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この甘い香りと、小さくて温かいしっとりとした手の感触。間違いない。
「フランだな?」
「あったりー!」
パッと視界が解放され、こちらが振り向いて確認する前に向こうから前に回り込んできた。
「トレイルっ、お久っ! 元気だった?」
「おう、今元気になった」
「私に会えたから? ふふ。よく私だって分かったね」
「ああ。相変わらず良いカホリとそそる肌の温もり······あ痛ててて! 嘘、嘘だ、冗談だ!」
頬をほんのりと赤らめてポカポカ殴ってくるその姿は子供の頃から変わらず可愛いかった。
「もうっ! 声とか、雰囲気とか、そっちでしょう!」
そう言って恨めしそうに見上げてくるのは俺の幼馴染みのフランだ。同じ村の出身で、俺の二つ年下の十八歳。
ふんわりボブの髪をポヨポヨと弾ませ、子供っぽい表情をコロコロと色変わりさせて、全身を使って感情を表現する賑やかな奴だ。昔から変わらないような真っ直ぐでキラキラした目も、フランの感情に合わせて白黒する。
おっちょこちょいで、よくドジしたり早とちりして問題も起こすが、魔法の才能は凄まじくて超優秀な魔法使いだ。
そして何より。全体的に幼い印象を与える雰囲気とやや低めの身長にも関わらず、出る所は出てる今日この頃──
「ねえっ!」
──グイィ──
俺がせっかく発育状況を調査してやってるのに、頭を掴まれて無理矢理に視線を上に戻された。
「せっかく久し振りに会えたのに、興味あるのは私じゃなくて私の胸元なの?!」
「大きくなったなー、フラン。三年ぶりくらいか? すっかり良い女になって······」
「二ヶ月! もうっ、本当にいつもふざけてばかりのエッチでバカなトレイル」
怒ったような、それでも嬉しそうな笑みを見せてきた。
フランは俺より一足先に村を出て軍の魔術団に入った。俺よりも階級は上だ。
遠征とかの関係でしばらく会えていなかった。
「やっと会えたね」
「やっとも何も、たった二ヶ月だろ?」
「その二ヶ月が長かったから」
こいつめ。可愛い事言いやがって。
「愛い奴よの~。ほれ、フラン。顔を良く見せてくれよ」
思わず頭を撫でると、恥ずかしそうにまた頬を赤らめてから、やんわりと手を払いのけてきた。
「それで、トレイル。どうして荷物なんか持ってるの? どっか行くの?」
「ん? ああ、クビにされたから出てくんだよ」
「えっ? トレイルもクビに?!」
「ああ、そうさ。クビに······『も』?」
「わ、私もっ。私もクビにされたの!」
わたわたと自分を指差すフラン。
「はあ? だってお前、全属性の最上級魔法マスター者だろ? それに、なんなら聖女候補だったじゃんかよ」
「でも、人員削減だから君はクビだーって言われた」
「マジかよ。上層部はトチ狂ったか。聖女候補だった奴をクビとか馬鹿しかいねえのか?」
一体どんな査定をすればこんな有望株を手放すんだ? 俺はともかく、ちょっとおかしい。
「お前をクビとか明らかな人選ミス。いや、落選ミスだろう」
「でも、それを言うならトレイルだってクビになるのはおかしいじゃん」
「俺は座学の成績悪かったし普段の態度も模範的とは言い難いからな。大事なのは実力じゃなくて実績なんだよ」
そういう意味では、むかつく事に俺のクビは理解出来る。まあ、納得はしないが。
「そっかあ。トレイルも大変だね。行く当てあるの?」
「ねえなあ。お前も知っての通り俺は天涯孤独の一匹狼だからな。カッケェだろ」
「うん、ボッチだもんね」
「おいっ、言い方っ、言い方を選べ」
「でも、それは困ったね」
うーん、と気遣わしげに上目遣いしてくるフラン。
「トレイルこれからどうするの?」
「······なあ、フラン。少し頼みがあるんだが──」
「だめ」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「ダメー、どうせお金貸してくれでしょ? もう、今まで貸したお金が千ゴールド溜まってるんだからね?」
「そこをチャラにして何卒!」
「だめっ! いつもいつも『倍にして返す~!』とか言ってギャンブルにつぎ込むんだから」
くそ、これは分が悪い。金関係の応酬ではフランには勝てん。
「くそ~。これじゃ行く当て無し、金無しだ。うお~ん、俺の人生は真っ暗だ」
「そんな大袈裟な······あ、そうだ」
ポンっと手を叩くフラン。
「だったらさ、私の所来る?」
「え?」
フランがにっこり笑う。
「私、隣町に親戚の叔母さんが住んでて、そこにご厄介になる予定なの。一緒に来る?」
「いいのか?」
「叔母さんに聞いてからじゃなきゃ分かんないけど大丈夫っしょ。どうする?」
そりゃあもう──
「ぜひお願いいたします、フラン様!」
「あっはははは! 何それー? 変なの」
くるっと踵を返して宿舎の方へ走り出すフラン。
「荷物取ってくるから待っててー!」
「あ、おいっ、前見て走れ──」
──ガッ、ビタァーンッ──
「わべっ!?」
盛大にコケるフラン。ふむ。今日は白か······。
「痛たたた、もうっ。待っててねー、トレイル」
「ああ、気をつけてな」
再び走り去っていくフランの背中を見送る。
それにしても、フランと一つ屋根の下か。
「·········げへへへ······」
一緒に暮らしてる内に、ドジなフランとの接触事故が起こって、あんな事やこんな事に──
ふふ。
ツキが回って来たな。未来は明るいぞ。
これから始まる、幼馴染みに養って貰って遊んで暮らす薔薇色生活。そのイメージで俺は幸せいっぱいになっていった。
お疲れ様です。次話に続きます。