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馬を貸してもらい、夕日によって緋色になった草原の上を疾走する。
全員元軍人なので、それなりの騎乗経験はある。隊列を成して駆けていく。耳元を切る風が冷たい。
少し後ろを走るフルトへ叫ぶ。
「おいフルトっ、お前の乗ってる馬、この間のレースで大穴だった奴だぞ!」
「こんな時にそんな話してる場合かいっ?」
「ああ、大事な話だ! この仕事が終われば大金がガッポリだっ。そしたら一緒にリベンジだぞ! そのためにデータを集めて理論を組み立ててくれっ」
「もうその話は止めてくれっ、本当に反省してるんだっ」
「なーに言ってんだっ、またお前の理論に世話になるつもりなんだからな!」
「君も反省しろっ!」
「もうっ! 緊張感無いんだから!」
「あの人に真面目という言葉は似合いませんもの、これくらいがちょうど良いですわ~」
「あっはははは! ほんと馬鹿だねえ」
風を切るのは気持ちいいが、少し冷える。それに辺りはどんどん薄暗くなっていく。
その時間の経過が景色として、肌を通して身に染みてくる。
不気味な夜の気配が。闇の気配が。
俺らが向かっているルゴダの状況はほとんど分かっていない。
どんなクエストになるか。本当に魔王軍が現れたのか。
はっきり言って、少し不気味だ。
こんな時に黙ってたら、ますます不安を煽ってしまう。紛らわせるためには冗談が一番だ。
「なあ、シヴィっ。この中で魔王軍との実戦経験があるのはお前だけだっ。普通のモンスターとの戦闘の違いとか、気をつけなくちゃいけない事を教えてくれ!」
後方で走るシヴィに怒鳴るように言うと、同じく大きな声で返ってきた。
「強さ自体はそんなに変わんないよ! でもっ、本来なら互いに争うモンスター同士がこっちにまっしぐらになるっ。統率されてて、ある程度戦略的な動きをするから、烏合の衆な人間の軍くらいには考えてた方が良いかもっ!」
「了解っ!」
それなら俺らの方が連携は完璧だから有利だろう。
問題なのは数だ。
衛兵からの通達によると、ルゴダを守る守備隊が何羽もの伝書鳩を近隣に飛ばして緊急の援軍依頼をかけているらしい。
あのオリヴィエとかいう執行議員も、俺らへの依頼要請を書いた伝聞を飛ばしてきた訳だが、そこに書かれた短い内容からでも『ルゴダの守備隊には手に終えない戦力』が攻撃している事が記されていたそうだ。
「詳細が分からないが、上級モンスターが居る事だけは確実だっ。激しい戦いになるぞ!」
「「「おおっ!」」」
手綱を握りしめ、ルゴダへと急ぐ。
数分の後、ルゴダの町が見えてきた。城壁の上の部分だけが緋色に染まっている。
ほんの少し前まで、俺も兵士として暮らしていた町だ。
「見えてきたっ! 急ぐぞっ!」
「!! トレイルっ、あれ!」
シヴィが声を上げる。
「城門がっ!」
「っ!?」
南門に蠢く巨大な影。いや、それは巨大なのではなく、まるで一つの生き物のように密集したモンスター。
アーミアント、アイアンバグ、スライムなどのモンスターの大群だ。
「すごい数だ」
「どうする?!」
「依頼内容はモンスターの駆逐だ! 行くしかない!」
ざっと見積もっても、100体近くは居る。しかし、幸いな事に密集しているから先制攻撃で一気に削れる。
「フランっ、やれるか?」
「任せてっ!」
「シヴィっ、こっち来てくれ!」
馬の速度を落としながら、シヴィと並ぶ。
「ターナ特製の火炎玉だっ。矢じりに付けてくれ!」
「専用の矢も貰ってるからねっ、任せとき!」
俺とヴィオラとフルトは散会し、フラン達の奇襲へ合わせるため移動する。
ほとんど並んだ二人が先制攻撃を仕掛ける。
「大いなる炎の精霊よ! 『サラマンドル・ルーデ』!!」
フランの詠唱の後、杖の先に巨大な炎の砲弾が生まれ、すぐに放たれる。その大火力に馬が思わず暴れてフランが飛び降りる。
火球はモンスターの大群のど真ん中に飛び込んだ。
──ゴオオオオオオオオオオッ──
着弾と共に激しく燃え上がる炎の柱。城壁をも越える勢いの炎が全てを燃やし尽くす。
──ヒュヒュッ、ヒュンッ──
そこへ、火炎玉を装着した矢が走る。
四本の矢は、火炎柱を避けて生き残ったいくつかのグループに正確に狙いを定めていた。
──ドオオオッ、オオオオッ──
たちまち爆炎が四つ瞬き、また何体ものモンスターがあっという間に黒こげにされていく。
「サンダー・ダートっ!」
既に右翼に回っていたフルトが馬から降りて魔法攻撃を開始する。まだ揺らめく炎の中へと稲妻の光がバチバチと光ってカオスな光景へと変わる。
ヴィオラはフランと並ぶように正面、俺は左翼から接近する。
『ギチギチギチッ······』
『ジュルルルルッ······』
炙り出されて散り散りになるモンスター達。それらへ──
「はっ!」
──ズバッ──
「せっ!」
──ザシャッ──
「ふっ!」
──ズシャアッ──
風属性を纏った太刀を浴びせていく。
突然の強火力な奇襲を受けたモンスター達はまともに戦う事も出来ず、ほんとんど撃破された。
「せやああっ!」
──ズダンッ──
ヴィオラによる重撃で、数体のモンスターが枯れ葉のように蹴散らされた時点で、門にたかっていた一団はほぼ全滅した。
奇襲は大成功だ。
「ふうっ。みんな、平気か?」
「うんっ! バッチシ決まったね!」
「ああ。いきなり大戦果だな」
まだ何体か残ってはいるが、ほとんどが負傷していて動けないようだ。
「よし、このまま町に入るぞ。今の状況が知りたい」
「なら、覚悟した方がいいよ」
馬から降りたシヴィがキリリと弦を引き絞る。
「町の中の数が尋常じゃない。今倒した集団の10倍くらい居るよ」
「そ、そんなに?」
面食らうフラン。
「さ、流石に今レベルの魔法は十発も撃てないなあ」
「ご安心なさいな、フランさん。私の一撃なら纏めて屠れますわ」
「······ともかく、危険な戦いになりそうだね」
「ああ、そう言う事だ。行くぞ」
気を引き締めて門へ向かう。
辺りは熱気と、モンスターらの焦げた臭いにより、とても長居出来ない状態だった。全員で急いで駆け抜ける。
こうして、俺らは改めてルゴダへと潜入を果たした。
のだが──
「これは······」
勇んで入った俺らを迎えたのは凄惨な光景。
南通りは他の町と同じく市場のように露店が並ぶ場所だったのだが、そこは完全に破壊されていた。
壊れた屋台の屋根や、散乱している商品らしき陶器。ぐしゃぐしゃになった果物。
そして、至る所に落ちてるモンスターの死骸に、人間の死体。
「······」
「ひ、ひどい······」
「これは、本当に戦時中を思い出すね······」
生まれて初めて見る異様な光景に、シヴィ以外はみんな衝撃を受けたのだった。
お疲れ様です。次話に続きます。