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何故こうなった。
「終わった······」
昨日の臨時収入により舞い上がった俺は酒場に突入。哀れ好青年の俺は酒の進むままに賭け事にも乗って有り金をベッド!
所持金は200ゴールドという大富豪にまで落ちぶれた。
違うんだ。俺はただ、元手を倍に増やして早くフランの奴に返してやろうとしただけなんだ。
だけどよぉ、よりによってあそこで相手があんな大きなハンドで上がるかよ普通! それまで順調だったのによぉっ!
畜生が、こんないたいけな青年から金むしり取りやがって。幼馴染みに早く金を届けようとする俺の美しい心が分かんないのか。ギャンブラーなんてどいつもこいつもウンコだ!
······················。
うん。反省しよう。
「はぁ~。俺って馬鹿だなあ」
もうちょっと真面目に考えねえとな。
残高は約200ゴールド。当初の予定を大幅に上回るペースで減ってしまった。
これらの少ない貯蓄を温存しつつ、就職先を探さねばならないとは。早く仕事したい。働きたくはないが。
「しゃあねえ。今日も回ってみるか」
──三時間後──
「辛え······」
なんと昨日に続き今日も全滅。ここまで来ると相当ヤバイぞ。
というか、なんでどこも新しい人間雇ったばかりなんだよ。いくらなんでもタイミング重なり過ぎだろ。
いや。そうか。たまたまタイミングが重なったんじゃない。俺のような人間が多いんだ。
軍がどれ程の人間を解雇したかは知らんが、俺の想像をはるかに上回る数の人間が路頭を迷っているのだろう。
そんでもって、みんな考える事は同じで職場探しに殺到した結果、もう空きが無いという事か。
もう萎えたな。なんかやる気が削がれてきたわ。
このまま適当に無法者にでもなろうか。戦闘力なら自信あるし、腕力に物言わせれば──
「······いや」
それは駄目だ。人として越えちゃいけない一線だし、そんな事してフランや親しい人間の信頼は裏切りたくない。
まあ、信頼があるか微妙だが······。
「真面目にやろう······」
収入源は無いし、今は一ゴールドでも節約だ。
俺はまた昨日と同じ森に向かった。
また自給自足の食料調達だ。あまり腹に溜まらないキノコ等の山菜だが、食わないよりは良い。
せめてモンスターの肉が食えりゃな。不可能ではないがクソ不味いのがほとんどだし、人体に有害なのが基本だから食肉する選択肢はない。
出来れば昨日みたいにラッキーなボーナスチャンスがあれば──と期待したが、こちらは無かった。
「普通に山菜取りか······」
昨日と同じく森は穏やか。サワサワと揺れる木漏れ日を肩に垂らせながら歩く。
「お、あった謎の木の実。昨日食って平気だったし今日も採ってこう。お、こっちのキノコは······確か毒キノコだったな。止めとこう。えーっと、この辺りに食える野草が······」
順調にポーチが膨らんでいく。これだけあれば昼飯には十分な量だろう。
今日は幸いな事にモンスターとまだ遭遇してない。よし、この調子で今の内にどんどん採ってこう。
「おっ、こいつはクルミか? いいねぇ、貴重な脂質だ。ゴロゴロ落ちてやがる。よし、入るだけ入れてくか──」
『きゃあああああ!!』
「!!?」
突如として平和な森を切り裂く悲鳴。
そう遠くはない所からだ。
「なんだ?」
体は自然に駆け出していた。我ながら中々の反応だ。
森を一気に駆ける。すると再び女の悲鳴がし、継いで不気味な唸り声が響いた。
「!」
この唸り声はデスウルフだ。
上級モンスターで、必ず複数人で戦えと言われる相手だ。
俺は剣を抜き払い、さらに加速した。
「っ! あれか?!」
木々の合間から見えた光景。
茶色の毛並みを逆立てる巨体に、その巨体から隠れるように大木の間に挟まって震えている小さな人影。
少女のようだ。悲鳴の主はその少女らしかった。丸腰のようだ。
デスウルフの牙がバキバキと木の幹を削いでいる。
「いやあああああ!!」
「はあっ!」
デスウルフに一気に距離を詰める。
こちらの気合いに気づいたデスウルフが振り向く。すぐに攻撃対象を俺へと変更したようだ。俺の二、三倍はあろう巨体が毛を逆立てている。
『グルルルルル』
「ふっ!!」
剣を横一文に薙ぎ払う。それは空振りに終わった。後ろに飛び退いたデスウルフがすぐに向かってくる。
『グオオオオンンッ』
すかさず降りかかる反撃をこちらもバックステップで躱す。そこへ相手の二の攻撃が飛び込んでくる。
「むっ!」
──ガキイィンッ──
その攻撃を防いだ剣が火花を飛び散らす。想像以上に速い相手の攻撃だった。
息つく間もなく次の爪が飛んでくるのを身を捻って躱し、躱しざま型を整える。
『ガウワアアアアッッ』
「秘技、『ミラーズ・ミラージュ』!」
こちらも出し惜しみなく大技を繰り出す。
前面に現れた光の盾がデスウルフの凶暴な爪牙をふせぎ、弾き返す。
それでも猛攻を止める気配は見せずに巨体全身で飛びかかってくる。
『グオオオンッッ』
「秘技、『ライトレイ・バニッシュ!』」
虹色に輝く剣をデスウルフの喉元から胸へ、返す刀でそのまま脇腹から後ろ足の付け根に刃を走らせる。
『グゴッ······』
光の波動がデスウルフの背中まで貫通して突き抜け、その強靭な肉体を飛散させる。辺りに血の雨が降る。
「ふう······」
流石の相手だった。大技を二つも使ったから体に緊張が走っている。
先ほどまで恐ろしい唸りを上げていたデスウルフの首がゴロっと地面に転がった。
「ひっ!?」
それを見て、木の隙間に隠れていた少女が短い悲鳴を上げた。
「あ、あ······あわわわ······」
血の気の失せた真っ青な顔と声を震わせている。どうやら軽い恐慌状態に陥ってるようだ。
俺は少女の前に回り込んで肩を掴んだ。
「おい、しっかりしろ」
「あわわわ······ああぁ······あ、あれ?」
少女の目が、深紅の瞳が揺らめいて、パチパチと瞬く。
「あ、あれ? わ、私、生きて、る?」
「ああ、もう大丈夫だぞ」
そう言ってやると、その少女は恐る恐ると木の隙間から出てきた。
改めて見ると──可愛いらしい子だった。
年はまだ十代半ばくらいか。今にも崩れてしまいそうな程に華奢な体。ふっくらした白い頬にパッチリとした目のあどけなさ残る顔。真っ赤な瞳で、魔人だというのが分かった。
長く伸ばした白銀の髪だけが妖艶な色気を含んでいた。
「あ、あの······さ、さっきのモンスターは?」
ぼんやり眺めていたら少女の方から聞いてきた。
「ああ、大丈夫だ。今倒した。安心しろ」
「あ······」
そう言うと少女は近くに転がる首を見てブルルと震えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。あ、あの。助けていただいてありがとうございます······」
「おう。怪我は無いか?」
「は、はい。少し擦りむいたくらいで······」
そう言って白い腕を擦る少女。
よく見ると、少女は随分とみすぼらしい格好をしていた。薄汚れたボロボロのワンピースのような服一枚に、これまた粗末なフード付きの外套一着のみ。靴だって大分傷んでる。
そして──
「ん? お前、その首のは······」
「あ······」
少女が慌ててフードを被って首元まで隠す。
しかし、首に鎖の付いた重苦しい輪が架けられているのが既に見えていた。
「······もしかして、奴隷か?」
「·········」
「いや、すまん。言いたくないなら構わない。悪かった」
「い、いえ! そんなっ! 謝らないで下さいっ。貴方は私の命の恩人です! た、ただ······」
と、少女が身を乗り出した時だった。
──キュウウウゥー······──
「あっ······!」
もの侘しい音が鳴り響いた。
「···あ、あうぅ·········」
「······あー。あれだ。とりあえず、飯食うか?」
少女を連れて森から出る事にした。
まずは飯屋に連れてってやるか······。
お疲れ様です。次話に続きます。