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「まさか、トレイルがこの町に居るなんてね」
「それは俺のセリフだぜ」
200ゴールドを手渡すと、フルトは少し驚いた顔をした。
「ダメ元で言ったのに本当に返してくれるのかい?」
ダメ元だったのかよ。
フルトは俺が軍に居た頃の知り合いだ。同じ部隊に居た訳じゃないが、同じ兵舎に居た。
軍には俺のような前線での戦いを担う部隊の他にも幾つもの種類があったわけだが、その中でも頭脳派の者達の属する情報処理部隊という物がある。
各地の情勢や、兵力や物資状況などを把握する情報収集を主とした部隊。さらにはモンスターの生態や、生物的な研究を行っている。
どちらかと言うと研究職なんだが、実地調査なども行わなければならないため、一応軍属ではある。どれかと言うと、俺らのような戦闘部隊の中から頭脳に秀でた者が移籍するデスクワーク的な部隊だ。
フルトはここに属していて、演習の時に知り合った。
俺とは明らかにタイプの違う、勉強が出来る秀才タイプだったんだが、何故か気が合った。
フルト曰く『君は柔軟で先進的な思考の持ち主だ』という事らしい。
まあ、そんなんで。俺の属していた部隊とフルトの属していた部隊は合同隊(演習などで定期的に組む部隊)だったんでよく話してたりした。
フルトの話の大半は専門的で、俺にはちんぷんかんぷんだったが、逆に俺からはギャンブルの味を仕込んでやった。
演習先の町で一緒にボロ負けして、半裸で基地に帰って怒られたのは良い思い出だ。
「しかし驚きだなあ。まさかトレイルに会うなんて。どうしたんだい? 演習で来てるのかい?」
「いや、そんなんじゃない。お前こそ、どうしてここに? 演習か?」
そう尋ねると、フルトの表情が途端に曇った。
「いや、それが······」
話が長くなりそうだったので、俺らは近くにあったベンチに座った。
「えっ? お前も軍をクビに?」
「ああ。つい一昨日の事だよ」
フルトの口から出たのはやはりと言うか、嫌な予想の方の話だった。
「トレイルも軍縮の話は聞いていただろう。もう今の国家にあれだけの組織を維持出来るだけの力は無いんだ。それよりも復興とかの方で莫大な資金や労力がかかるからね。だから、もうほとんど不要になった軍隊は解体する事が決定されたんだ」
フルトは背景まで詳しく教えてくれた。
要は、あらゆる研究や情報収集の結果、魔王復活の可能性は極めて低いという結論が出された。
政府のお偉いさん達は、この報告を受けて本格的な復興に乗り出す事になった。
魔王との百年間の戦いで、大陸に存在していた国の大半が滅ぼされ、人口は半分以下に減少。数えきれない町や村などが廃墟と化し、しかも農地や河川なども汚染されたため、あらゆる産業がボロボロの状態なのだと言う。
その復興のためには莫大な金がかかるらしく、その財源を確保するために槍玉に上げられたのが、めちゃくちゃな維持費の掛かる軍隊だった訳だ。
「はは、特に僕が属していた研究職は中でもとりわけ費用がかさんでたからね。はは、ははは······でも、半年かけて纏めた論文まで処分された時は流石に泣いたよ······」
「そうか······ドンマイ」
眼鏡の奥に苦労が滲んでるようだ。
「復興が進めば産業は正常に回復する。そうすれば市場も拡大する。そうなれば好景気への循環が回り始めて、失業者も色んな職につけるだろうっていうのが政府の考えなんだ」
「俺には政治なんか分からないが······その好景気が来るまでの間はどうするつもりなんだろうな?」
「多分そこは触れたくないんだろうね。痛みを伴わなければ改革は進まない。て事だろう」
やっぱり政治の話はよくわからん。
一つだけ確かな事は、今この空の下には見捨てられた奴らが溢れ返っているという事だけだ。
「ところでトレイル。さっき、『も』って言ってた事はもしかして君も?」
「おう。数日前にな。お前より先輩だぞ」
「ははは、笑っていいのか、悪いのか······」
弱々しく笑うフルト。論文を処分されたのが堪えているようだ。
「それで、フルト。これからどうするんだ?」
「とりあえず故郷に帰るつもりだよ。まあ、家族は居て居ないようなものだけど」
「そうか」
フルトの家族関係はお世辞にも良好とは言い難い。母親はもう居ないし、父親は仕事もせずに遊んでばかりだ。
当てがあるなら引き留める事もないかもしれないが、帰りたい訳でもないだろうし、一応誘ってみるか。
「なあ、フルト。実はな──」
『ご、ごめんなさ~いっ! ちょっとドジしちゃって!』
と、話してる所へ誰かの謝る声が駆け寄ってきた。
それは聞き覚えのある声だった。
「今の声は······」
「ああ、実は彼女も一緒にクビにされてね」
パタパタと危なかっしい走りでこちらに来る一つの影。
──ガッ、ビターンッ──
「ぶえっ!?」
そして、盛大にコケて地面に顔面ハグした娘。愛用の眼鏡が吹っ飛ぶ。
「う、うぅ、わ、私ってほんとにドジ······」
「おう、ルッカ。久しぶりだな」
「え?」
俺から声を掛けると、その娘、ルッカが砂がジャリっとくっついた顔を上げた。
「えっ? ト、トレイル君!?」
「よ。元気か?」
「あ、あわばば!?」
シャキっと立ってパッパッとロングスカートの裾を払うルッカ。
「こ、こんにちはっ、トレイル君!」
そう言って少しどもる。頭の上の猫のような耳がピコピコと揺れている。
ルッカの種族はケトシーと言い、珍しい人種だ。
ケトシーは本来なら身体能力が高くて活動的なのだが、ルッカはその逆で運動は苦手。言い方がアレだが、ドジな所がある。
しかし、その頭脳は明晰で、フルトと同じ研究職についていた。おそらく、ケトシーで女性でしかもこの若さで研究職に居たのはルッカぐらいだろう。
化粧もほとんどしておらず、年頃の娘の流行りの服も装飾もしない彼女だが、実はなかなか可愛い。
赤毛の髪の上でピョコッと揺れる耳は男女問わずに愛らしさを感じる者も多いし、ルッカ個人の顔立ちだって童顔ながらも整っている。
垂れ目の目も、小さく結んだ口も庇護欲を掻き立てる物があるし、実はスタイルも良い。
軍に居た頃の共通の知り合いいわく『ああいうのは隠れ巨乳の地味子って言うんだぜ、フッ』とか言ってたな。
臆病と言うか、引っ込み思案なとこもあり、俺が声を掛けるとよく目を逸らされるが、仲が悪かった訳ではない。
フルトを含めた三人でよく話したりしていた。
地面に落ちたままの眼鏡を拾って渡す。
「ほれ、トレードマークが落ちてるぞ」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
引ったくるように受け取って掛け直すルッカ。
上目遣いで俺を見上げている。
「あー。頬が砂だらけだぞ?」
「えっ? わ、わわっ!」
自分でビンタするように砂を落とすルッカ。
その勢いで眼鏡がまた吹っ飛んだ。
お疲れ様です。次話に続きます。




