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「そんな事があったなんてねえ」

「不愉快ですわ。あの愚かなブルグルッドの男がそんな蛮行を及ぼしていたなんて。私が居たらぶっ飛ばして差し上げましたわ」

「そんな事したら大問題だよ。ただでさえ名門の貴族なのに、現執行議員の息子なんだから」


 憤るヴィオラをなだめるように苦笑するフルト。


「僕も強ければなあ。避けて無力化とか出来ればトレイルの手を煩わせなくて済んだのに」

「気にすんなよ。知のフルト、技のトレイルと言われた仲だろ?」

「言われた事なんかあったっけ?」

「おっと、違った。勝負師のトレイル、理論家のフルトだったな」

「全く聞いた覚えないよ。て言うか、それなのに二人して賭け事は惨敗ばかりだし」

「形無しだな」


 俺もフルトも思わず笑った。どうやら大した怪我はなかったようだ。幸い、マリーさんも今はフランのヒールのお陰で痛みも無いし、傷痕も残らなかった。


 その後すぐに入れ違いになるようにシヴィとヴィオラも帰ってきて、今はみんなで酒場に入っている。



「叔母さんに鞭だなんて······う~っ! 今から追いかけて馬車ごと吹っ飛ばしちゃおうか!」

「止めなさいフラン。せっかくトレイル君が問題なく解決してくれたのに貴女が台無しにしてどうするの」

「う~、だって~」


 ジュースをチビチビとやるフラン。


「あいつ大っ嫌い! 軍に居た時だってトレイルにダル絡みするし、私にだって······信じられるルッカちゃん? 『貴様も無知な庶民だが、容姿は及第点だ。愛人にしてやる』とか言ってきたんだよ?!」

「ちょっと信じられないね······私も何度かすれ違う事はあったけど、その度にすごく睨まれて······」

「私もあの愚かな──ああ、いちいち言うのも煩わしいですわ。あまり汚い言葉は使いたくありませんが、あの馬鹿男とは何度か鉢合わせになる事がありましたわ。『貴様が貴族などと──』なんて事を言うもんですから『貴方のような害虫こそ貴族なんて相応しくないんしゃない?』と睨み返してあげましたら尻尾を巻いて逃げて行きましたけど」


 元軍属の同期からは奴の悪行の証言がひっきりなしに飛び出した。


「トレイルは確か同じ中隊に配属されてたね」

「まあな。遠征で一緒になった時はダルかった。あいつはノビリティ主義を隠すどころか、むしろ誇りに思ってるってぐらいに高らかに差別発言しまくってたからな。まともな同僚とかは嫌な顔してた」


 俺なんか顔見合わせる度にクズだゴミだ無能だと言われてたしな。まあ、相手の方がどうしようもない事は分かってるから怒る気にもならなかったが。


「ナズ、ターナ、怖かったろ。大丈夫か?」

「はい。私は······」

「でも、オラのせいで女将さんが······」

「お前らのせいなんかじゃないさ。全部あのクソ野郎が悪い」

「こーら、トレイル君。子供の前で汚い言葉を使わないの」


 マリーさんが柔らかくたしなめる。

 大した怪我はなかったとは言え、マリーさんも辛い目に合わせてしまった。


「マリーさんもすみません。帰りが遅くなってあんな事に······。俺が初めから居ればあいつだって何にも出来なかったろうに」

「貴方のせいでもないでしょ? 気にしないで。それに、助けてくれてありがとう。カッコ良かったわよ。フルト君もね」

「いえ、僕は······」

「お、フルト照れやがって。この人妻キラ~」

「き、君はよくそんな品の無い冗談を······」


 幸い、被害者である皆の傷は身体にも心にもほとんど残ってないようだったので、そこはまだ良かった。


 しかし······。


「あいつ、ここに何しに来たんだ? まさか俺がここに居るって事を聞いて嫌がらせに来たのか?」

「違うんじゃない? だって、トレイルを見た時のスティングは驚いた顔してたし」


 フランの言う通り、あいつは驚いていた。となれば俺が居る事は知らなかったか。

 じゃあ、何だろう。


 考えを巡らしてると、ナズがおずおずと述べた。


「あの、なんか責任者を出せって言ってました。理由は言ってませんでしたが、少なくとも嫌がらせとかではなく、何か用があったのは間違いないみたいです」

「ふーん。あいつがねえ······」


 モンスター関連で困り事があったのだろうか。あいつなら金と権力でいくらでも解決出来そうだが、俺らじゃないと手に負えないような依頼があったのだろうか。

 もっとも、そんな事があっても自分でどうにかしようと行動すらしない奴だ。素直に依頼に来たとは思えん。


「普通に客として来たなら別に依頼は受けたんだが、あいつにはその普通すら無理だったみたいだな。まあ、どうしようもない奴なのは知ってたが······」

「へえ~。あのトレイルがそんなにクソミソに言うんだ。ちょっと見てみたかったかも」


 唯一面識の無いシヴィが冗談交じりに言った。


「あんたにも嫌いな人間とか居るんだねえ」

「まあな。唯一って言ってもいいくらいだが。つうか、あんなの好きな奴なんか居るのか?」


 まあ、同じ貴族同士ではそれなりに人気な奴なんだろうが。


「でも、キレたトレイルかあ。あたしも見てみたかったな」

「あのなあ······」


 好き好んでキレた訳じゃないんだぞ。


「そうそうっ! あんなにピリッとしたトレイル何年ぶりだろう。子供の時に一回だけ見た事あったって感じかなー」

「怒ったお顔も凛々しくて素敵でございました。私、ますますキュンっとなってしまいました。しかし、やはりトレイル様はいつもの爽やかなままが一番でございます」

「私も一目見たかったですわ~。トレイルさん、踏んづけてあげるから怒ってみて下さらない?」

「オラも店長には笑っていて欲しいだよ~」

「お前らなあ、気まずいネタでいじるのは止めてくんねえか?」


 まったく、怒るぞ。

 なんて思っても怒りなんか湧いてこないんだよなこれが。

 正直言って、俺もあんなにキレたのはずいぶん久しぶりだったしな。


「ともかく、キレネタは禁止だ。そんな事より飯にしよう、飯」

「そうだったー。お腹ペコペコなんだよ~。叔母さーん、ご飯作ろうよー」

「はいはい。リサさん、手伝ってくれる? 今日はメニューを豪華にしましょう」

「承知いたしました」



 思わぬ事件があったが、俺らの日常には少しの波紋だけ残して終わった。


 あんな馬鹿の事思い出すだけ無駄なので、今日はもう飯にしよう。


「······」

「ん? どったの、トレイル」

「いや······」



 だが······何だろう、この感じは。


 何の根拠も無いが······何か得体の知れない胸騒ぎが、俺の中で予感のように渦巻いている。



お疲れ様です。次話に続きます。

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