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家に着いてもフランはまだ怒り冷めやらぬ様子だった。
「でさあっ! 私達が脅迫でもしたかのような言い分なの!」
「ひどいですね······お二人とも一生懸命にやってくれたのに」
「ねー! もう、本当頭にきちゃって!」
ナズは薬草をすり潰しながら、フランの相手をしていた。
「私はともかく、トレイルは本当に危ない目にあってたのにさ!」
「ん? ああ、まあな」
正直そうでもなかったが。
「まあ、フランが居てくれたお陰で楽に終わらせれたのは事実だしな。それであいつらも悪態つきたくなったんじゃないか?」
「ただのイチャモンだよ、あれは!」
「ほれほれ、まーたほっぺが焼きたてパンみたいに膨れてるぞ」
頬をつついてなだめると、フランは苦々しげな顔をしたまま少し照れた。
「もう。トレイルは冷静だね」
「馬鹿の相手は一々してられんからな。それよりもこうやってお前を愛でる方に時間を割きたい」
「そ、そう? それなら······まあ、いっか」
やっと機嫌の直るフラン。
「ふう。済んだ事言ってても仕方ないもんね」
「そうそう。ほれ、ナズに癇癪抑える薬でも処方してもらえ」
「あ、バカにしてるでしょ!」
「さーてね」
「うう、トレイル生意気!」
──ポカポカッ──
「いてて。ナズ、回復ポーションが必要になりそうだ」
「あははは。はい、頑張って作りますね」
フランにポカスカ殴られ、ナズの調合を見守る。
今、ナズは高級ポーションの作成中だ。
昼間に俺とフランが採ってきた薬草の中に、貴重な素材が含まれていたらしく、作って貰っているのだ。
「調合終わりました。後は煮るだけです」
「おう、あとこっちもな」
「はいっ、もちろんです」
そして、他にも様々な薬草があったらしく、複数の種類のポーションが作れるのだそうだ。
大量に揃えられた薬草を前にナズが高揚している。
「こちらはオジウ草と言いまして、毒などによる中毒症状の治癒に有効な成分を多く含んでます。これをポーションの基本材料であるアイフカ草とユニ草と混ぜる事で解毒薬が作成できます。他にもナギリ草、セッ花、テイン草などの筋力増強剤の元となる薬草も多くあり、これはまさに一大群生地である場所をトレイルさん達が発見した証拠とも言え──」
「ナズ、俺に長話と学術講義はナシだ」
「あ、ご、ごめんなさい。つい興奮してしまい······」
「調合してる時のお前は饒舌で目が輝いてるよな」
「す、すみません」
「謝る事なんてない。良い才能だ」
俺にはよう分からんが、あの群生地はかなりのスポットだったらしい。
「ナズちゃん、薬草欲しくなったらまた言ってね。トレイルと二人でパパッと採ってくるから」
「あ、ありがとうございますっ。でも、あまりお手数をおかけするのも······」
「全然っ。ね、トレイル」
「ああ、全く問題ないぞ。だが、代わりにと言っちゃなんだがナズよ。ぜひお前のその腕前で最高の媚薬でも作って貰えるとありがた──痛って!」
「ふふふ。それは考えておきますね、トレイルさん」
こうして、ナズの調合が全部終わった頃にはすっかり暗くなり、夜はまたフラン特性のスープに舌鼓を打ったのだった。
「じゃ、トレイル、ナズちゃん。また明日」
「明日も来んのか?」
「駄目?」
「いや、んな事はないが、お前だってやる事あんだろ?」
「え? あー、まあ。でも、平気。明日来るよ」
「? ああ」
何か考えるような素振りをしたフランを見送って俺とナズも就寝の支度に入った。
「トレイルさん。一階なんですが、奥にお風呂の施設がありました。それに、地下に蒸留室らしき物も」
「へえ。随分設備が整っていたんだな。空き家にしとくのは勿体ない」
「明日から井戸にも着手しますか?」
「そうだな。いや、でもその前に。明日は俺と二人で森に行くか」
「森へ?」
俺やフランは薬草のプロではない。今回持ってきたのも適当に良さそうなのを摘んで来たに過ぎないのだ。
だから、ナズのような専門家が直接現地を調べた方がより効率的に採取が出来るのではないかと考えたのだ。
その旨を伝えると、ナズは少し不安そうに肩をすくめた。
「私、弱いですし足手まといになっちゃいます。それでも良いのでしょうか?」
「ああ。安心しろ。俺が守ってやる」
「そ、それじゃあ。お願い、します」
嬉しかったのか、ちょっと照れた顔を背けて自分の部屋に向かうナズ。
俺も自分の部屋に入り、服を脱ぎ散らかしてベッドへダイブした。
「ふいー。疲れたな」
だが充実した疲労感だ。明日からもっと進展がある。そんな予感すらするほどに。
眠気はすぐに意識を闇に誘った。
「······ん······」
ぼんやりと薄明るい視界。窓から入ってくる朝の白い光で部屋が白んでいた。
「ふあぁ~。朝か······」
服を着替えて下に下りると、庭で既にナズが火を焚いて鍋をかけていた。
「あ、トレイルさん、お早いですね」
「おーう」
貯めてある桶の水で顔などを洗って身支度を整える。それが終わった頃には旨そうな香りが鼻をくすぐっていた。
「朝食が出来ました、トレイルさん」
「サンキュー。じゃ、くっちまうか」
「はい」
のんびりとナズとスープを啜って朝を満喫する。そんな一時にだ。
『たのもーっ!』
とかいう、奇妙な掛け声が庭先から発せられた。しかも、聞き覚えのある声で。
思わずナズと振り返ると、そこには大きな荷物を持ったフランが仁王立ちしていた。
「フラン?」
なんか変な事やってる幼馴染みに、俺も皿を置いて近づいた。
「お前、何やってんだ? その荷物は?」
「······」
じっと真剣な眼差しで見上げてくるフラン。その口から、これまた似つかわしくない堅苦しい言葉が吐き出された。
「こちらで新しい商売を始めたと聞いてやって来ました。ぜひ、私を雇って下さい! トレイル店長!」
「店長?」
そんな肩書き無いが。いや、それより──
「フラン、お前何言ってんだ?」
「······雇ってもらえますか? 駄目ですか?」
「······」
真っ直ぐに俺を見ている。
そうか。これはフランなりのけじめか。
俺との関係上、『一緒に働かせてよ~』とか軽く言っても俺ならオーケーするのが分かってるから、こうやって自分から一線引いたのだろう。せめて最初だけはちゃんとした形で、と。
「······ぷっ」
相変わらず、真面目なやつ。
「あー、君。戦闘は得意かね?」
「はい! 全属性の最上級魔法をマスターしてます!」
「素晴らしい! ぜひここで働いてくれ!」
「!! はいっ!」
ペコーンっとお辞儀したフランの頭を撫でる。
「ほれ、もういいぞ。これで晴れて俺らはパートナーだ」
「······あーっ! 緊張したー!」
プハアと息を吐き出す。
「断られたらどうしようかって心配したよ」
「んな訳無いだろ。むしろ俺から何時誘おうかって悩んでたくらいだ」
「本当? えへへ······」
満面の笑顔のフランの荷物を持って、ナズの元に戻る。
「だが、昨日みたいに嫌み言われたり、尊敬される仕事じゃないぞ? 覚悟は良いか?」
「もちろん! お仕事だもん、トレイルの指示に従うよ!」
「そうか。なら、まずは君のその優秀な胸部からじっくり堪能させて──いってええ!?」
スパーンッと、杖で尻を叩かれた。
こうして、俺らは三人になった。
まだ名前も方針も決まってないこの謎商売の初期メンバー誕生の瞬間だ。
これはきっと後の歴史に語られる瞬間だ。
知らんけど。
お疲れ様です。次話に続きます。




