

「も、もちろんです! そんな最低な事はしません! 人間どんなに落ちぶれてもそんなクズ人間にはならな──あ、あの。どうしましたか? 目なんて押さえて。痛いんですか?」

「いいんだ。お兄さん、少し心がチクッとしただけなんだ」

「は、はあ」


 まあ、それはともかくとしてだ。


「そんなに腹減るまで我慢してたなんてな。一体どうしたんだ? よかったら話してみてくれよ」

「は、はい。命の恩人ですし······申し遅れました。私、ナズと言います」

「俺はトレイル。よろしくな」

「はい、よろしくです、トレイルさん」


 テーブルに手をついてしずしずと頭を下げる少女ことナズ。


「本当に危ない所を助けて頂きありがとうございました。あの、私は奴隷でして······いや、本当は奴隷ではなかったんです。つい先月までは······」


 ナズが語り出す。


「私は元々、ここから西に行った町のオタムという所で魔法薬師をしていたんです。一応、王国軍の所属で後方支援隊でした。ところが最近、巨大な軍隊を抱えるのが難しくなったとかで人員削減しなきゃならなくなってしまい、私含めた大勢が解雇されてしまったんです」

「まじかよ」


 まさかの俺と同じ境遇とは。


「しかし、その若さで軍に抜擢されるなんて凄いな。優秀な薬師だったのか」

「私は、あの、お分かりかもしれませんが魔人でして。そのお陰というか、特殊なスキルを持っていたんです。『調合』と言いまして、魔人族にしか備わってないスキルでポーション作りが得意でした」


 スキルとは特殊な能力の事だ。未だにほとんど何も解明されていないが、生まれた時から身についた力。

 ある日、そのスキル名と内容が自然に頭の中に浮かんできて自覚するという不思議な物だ。

 神が人に与えた神秘だと言われてる。


「へえ。それなら魔法薬作りのエキスパートだな。だが、それをクビとは軍もバカだな」

「い、いえ。仕方なかったんだと思います」

「しかし、それじゃあ俺らはお仲間だな」

「えっ?」

「いや、実はな······」


 俺もここまでの経緯を話してやると、ナズが驚いた。


「トレイルさんも私と同じ境遇だったなんて······」

「しかし、お前も大量解雇の被害者の一人だってのは分かったが、なんで奴隷に? 少なくとも軍に居た時は違ったんだろ?」

「は、はい。あの······その、とても恥ずかしい事に、私がノロマだったために······」


 そう言ってシュンと項垂れるナズ。


「解雇された後、ミッスル地方に新しい都市が出来始めているって話を聞いたんでそこに行こうかと旅してたんです。でも······」


 道中に運悪く引ったくりに逢い、金品の大半を盗まれてしまったらしい。


「追いかけたんですけど、元兵士の人だったらしく、全く歯が立たずにあしらわれてしまって······」


 腕っぷしに物言わせて略奪とは物騒な話だ。

 だが、貧しさは人を簡単に堕落させる。この子の話は氷山の一角にしか過ぎず、きっとどこでも似たような話が起こっているのだろう。



 そう考えると、これは俺一個人の就職話ではなく、重大な社会問題かもしれん。



「それで、私、無一文になってしまい······困っていた所に声をかけてくれた隊商が居て、ついてったんですけど······」



 町から離れた所で身ぐるみ剥がされ、おまけに首枷を架けられてしまったらしい。


「他にも何人かのエルフや同じ魔人の子もいました。どうやら亜人専門の奴隷商人の犯罪組織だったみたいで、私も商品として出荷される事になったんです······」

「本物のクズどもだな」

「ところが幸か不幸か、彼らの本拠地に向かう途中でゴブリンの群れから襲撃を受けて、私はそのどさくさに紛れてなんとか逃げたしたんです。それが昨日の事。森へ逃げ込んでなんとか一夜を過ごしたんですが、さ迷う内にデスウルフに見つかって······」

「なるほどねぇ」


 こんな子供までもが悲惨な目に逢うとはな。魔王が消えて平和になったはずなのに釈然としない話だ。


「なら腹減ったろう。もっと食いな」

「あ、ありがとうございます!」



 パクパク食べているナズを眺めながら、俺はこれからの事を考えた。


 ナズも無職。おまけに本物の一文無しだ。さらには奴隷の首輪を着けた魔人となると、また良からぬ輩が現れて拐うかもしれない。となれば、このまま放っておく訳にもいかん。


 かと言って、今の俺に保護してやるだけの力は無い。自分の事だけで精一杯なんだ。



 となれば············。




 ややして。

 あれだけあった飯をペロリと平らげたナズ。


「ご馳走さまでしたっ。ふー。久しぶりに幸せいっぱいです~」

「おう、よかったな」


 でも飯だけで50ゴールドいっちまったか。


「さて、ナズ」

「はい、何ですか?」

「お前行く当てないよな?」


 と尋ねるとナズは小さく項垂れた。


「はい。お金はもちろんですが、私、元々孤児だったんで帰る家も無くて······」

「そうだったのか」


 つくづく俺と境遇が似ている。なんかほっとけないな。


「なあ。ダメ元でお前の引き取り先に交渉しに行かないか?」

「え? 私の引き取り先?」

「ああ」







 そして。


 俺達はフランの家の前に着いた。


「あ、あの。本当にいいんでしょうか?」


 と、ナズが心配そうな顔を上げる。


「迷惑にならないでしょうか?」

「それは相手次第だろうが、何もずっと置いといて貰おうって訳じゃない。俺が良い移住先を探しといてやるから、それまで引き取って貰えるように話しておくだけさ」

「ほ、本当ですか?!」


 うるっと目を震わせるナズ。


「本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

「はは、大げさだな。それに、まだ礼を言うのは早いぞ。フランの家が置いてくれなかったら野宿生活になるし、もしかしたら一生安住の地が見つからないかもしれんぞー?」

「あ、あう。未来は暗いですね······」


 俺は玄関をノックした。


「すんませーん。この間シバかれたトレイルですー。少しお願いがあって来ましたー。あっ、金の話じゃないっすー」


 すると、中から


『あっ !トレイル!? 来たんだ!』


 というフランの声がした。


『もうっ! 宿決まったら教えてって言ったじゃん!』

「いやー、わりい。忙しくて忘れてた」


 ドア越しに会話してるとゴトゴトと音が聞こえてきた。


『ごめんっ、今ちょっと着替えてて。すぐに済ませるから待っててっ』

「はいよ」


 叔母さんは留守みたいだ。とりあえずフランに先に話を通すか。


 ナズに振り向く。


「俺の幼馴染みなんだ。おっちょこちょいだが元気で優しい奴だ。多分悪いようにはしない」

「は、はいっ!」


 緊張に背筋をピーンッとするナズ。首輪の鎖がジャラっと鳴った。


「······この首輪もフランなら外せそうだな」


 鎖を持ってみる。ヒヤリとした残酷な冷たさだ。


 ──ガチャッ──


「ごめんっ、お待たせトレイル! 私に話って一体なんの、は······なし·········」

「ん?」


 何故かその場で硬直して目を丸くするフラン。


「どした?」

「·········トレイル···その、子は······?」


 プルプルと指を震わせて差すフラン。その指先はナズの首輪の鎖を持つ俺の手に突き刺さっていた。


「······あ」


 やべ。これじゃ俺が奴隷を買ったみたいに見える。


「·········トレイル······あ、あなたは······」

「ち、違うんだっ、フラン。これは誤解で──」

「このっ! サイテートレイルーっ!!」


 ──バチイィンッ──


「ほんげええぇ!?」


 頬の切り裂かれるような痛みが広がった。



お疲れ様です。次話に続きます。

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