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 初夏の湿った空気が、とっぷりと溶け込み始めた夜の気配が漂う頃······。



 スティングの書斎に、あの不気味な黒魔道士の姿があった。


「例の件ですが、準備はほぼ完了いたしました」

「遅かったな。もう一ヶ月を過ぎたぞ」

「申し訳ありません。何分、ご要望の演出を実現させるには()()()()()()()が必要になりますから······」

「ふん、まあいいさ」


 スティングがテーブルの上に地図を広げる。ルゴダの地図だ。一般に出回り、旅人などが愛用する略図ではなく、役所が作成している正確で緻密な物だ。


「いいか? ここが宿舎でこっちが庶民街だ。それでこっちが中枢区だ。ここは僕の家が所有するゲストハウスがあるから襲わないようにしろ」

「かしこまりました。この丸で囲われた部分は?」

「ここが()()となる区画だ。安心しろ、ここは貧民しか住んでない地域だ。何をしたっていい」

「そうですか」


 魔道士の男はニヤリと笑った。


「それでは、当日の段取りを教えて頂きましょう」

「まず、お前は例の術でモンスターを呼び寄せて、この南門から襲え。僕はそのタイミングで反対の北門で備える。十分かそこらで騒ぎはこっちにまで伝わるだろう。そしたら、僕は予め打ち合わせしてある部下を引き連れて現場へ急行する──」


 当日の行動、段取りを事細かに説明するスティング。どこからどこまでを襲っていいか、どのくらいの時間をかけるか、主役である自分が来たらどうするか。


 男はその話を常に薄笑いを浮かべながら聞いていた。

 男は闇の社会の人間ではあったが──一般常識は理解していた。

 今目の前で幼稚な策略を立てている哀れな若造に対して、心の内では蔑視しているのだ。



「そうだ。もう一つやろうと思っている事がある」

「何でしょう?」

「今回、他にも出演させたい輩が居る」

「ほう、どんな輩ですかな?」

「民間の傭兵みたいなやつらだ。もう調べてあるが、パデスの町に拠点があるらしい」

「おや。ルゴダの隣ですな」

「そいつらを最初にモンスターと戦わせたいんだ。かませ犬だな。だから、もしそいつらが当日に来たらその時だけは本気で殺してもいい」

「承知しました」


 妙な集団がパデスの町で聞き慣れない仕事をしているという情報をスティングは既に入手していた。

 その連中は腕が立つらしく、なかなかの評判らしいと彼も聞くところではあったが、懐疑的であった。


(どうせ何かセコい手を使ってるに違いない。あるいは、こいつみたいな黒魔術に長けていて、自作自演しているのかもな)


 それに違いない。彼は今思いついた推理が最もしっくりきた。


「そいつらにも偽の依頼を出しておく。作戦当日に僕の警護をするようにってな。そして、騒ぎを聞きつけたところで緊急の依頼をする。奴らは無様に逃げ出すか、あるいは無謀にもモンスターに立ち向かって全滅さ。実力は偽物でも、その名声は確かだから、周囲はさらにモンスターに恐怖するだろう。そうすれば、ますます僕の活躍が際立つ訳だ」

「それはそれは。では、その特別ゲスト達は死なせても問題無いのですな?」

「むしろ何人か殺してくれた方が望ましいな」


 己の計略に陶酔しているスティングは事も無げに言ってみせた。


「僕を引き立たせる役者達は劇的に散った方が印象に残るからな」

「承知しました」

「さて、もっと細かい手筈を詰めていくぞ」



 密談はしばらく続き、魔道士の男が帰った頃は大分夜も更けていた。


「あと少しの辛抱だ······」


 窓から星空を眺めながら、スティングは一人呟いた。


(事は順調に進んでいる。もうすぐ、僕の名誉が取り戻せる。そうすれば、愚かな連中の目だって覚めるはずだ)


「······やはり、一目見ておいた方が良いな」


 そう言うと、スティングは呼び鈴を鳴らした。

 すぐに執事が現れ、スティングの命令をその白髪頭を下げて待つ。


「例のモンスター討伐の専門家の件だが······」

「冒険者ギルドの事ですね?」

「冒険者ギルド?」


 聞き慣れない単語にスティングが訝しげに振り向く。


「何だそれは」

「例の専門家でございます。少し前まではスレイヤー屋と名乗っていましたが、数週間前から冒険者ギルドと名を改めたそうです」

「ふーん。まあ、それはどうでもいい。その冒険者ギルドなんだが、依頼をする事にした」

「かしこまりました。詳細をお申し付け下さい」

「いや、僕が直接行く事にした」


 スティングがそう言うと、執事は細い目の奥を瞬かせた。


「坊っちゃま自らが?」

「ああ、そうだ。この目で一度見ておきたくてな。僕の人生を狂わすハメになった忌々しい奴らの面を」


 苦い表情の中にも、不適な笑みが滲み出していた。もうすぐその元凶達も悲惨な運命を辿ると知っているからだ。


「明日か明後日辺りに行く。スケジュールを組んでおけ」

「かしこまりました」


 静かに出ていく執事から目を離し、スティングはもう一度外の夜空を見上げた。


(フフフ。全ては僕の思い通りだ。楽しみじゃないか。もうすぐ、この溜まりに溜まった鬱憤を晴らせるんだからな)



 月の無い夜は無言で沈んでいった。


お疲れ様です。次話に続きます。

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