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フランとギルドを出て、北通りに下りる。
「それじゃあトレイル隊長っ。ズバリ、私達の最初の目標はどこですか?」
「おう、このまま北門方面へと向かう」
「なるほどっ。まずは衛兵の皆さんにお願いだね。門に貼ってもらえれば凄い目立つもんね」
「ああ、それ良いな。そっちも行くか」
「え? という事は、目的地は別?」
「おう。俺らが最初に行く所は別だ」
「えー? どこかな~。他にお世話になったお客さんと言えば~······あっ、木こりのおじさん達の所?」
「いや。クライアントの場所じゃない」
「え?」
「ま、ついてくりゃ分かるさ」
首を傾げるフランを連れて、のんびりと通りを歩く。
町は今日も変わらず平和で、人々の営みは穏やかなまま続いている。
露店に物珍しそうに群がる人だかりも、そこで買ったのか、奇妙なオモチャを振り回して駆けていく子供らの楽しそうな声。
もうすぐ夏なのに、強すぎない日射しとサラリとして爽やかな風。
「良い天気だなぁ」
「そうだねえ。それに、なんか平和~って感じ」
この平和は、人類が長く苦しい時代を生き抜いてやっと手に入れたものだ。
けど、今また静かに影が忍び寄っている。
それは、魔王なんていう厄災ではなく、日常に溶け込みつつある脅威だ。
モンスターという、身近になってしまった脅威。それが、こんな暮らしを脅かしつつある。
利己的な事情があるにせよ、そんな脅威から、こんな風景を守っているのかと思うと、満更でもない気持ちになってくる。
俺がもし、モンスターの居ない時代とか、世界に生まれたら、どんな暮らしをしてたんだろうな。
想像つかないな。
けど、もし俺がモンスターとの戦いなんて苦手だったら、どうしていたんだろうな。
「なあ、フラン。お前がもし魔法の才能とか無くて、普通に生活してかなくちゃならなかったら何して暮らす?」
「どうしたの、突然」
「ん。いや、こうやって町の風景とか眺めてたら考えちまってよ。俺って、戦う以外に何が出来るんだろなーってよ」
「ん~············ギャンブラー、とか?」
「それだっ!」
「冗談だよ~。そんな不健全な生き方ダメッ」
むんっと指を差してくるフラン。
「人間真面目に生きるのがベストなんだから。一攫千金なんてもっての他だよ」
「今度シヴィに言っとくわ」
「う、シヴィさんはいいのっ。ああいう生き方なんだから」
「何だそりゃ」
「だって、結婚とかしたら一攫千金だ~なんて言ってらんないでしょ?」
何故か俺が所帯持ちになる前提の話らしい。
「まあ、もし結婚とかしたらそうかもな。そしたら······何の仕事だろうなぁ。モンスター討伐以外に······」
「······ねえ、トレイル。何でそんな話いきなり出したの?」
「ん? 結婚の事か?」
「そ、そうじゃなくて。モンスター討伐以外の仕事とか」
「いや、なんとなくだ。と言うか、まあ······もしやるなら酒場とか良いと思ってな」
「そうなの?」
「ああ。夫婦でさ、店持って、そこで頑張るとか。そういうのって、楽しいのかもなって」
「!! そ、それって、つまり、も、もしかして、わ、私とあの、ギルドの酒場で、夫婦で、一生一緒に楽しくあんな事や、こんな事ゴニョゴニョ······」
「お、着いたぞ」
なんて事を話してたら目的地に着いた。
「着いたぞ、フラン。ほら、ここ······って、フラン?」
「えへ、えへへ······子供は四人欲しいかな······それで、お休みの日はみんなでピクニックで······」
「おーい?」
「はわんびゃあっ?! な、なな、なにっ、トレイル?!」
「いや、目的地に着いたんだが······どうかしたのか? 何か独り言ブツブツ行ってたみたいだが」
「な、何でもないよ~! さ、さっ、早くお店に入ろう! わ~、良いお店っ! まるで私の家みたいっ······て、あれ?」
浮き足立っていたフランがピタリと止まって、その場で目の前の建物を見上げた。
「あれ? ここ、私ん家?」
「そうだ」
まあ、正しくは居候していた家、だが。
そう、俺らが来たのはフランの叔母さん、マリーさんの家だ。一ヶ月前くらいに少しだけ顔を出した事があるが、それ以来は来てない。
「え? 叔母さん家? あれ? トレイルは叔母さんにもビラをお願いするの?」
「それもアリだが、それより頼みたい事があってな。マリーさん、居るか?」
ノックしてみる。しかし、返事は無い。
「フラン、中見てきてくれ」
「待ってて······。ううん、鍵が閉まってる」
どうやら留守のようだ。
「叔母さん、仕事かなあ。今日はたしか休みだったはずだけど」
「そうか。うーん。買い物か?」
「かも······あっ」
「お? どうした?」
「もしかしたら······あそこかも」
フランと南地区に赴き、この町の墓地がある丘を登る。丘は少し急な傾斜で、市民が植えたらしきハーブなどの花があちこちで揺れている。
白い石の階段を上り、古めかしい門を開けて敷地へと入る。
「叔母さん、休みの日はよくここに来るみたいなの」
「そうか」
見晴らしの良い場所だ。二階立ての建物なら、ここから屋根が見渡せる。
そこらに墓石が並び、思い思いの花や、何か供えられている。
奥には大きな石碑も立っていた。
「魔王軍との戦争時代の物だって。この町もかなりの犠牲が出たみたいだから」
「こんなに穏やかなのにな」
使者の眠る青空の下、柔らかな芝を踏んで進むと、墓参りに来ている女性の背中が見えた。
「叔母さんだ······」
「······」
フランと一緒に、少し足音を立てながら近寄ると、マリーさんはこっちを振り向いた。
「あら、貴方達······」
「どうも。お久しぶりっすマリーさん」
マリーさんは俺を見て驚いたような顔をした。
「どうしてここに?」
「あのね、よくは分からないけどトレイルが何か用があるんだって」
「用? 私に?」
一体何の?と尋ねる叔母さんに、フランは首を横に振った。
「さあ。実は私もまだ知らないの」
マリーさんは俺に向き直った。
「トレイル君。何かしら?」
「はい。あのー、えーっと。なんて言いますかね。この度、俺達はスレイヤー屋改め冒険者ギルドって店になったんすよ」
「冒険者ギルド?」
首を傾げるマリーさん。
「冒険者って、あの? トレジャーハンターのような?」
「あ、はい。そうっす」
俺はフランと共に、これまでの経緯を簡単に説明した。
「お陰で今はたくさんの仲間と一緒にやれてます。それもこれも、マリーさんがあの店を貸してくれたからっすよ」
「そう······良かったわ。あの店も、まだ誰かの役に立てていたのね」
感慨深そうに言うマリーさん。嬉しそうな微笑みに見えるが、どこか寂しそうにも見える。
「······」
彼女の足下にある綺麗な墓標。新しい花が添えられている。
俺の視線に気づいたマリーさんが苦笑する。
「夫の墓よ。家に居ると気になっちゃって。こうやって暇な時は来るようにしてるの」
そう言って屈み、その墓石に語りかける。
「あなた。私達のお店。今は他の人が使ってくれているわ。これで少しはあなたの夢も報われたかしら」
「叔母さん······」
「······あー。マリーさん」
「あ。ごめんなさい」
我に返ったように立ち上がるマリーさん。今度は自嘲じみた苦笑を浮かべていた。
「ごめんなさいね、湿っぽい事して」
「いえ、そんな事はないっす。あそこで皆と暮らしてるからよく分かります。あの店、凄く良い所っすよ」
「······ありがとう」
「······それで、あの、本題なんすけど······マリーさん、今はどんなお仕事してるんすか?」
「え? 私の仕事?」
マリーさんとフランが意外そうな顔をする。
「今は中枢区通りのレストランで働いてるわ」
「そうっすか。そのお仕事は好きっすか?」
怪訝な顔が返ってきた。
「好きも嫌いも無いわ。生活のためだもの。やらなきゃいけないからやってるわ」
「そうっすか。えーっと······」
「もー、歯切れ悪くていつものトレイルらしくないよ! 叔母さんがおっかないのは分かるけど、言いたい事はハッキリ言わなきゃ」
「フランっ!」
「うっ、ほ、ほらおっかない」
「もうっ」
眉間に寄せたシワを消して、俺に向き直る。
「でも、フランの言う通りよ。言いたい事があるならハッキリ言ってちょうだい」
「じゃあ······あの、マリーさん」
マリーさんの真っ直ぐな視線と、フランの好奇心に満ちた眼差し。
「マリーさんが嫌じゃなかったらなんですけど、俺らの所で働きませんか?」
「え?」
「えっ!? あっ! もしかしてっ······」
やっと気づいたフランに苦笑をくれてやる。
「さっきお話した通り、俺らは冒険者ギルドに改名したと同時に色々新しい試みをしてて。それで、あそこを本来の用途、つまり宿と酒場としても復活させようって話になったんです」
「あそこを?」
「あ、モンスターの件なら心配しないで下さい。対策も考えてありますし、こっちは対モンスターのプロ集団っすから。ただ、宿や酒場としてのノウハウは無くて。一人、優秀なメイドの子は居るんすけど、やっぱり色々取り仕切ってくれる女将みたいな人が欲しいなーって思って······」
「············」
マリーさんはパチパチと目を瞬かせていた。
「それはつまり······でも、私は······」
「俺らはあくまで借りてる身っすけど、お金はちゃんと出します。けっこう繁盛してるんすよ」
「だけど······あそこは貴方達が苦労して今の現状まで持ってきたんでしょう? それなのに、私が······」
「叔母さん、トレイルはね、恩とか義理とかだけじゃないの。ちゃんと自分達も得する案だから話してるの。だから、後は······叔母さん次第だよ」
「············」
「どうすかね」
マリーさんはしばらく沈黙のまま考えていたが、その肩からフッと力が抜けていった。
「本当にいいの?」
「これ以上ないくらいの適任だと思ってるっす」
「············トレイル君、貴方の好みの料理は何かしら?」
「え? あー、やっぱ肉っすかね。スパイス濃いめの」
「······フラン、後で時間あったら買い物に付き合ってちょうだい」
マリーさんは背を向けると、墓地の入り口へと歩き出した。
「皆の好物を買い揃えておかないとね」
「! うんっ!」
フランが元気良く応えた。
去り際に見せたマリーさんの表情は、何か憑き物が取れたかのように軽くて明るかった。
お疲れ様です。次話に続きます。