148
「──であるからにして、復興予算の負担は各領主の責務であり、これは人民の──」
「異議あり! 新興派の政策失敗こそ昨今の不況を招いた。よって、これは新興派の党が自己負担して取り組まなければならない内容だ!」
「しかし、人民の財産は減収を辿る一方、貴族の財産はさらに増えている。これは私利私欲に走った領主達の過ちによる混乱でもある!」
「いや、軍縮の決定を下して多くの人間を路頭へ迷わせた現執行議員並びにその最大勢力の新興派の責任だ!」
「擦り付けは止めてもらおう! その軍縮の削減計画を担ったのは保守派だ!」
「なんだと?!」
「静粛に! 静粛に!!」
講堂に木槌を叩く音が鳴り響くが、怒号や罵倒は引き下がろうとはしなかった。
「貴様ら庶民ごときでは、市井を支配する伝統を理解出来んのだ!!」
「議長! 今の発言は議会への侮辱罪に当たります! 厳格な裁きを!」
「そちらこそ侮辱ばかりしてるだろう! 我々の伝統や文化に対しての理解なき罵詈雑言で神聖なる議論の場を汚している!」
「伝統? どうやったらそのみっともない腹をさらに醜く出来るかという伝統か?」
「き、貴様あっ!!」
「静粛に!! 静粛に!!」
講堂内は怒声が飛び交い、その中に論理的な言葉はほとんど含まれていなかった。
「うんざりだわ」
「大変でしたね」
講堂を内したセレモニーホール。その屋上にて、新興派議員のオリヴィエとパーヴォンの二人は揃ってため息を吐いた。
「議論の大半が責任の擦り付け合い。相手への批判、侮辱。議題の半分も進まなかったわ」
「ええ。あの様子では後半も遅々として進まないでしょう」
二人はまた重い息を吐露した。
議会は一度閉廷となった。感情的になった議員が罵倒の応酬を繰り広げ、ついには乱闘騒ぎになりかけたので、議長が一旦休憩を入れる判断を下したのだ。
まるで子供の喧嘩のように荒れてしまった議会から、オリヴィエ達は辟易しながら退場したのだ。
「保守派は相変わらずだけれども、私達の新興派にも少し過激な意見を言う者も増えたわね」
「若い党員の中には過激派に傾倒する者も居ますから」
「困ったわね。今は人間同士で争ってる時ではないのに」
オリヴィエは手すりにもたれると、ボンヤリそこからの景色を眺めた。美しく栄えた町の屋根の向こうに、青い海が見えた。
「······パーヴォン。貴方は勇者に会った事ある?」
「勇者?」
脈略のない唐突な質問に、パーヴォンは首を傾げた。
「いえ。ありません。私も後方支援部隊として何度か戦闘は経験していますが······勇者が居たのはほとんど最前線でしたから」
「······まだ私が五歳だったくらい。住んでいた町が魔王軍に襲われた」
オリヴィエは空を見上げた。
夏の近づいた空は痛いほどに青く、太陽も力強く光を注いでいる。
「小さな町だったわ。その頃の事なんてほとんど覚えてないけど、あの時の光景だけは忘れない。赤く荒れ狂う炎の中を、母親に抱かれて、父親に何度も頭を押さえられて。たくさんの悲鳴の間を縫っていった」
「······」
「たまに、夢にも出てくる」
眼下に広がる王都。そこはかつての人類の繁栄が、唯一そのまま残された都市だ。知恵と技術の結晶が町を造り上げ、そこに営む人々が町を育てた。
「何か恐ろしい牙が目の前いっぱいになったわ。苦しいくらいに母が私を抱き締めた。その時だったわ。あの美しい光の刃が私の瞳に焼き付いたのは」
「光の刃?」
振り向いたオリヴィエは静かな微笑みをたたえていた。
「勇者の剣よ。美しくて、温かい、神秘的な光の剣を持っていた。その剣はどんなモンスターの強靭な肉体をも容易く切り裂いたわ。気がついたら、私の両親は泣いていた。泣いて、泣いてその人に何か言っていた。私だけ、何が起こったのか分からなかったわ」
肺の奥に溜まった空気がゆっくりと抜ける音がした。
「あの時、勇者が来てくれなかったら私も両親もこの世には居なかった。その先の未來は全て消え去り、同じような犠牲が多く生まれたでしょうね」
「そんな事が······」
「モンスターは恐ろしいわ」
オリヴィエは静かに言った。
「軍がまともに機能していない今、人々をどうにかして守らなければならない。どうにかして······でも、議会に座ってるだけでは何も変えられそうにないわ」
そこまで、言い、また落胆するように声を落とした。
今日の議題──というより、今現在対策が急がれている案件がある。
それはモンスター対策。
ここ数ヶ月間、モンスターによる人的被害と経済ダメージは決して放っておけないほど深刻化している。
「研究機関からの報告では『モンスターの野生化が定着しつつあり、生態系が安定し始めた事によって繁殖及び生息圏の拡大が被害をもたらしている』だったわね」
「はい。実は以前からそういう研究報告は軍内部でも上がっていたらしいのですが、その報告者達の人種や身分を軽視した責任者がまともに受け止めなかったらしく······」
「つくづく嫌になるわね」
今の軍は無能ばかり多く残されている事も、オリヴィエの耳には入っていた。
「今は人類が人種関係なく力を合わせて困難を乗り越える時。それなのに、私達がやる事は相手の批判ばかり。そうこうしてる内にモンスターが人々を苦しめている。どうにかして、軍を再建出来ないかしら?」
「······その件なのですが、実は興味深い話を耳にしまして」
「興味深い話?」
パーヴォンの言葉にオリヴィエが顔を上げる。
「何かしら」
「先日、行商をしている友人と食事をしていた時に妙な噂を聞きまして。パデスの町に『モンスター討伐専門の業者』があるらしく······」
「モンスターの?」
聞き返すオリヴィエ。
「傭兵?」
「いえ、それが詳しくは······しかし、最近商人の間で噂になってるそうです。貴重なモンスターの素材や薬草を売ってくれたり、危険なモンスターが出現した商業ルートで安全を確保してくれたり。たった数人でワイバーンを倒したなんて話も出ました。これは眉唾物ですが」
「······その業者の名前は分かるかしら?」
「はい。聞いた事のない珍しい名前でしたから」
パーヴォンは自分で確認するように言った。
「『冒険者ギルド』だそうです」
お疲れ様です。次話に続きます。