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夜の気配がその凄惨な光景を薄く隠しているが、怒号や悲鳴、それに爆音などはまだ至る所から聞こえてくる。
「ともかく、戦闘開始だ。全部を倒す必要はない。その内援軍が到着して、敵を殲滅するだろう。俺らはそれまでの間に厄介な上級モンスターを中心に撃破していくぞ」
「了解」
ここからどうするべきか。この通りの惨状を見るに被害範囲が大き過ぎて焦点を絞れない。
「シヴィ、お前の探知スキルで上級モンスターを見分ける事は出来ないか?」
「大体なら。正確性は欠けるけどね」
そう言って、目を瞑るシヴィ。体に淡い光が宿る。
「······こっち、東の方に三つくらい。多分だけど、ジャイロックバードみたいな奴だと思う」
「よし、東へ行こう。こっちの道からなら最短で東通りに出れる」
すぐに移動を開始する。
かつて住んでいた町だ。市街地の道も大体なら分かる。
以前慣れ親しんでいた町は、今では別世界のように荒れている。
民家や店の中には何人か人も居た。モンスターから隠れているのだろう。
「住民は自主的に避難したりしてるみたいだ。俺らは討伐に集中しよう」
「ええ、そうですわね」
俺らは軍人でもなければ衛兵でもない。雇われの傭兵みたいなもんだ。だから、民間人の安全よりもモンスター討伐が優先ではある。
だが、それでも気にならない訳ではなく、皆そわそわしている。
俺らがやるべき事は迅速に脅威を排除する事だ。
「悲鳴が近い。すぐに戦闘になるぞ」
あらかじめ増強剤を飲んでおき、東の通りへと出る。東通りはちょっとした広場にもなっており、もし軍が展開するならここが中心となるはずだ。
予想通り、広場には大勢の兵士とモンスターが入り乱れており、激しい乱戦となっていた。
移動式の大砲から、固定用の魔道杖まで用意されており、高火力な攻撃があちこちに火を噴いている。
「味方からの誤射に気をつけて戦え!」
俺らも戦線に突っ込む。
『ギャギイッ』
『ギャギャギャッ』
俺らに背を向ける形でゴブリン達が隊列を組んで矢を射っている。その脇をオーガやアーミアントが固めている。明らかに統率が取れた陣形だ。
だが、奴らは正面の大部隊に気をとられていて、まだ俺らは気づかれていない。
「フラン、フルト、シヴィ、奴らの足下を封じてくれ!」
咄嗟の判断が一致したのだろう。三人はすぐに的確な攻撃を開始した。
「アブソリュート・ゼロ!!」
「フリーズショット・クラスター!」
「っ!」
息も凍る冷気の弾丸、氷柱の大群、そして氷雪を纏った矢。
それらがゴブリン部隊に命中し、真っ白な冷気が辺りを包む。
ゴブリンとオーガが獣の叫びのような悲鳴を上げながら逃げようとするが、足下が凍りついたせいで躓いていく。
「はあっ!」
「せいやあ!!」
そこへ俺とヴィオラで一気に仕掛け、止めを刺していく。何体かは当然抵抗してきたが、それもいなして切り捨てる。
『ギイイッ』
「はっ!」
──ズバッ──
『ゴオオッ』
「はいいぃっ!!」
──ズダアンッ──
弓隊列を崩すと、すぐに四方から新手が現れる。アイアンバグを先頭にして、ブルーピットとサイスマンティスの小隊が向かってくる。
──ヒュッヒュッ──ガアンッ、ガッ──
シヴィの矢がマンティス目掛けて放たれるが、それをアイアンバグの硬い甲殻が防ぐ。
「くそっ、味な真似しやがって!」
「大丈夫っ!」
シヴィがポーチからビール瓶を取り出す。コルクの蓋を取り、そこに布切れを詰めて魔法で火を点ける。
「ほいなっ!」
それを力強くアイアンバグに投げつけると、爆発するように炎がボワッと上がって、あっという間に火の海になる。
「サラマンダーの燃焼成分入りのとっておきさ!」
胸がむかつくような臭いを吹き上げ、バグ達が火だるまになって転がっていく。
前進が止まったマンティスとブルーピットの甲殻の隙間に矢が突き刺さっていく。
「せいやっ!」
──ズッドオッ──
『ブモオッ······』
突進してきたドンボア達をフランが生み出した土の壁が押さえ、そこへヴィオラが大剣を叩き込む。
俺らを包囲した敵はあらかた返り討ちにしたが、新たに巨大な影がこちらへ地響きを立てながら向かってきた。
「っ! こいつはっ······」
軽く揺れる地面、土と小石を蹴散らしながら突っ込んできたのはジャイロックバードだ。
しかし、そのジャイロックバードの上には──
『グゴオオッ』
棍棒を振り上げたオーガが跨がっている。
しかもそれは一つだけではなく、別の方向からも同じような騎兵と化したオーガとバードのコンビが地響きを立てて向かって来ていた。
「散開っ!」
全員に回避を指示しつつ、俺は正面へと躍り出る。
危険だが、注意を引き付けなければ縦横無尽に動き回られて厄介だ。
一体は俺が相手をし、もう一方は四人に任せるしかない。
出力を高めた炎属性で火を纏い、それを飛ばすように振るう。火炎の斬撃がジャイロックバードの顔面に直撃し、突進を怯ませた。
その隙に横に避け、足踏みしている相手の脇腹へと肉薄する。バードはまだ反応していないが、その上のオーガは俺を真っ直ぐ見定めていた。
『グゴオッ』
丸太のような棍棒が唸りを上げて頭の上にと落ちてくる。
それを躱しざま、斬る。真ん中で切断された棍棒は重い音を立てて地面に落ちた。
「せりゃあっ!」
オーガの攻撃が届かなくなった瞬間、バードの大きな眼が俺を捉えた。
そこへ、先に攻撃を叩き込む。強靭な足の付け根に氷属性の一刀を入れた。
ビクリと大きく跳ねるジャイロックバード。しかし、同時にその足が凄まじい速さで唸りを上げて飛んでくる。
「くっ!」
鉈のような爪をすれすれで避け、さらに高速の太刀を四度浴びせる。
『ゴゲゲエエッ』
巨体がグラリと揺れて前のめりになり、上に居たオーガが投げ出される。
「はあっ!」
それを飛び越えるように跳躍し、風属性の刃をバードの首筋に走らせる。
凶暴な口ばしが宙を舞いながらも大きく開かれ、勢いよく噴き出した血しぶきが雨のように降る。
斬首の勢いのまま滑り込むように着地すると、すぐ目の前にオーガの剛腕が迫ってきていた。
「らあっ!!」
身を捻ってそれを躱し、極限まで高められた氷属性の切っ先を心臓部分へと突き刺す。
オーガは声も上げずに体を大きく痙攣させ、そのまま砂ぼこりを立てて倒れた。
「もう一体はっ······」
休む間も無く確認すると、もう一体の方は既にジャイロックバードが地面に伏しており、オーガはヴィオラによって叩き斬られているところだった。
お疲れ様です。次話に続きます。