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 ルゴダの町の兵舎にて、スティングは部下からの報告を受けて思わず聞き返した。自身のために作られた特別な個室、オーダーされた高級デスクでワインを楽しんでいた時の事であった。


「なんだと? ワイバーンが?!」

「はっ。南の平原にて目撃情報が」

「そんなバカな。ワイバーンの生息地はヒビカリ山付近だ。ここまでは来ないだろう」

「しかし、レッカード砦にても多数の目撃報告が上がっています」

「······」


 スティングは席を立つと落ち着きなくその場を歩き回り始めた。


「もしワイバーンが現れたらどこの部隊が討伐に行くハメになるんだ?」


 それは考えるまでもなく、管轄内の自分の部隊である事は分かっていた。本来ならすぐにでも兵士を編成し直し、ワイバーンに備えた装備を整えるべきである。


 しかし、そんな事よりもどうやったら自分達が討伐に赴かなくても済むか。そちらに思考の全てが費やされていた。



「くそ、ペスト中隊長を呼べ!」

「はっ!」


 伝令の兵士が出ていき、すぐに入れ替わるようにペストが部屋へやって来た。


「どうされましたか坊ちゃん」

「どうもこうもない。ワイバーンが近くに現れた」

「な、なんですと?」


 ルゴダの守備隊責任者でありながら、ペストにはその話は初耳であった。


「そ、それほ本当ですか? しかし、ワイバーンの生息地はここから離れているはず······」

「そんな事は分かってる。それよりも、今はどうするかだ。このままでは我らが戦わなければならなくなる」

「ま、まさか!」


 ペストは顔を真っ青にした。


「ここの戦力では全兵士を向かわせなければ勝ち目はありません。しかし、残された兵士らの半数が坊っちゃんのような良家の子息ばかり······もしもの事があれば、私の首が飛ぶ!」

「僕だってあんな化け物と戦うなんてごめんだ!」


 スティングは苛立たしげに机を叩いた。


「ともかく、まずは報告の抹殺だ。本当ならワイバーンなんかここに居るはずないんだ。そんな脅威は存在しない事にするんだ。時間が経てば去るかもしれないし──」


「それは聞き捨てなりませんな」


『!?』


 二人の背中に冷ややかな声が掛かった。

 部屋の入り口に何者かが立っており、そのまま中へと入ってきた。


「まさか、今の発言は本気ではありますまい。戯れ言、と解釈しておきましょう」

「き、貴様は······」


 部屋に入ってきたのは、中性的な美青年であった。やや長めに伸ばした髪を優雅に縛って整えている。

 だが、特徴的なのは、頭部に生える槍のような勇ましい双角だろう。


「な、なぜ執行議員の貴様がこんな所に!」

「失礼。たまたま近くに立ち寄っておりましたので、ご挨拶にと。スティングさんのお父上とは同じ議員としてお世話になっているもので」


 そう言って礼儀正しく一礼する青年。しかし、その瞳は冷たくスティングを睨んでいた。


「今の発言は冗談の類いだとは思いますが、ワイバーンの出現とは穏やかでありません。私も対策にご協力させて頂きます」

「なっ?! グレイル殿っ、これは軍の管轄の仕事です! 執行議員の出る幕はありません!」


 喚くように抗議するペストに、グレイルと呼ばれた青年は表情を変えずに応えた。


「もちろん。私が指揮をしたり、編成をする訳ではありません。しかし、執行議員には市井の安定と存続を保証する責務があり、そのための執行権があるのはご存知ですね?」

「し、しかし!」

「それに、この事件は()()()()()()でもあります。事態に対処するお二人のために全力でバックアップさせて頂きます」


 言葉の言い回しは礼節を保っていたが、その言い方には有無を言わせない圧力があった。


「とにかく、ワイバーン出現の件は私の方でもすぐに真偽を確かめます。もし事実であるならば、直ちに軍への正式な討伐要請を出します」

「な、なんだって?!」

「それでは私はこれで。すぐに調べて参りますので」


 何か言いかけるスティングなど気にも留めず、グレイルは部屋から出ていった。


 残されたスティングとペストは血の気の失せた顔を見合わせた。


「ど、どうしましょうか坊っちゃん!」

「ぼ、僕に聞くな! ワ、ワイバーンなんかと戦えるか!」

「で、では逃げますか?」

「馬鹿! 逃げてみろ、僕は他の家からの笑い物にされる! なんとかして戦闘を回避するか、倒すかだ!」


 眩暈のするような危機に、スティングの舌を潤していたワインの風味はすっかり渋くなっていた。





 兵舎から出たグレイルは、待たせてあった馬車に向かいながら、待機していた執事マルセにタメ息交じりにぼやいた。


「軍の縮小政策によって残されたのは愚かな貴族がほとんどだと言う噂は本当のようだ」

「嘆かわしい事です」

「しかし、他にどうしようもない。現に兵士は少ないんだ。現状戦力でどうにかしなければ」


 グレイルは憂いた目で空を見上げた。


「もっとまともな勇者が残っていてくれていれば······或いは、違う形で協力してくれれば······」


 しかし、居なくなった兵士らを勝手に呼び戻す訳にはいかないのであった。


お疲れ様です。次話に続きます。

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