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「うーん。悪いな、兄ちゃん。ウチも今養ってる若い衆だけでいっぱいいっぱいでな」
「そうっすか······」
流石にへこむわ。
これでもう五件目。初日からそんなトントン拍子に行くとは思ってなかったが、いざ断れ続けるとくるものがある。
一夜明けて、俺は早速次の仕事を探すために町の中へと繰り出した。
とりあえず、肉体労働を中心に色々と回ってみて雇ってもらえないか交渉しているのだが······芳しくない。
今も商店に来ている。買い物じゃなくて交渉にだ。まあ断られたが。
俺はその商店から出た。
「はあ~。やっぱしか」
そりゃ、誰かの紹介も無く、何か技術を持ってる訳でもないし、一般的な所じゃ雇う理由なんざ無いよな。
そう考えると改めて絶望的じゃないか。何のツテも無い、社会的なスキルの無い男一人が放り出されているのだから。
「とにかく、他当たってみるか」
まあ、何かしらはあるだろう。多分。
「あん? 雇って欲しいだあ? アンちゃん、金槌使った事あんのかい? ないだぁ? わりいが他当たってくんな。ついこの間新しく雇ったばっかりなんだ」
「うーん。見ての通りウチはレストランなんだが、君料理はできるかい? え、いや~、肉を串焼きにするだけのは料理とは······」
「薬の調合は専門的な知識を有する。君、失礼だが学歴は?·········いや、毒味役とかは無いから。というか必要ない。裏方の仕事はこの間雇ったばかりなんだ」
「ウチで働きたい? 駄目だ。私には分かる。君は金にだらしないタイプだ。そんな男に金庫番など任せられん。お引き取りを」
「はあ~······」
結果は全滅に終わった。
どこも新しく雇う余裕は無いようだった。
世の中が平和になり、景気良くなったかと思ったらその逆だったようだ。魔王軍と戦い続ける事で需要のあった武具や薬品、その他もろもろの生産業は仕事が激減したそうだ。
こんなんじゃ雇ってくれる所は望めないだろう。
「······仕方ねえな」
普段の俺なら博打で逆転を狙うだろうが、今はふざけてられない。少しでも食費を浮かせるために森へと向かう。山菜とかで腹の足しにするしかない。
森へと入る。
まだ日が高い事と、町近郊の森という事もあり、それほど深くも暗くもない。
これなら食える獣とかも狩れるかもしれん。そうなれば今晩はステーキが食えるかもしれんぞ。
勇んで森の中を進む。
「さてと。ノブタ、ノブタ。なんか地鶏でもいい。とにかく肉だ肉~」
どんどん奥へと入っていく。本来なら遭難とか気にしなくちゃならないが、町に戻っても安泰じゃないんだから、多少リスクがあっても仕方ない。
「んお?」
『ギギッギ』
『ギィ~』
そんな事考えてたら早速リスクだ。
二、三体のゴブリンに遭遇。子供くらいの背丈、痩せた苔色の体。人間に近い姿と能力だが、知性と理性は乏しく凶暴。
まあ、人間からの嫌われものだ。
「おいおい、こんなすぐにモンスターに出くわすとか治安悪すぎねえか?」
『ギャギィ~!!』
問答無用で飛びかかってくるゴブリン達。
「仕方ねえな」
別にこいつらは食えないんだが、やるしかない。腰の剣を抜き払う。
『ギャイー!』
一斉に飛びかかってくる三体。空中を浮遊する無防備状態だ。
「はっ!」
肉体強化の魔法を発動しながら、切り払う。
『ギッ······』
『ギャッ······』
『グギッ······』
短い断末魔と共に、急所を寸分なく切断されたゴブリン達がぐらっとそのまま地面に落ちる。
飛び散る血を避けて辺りに目を凝らすが、仲間は居ないようだ。
「いきなりこれか。幸先悪──」
ゴブリン達の腰袋から木の実がこぼれた。
「ラッキー! 幸先良いぜーっ!」
野盗よろしく、俺は死体から追い剥ぎして今日最初の食糧ボーナスを手に入れた。
「ひゅー。ツイてるな。このツキならすぐに腹いっぱいだな」
だがしかし。
現実は甘くなかった。
──三時間程して──
『キギイィ!』
「はああっ!」
肉体強化魔法と、属性付与魔法を同時に発動し、自身を軸に剣を一回転振り回す。
『グギャアア!!』
俺を取り囲んでいたゴブリンどもが上下真っ二つに分かれる。切り口は炎で焦げていた。
『ギイィ!』
「はっ!」
突きつけられた槍を柄の部分で切断し、ゴブリンの下顎から脳天まで斬り上げる。
ほとばしる血飛沫を避けて、その後ろのアーチャー役のゴブリンに肉薄する。
『ギャギャっ!』
弓ごと両腕を切断し、首筋を切る。倒れかかるその死体を跨いでリーダー格であろう個体に突進する。
『グギイイィ!』
「わりいが、俺も生きるのに必死でな」
刀身をリーダーの脇に潜らせ、そのまますれ違う形で駆け抜けると、悲鳴一つ上げずにそいつは倒れた。
『ギャギャギャギャア!』
残ったゴブリン達は戦意喪失し、武器も投げ出して森の奥へと走って行った。
「たくっ。食材が手に入らねえのに体力ばっか消耗させやがって」
歩けど歩けど、モンスターばかり出くわし、しかもそいつらが例外なく凶暴で人間にも好戦的な奴ばかりなのだ。
仕方ないからこっちも応戦してるが······かれこれ五十匹近くモンスターを殺してる。なぜこんなに多いのだろうか。
ハンターと呼ばれる人間がモンスターを狩る事もあるが、不安定な職業のため数は少ない。ひょっとしたらこの町には居ないのかもしれないな。
おかげで出くわすのはモンスターばかり。食えそうな動物は全く見当たらない。なのに戦闘の連続で体力ばかり削られる。
──グゥー~──
いかん。動いたら腹が······。
仕方ない。肉は諦めて、道中集めたキノコや野草、ボーナスの木の実で我慢するか······。
来た道を戻りさっさと森から抜けた。
「さて。とりあえずどっかで窯を借りるか。今日は山菜スープだ······」
『うーん。困ったなぁ』
「ん?」
帰ろうと歩きだしたところで、森を前にして唸っている男が居るのを見かけた。
何やら気難しい顔をして独り言を呟いている。
「調度品の材料で必要なのに、そんな私用に衛士が動いてくれる訳ないし。と言ってハンターは居ないし。困ったなぁ。僕じゃモンスターは倒せないし」
何に困ってるかは知らんが、俺も自分の事で精一杯だ。無視して行くか。
「·········待てよ」
と、進めかけた歩を止める。
今しがた男の口から『調度品の材料』『私用』『ハンター』『モンスターは倒せない』というワードが出てきた。
これらから推察される状況。
『調度品を作るのにモンスターの素材が必要だが、自分じゃモンスターは倒せない。そしてハンターも居ない』
故に、困っている。
「·········」
もし俺の推察が正しければ──ボーナスチャンスじゃないか?
帰路に向けかけた足を返し、男に話しかけてみる事にした。
「うーん、困ったなぁ······」
「あー、なあ、ちょっといいか?」
「ん?」
声をかけると男が気づいて振り返った。
「なんだい? 今少し忙しいんだが······」
「いや、何か困ってるように見えたんでな。なんだかモンスターがどうのこうのと聞こえたんだが」
「あ、いや。僕は家具職人なんだが、この度さる貴族から鏡台の制作を以来されてね。その材料は大体揃っているんだが······注文にある装飾にクリムゾンビコックの尾羽を使って欲しいって要望があってね。モンスターの素材だから商店に必ずある訳じゃないし、ハンターも居なくてね。いや、困ったよ」
「なるほど」
これはチャンスかもしれん。
「なあ」
「ん? なんだい」
「その尾羽は普通なら何ゴールドで取り引きされるんだ?」
「え? そうだなぁ。質によるけど······一枚10ゴールドくらいじゃないかな」
「で、あんたは何枚欲しいんだ?」
「ああ、大体十枚くらいあれば十分ってとこかな」
「ふーん」
「お、もしかしてあんたハンターかい? 剣持ってるし、なんだか強そうだが」
「まあ似たようなもんだ」
「そうか!」
男が勢いづく。
「なあ、クリムゾンビコックの尾羽を十枚集めてくれないか? もちろん、ちゃんと買い取るから」
「ああ、いいぜ。丁度そういう声を待ってたんだ」
「おおっ、頼もしい!」
男に見送られて森へと戻る。
実を言うと対象のモンスターは既に何体か討伐済みなんだよな。要は、戻って死体から羽取りゃいいだけ。
「お、あったあった」
幸いにも尾の部分は綺麗なままの状態だったので、なるべく汚さないように尾羽を採取する。
採取した羽を持って男の元へ戻った。
「ほいよ。十二、三枚はある。どうだ?」
「おおっ! もう手に入ったのか! 素晴らしいっ。しかも質も申し分ない! いやー、助かったよ!」
大満足の依頼主はジャラっと銀貨を出した。
「全部買い取るよ。しめて200ゴールドでいかがかな」
「え? そんなに良いのか?」
「ああ、すごく助かったからね。これは気持ちさ」
「そうか。なら遠慮なく貰うわ」
「ああ。ありがとう、またどこかで会う事があったらよろしく頼むよ」
そう言いながら家具職人は走って行った。
俺は手の中にある臨時収入を見た。この金はもちろん──
「よーし、この金は有効活用して······旨いもん食いに行くぜぇえ!」
ちょうど近くに酒場があった。たらふく食うとしよう。
お疲れ様です。次話に続きます。