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プロローグ

そこそこ投稿する予定です。場合によっては長くなるかもしれません。

お子さまランチ三人前感覚でどうぞ。



本日10本投稿予定です。

 



「ギャアアアアアアッ!!」


 風になびく若草を、飛び散った血が赤く汚し、振り絞るような断末魔が麗らかな空に死の震えを伝えた。


 広大な平原に敷かれた一本の街道。まだ自然の領域である世界に通された文明のか細い橋。そこにポツリと遭難したように止まった馬車。馬は胴体を引き裂かれて絶命していた。


 そして、その馬車の周りには、同じく引き裂かれた人間の死体が三、四ほど転がっている。

 血飛沫が馬車や草を濡らし、地面は血を吸って黒ずんでいた。肉はズタズタにされ、土にまみれて泥との区別も出来ない。


『グルルルル······』


 白昼の下に晒された凄惨な光景。

 そこに堂々と立つ巨大な四肢の獣の影。


 それは例えるなら虎であった。その縞模様は枯れ草と土の色を織り合わせたような色合いで、ネコ科に似た顔つきの骨格をしていた。


 しかし、その生物は動物とは大きく異なっていた。そんな生やさしい物ではなかった。


 その目は普通の動物の目とは違い、必要以上の野蛮な殺意を宿していた。


 その牙は獲物を捕食するためだけに出来ていない。獲物の肉に食いついて離さないだけではなく、そもそも槍のような鋭利さと、長さを持っている。


 その四肢の先に付いた爪も単に獲物を狩るためだけには長過ぎ、鋭利すぎ、相対する者をズタズタに引き裂く為に発達した物。つまり、戦闘、攻撃用。


 そして何より、通常の剣や槍では貫ききれない剛毛によって全身を守っている。



 ただ生存するために発達した身体ではない。

 敵対する者を破壊するために進化した構造、器官。


 捕食以外の目的で人を襲い、命を奪う。

 第四の本能。人間を殺戮するという本能を有した魔の獣。




 それら脅威の存在を人々は“モンスター”と呼んだ。




『グルルルル······』


「ひっ、ひいっ······! や、止めてっ······こ、来ないでっ!」

「うぅっ······」


 その死の獣、モンスターが唸る先には二人の人物が居た。


 一人は若い女性。そして、もう一人はその腕の中にしっかりと抱かれ、胸に顔を押し付けるようにして細かく震えて泣く年端もいかない少女。


 地面の上に座り込んだまま動く事も出来ず、抱き合って震えるのみ。

 顔には恐怖と絶望が貼り付き、溢れる涙には哀れみを乞うような虚しい感情が滲んでいた。


 彼女らのすぐ目の前には、その牙と爪を血によって塗り替え、返り血をたっぷりと浴びたモンスターが唸りを忍ばせている。


 既に事切れた無惨な死体達が、彼女らの数秒後の未来を映し出していた。


『ルルルル······ギャオオッ』


 モンスターが鳴き、身体をバネのように弾いて飛びかかる。


 恐怖の悲鳴がそれに被さるように振り絞られた。



 その時であった。



 若草の上を風のように駆け抜け、短い気合いと共にモンスターの前に滑り込んだ影が一つ。


『ギャオオオオッ』

「はっ!」


 その影から鋭い閃きが一筋瞬く。


『ギャッ』


 途端にモンスターがガクッと体を仰け反らせ、素早い身のこなしで後ろへと飛び退く。


 モンスターのしなやかな身体が元の位置へ戻ったと同時に、近くの地面に血と短剣のような爪が落ちた。


『グルルルルッ······』


 指先ごと爪を切られた野獣が凄まじい殺気をほとばしらせながら、その影──一人の人物を威嚇する。


「すまない、遅れたな」


 その人物は剣先をモンスターの鼻先に突きつけながら、二人の女性を守るように立ちはだかった。



 若い青年であった。

 歳は二十歳かそこら。やや高い身長はスラリとしていたが痩せ細ってるのではなく、よく鍛えられた筋肉が引き締まっている。


 黒色の軍服らしきコートは前のボタンを掛けずラフに着こなし、少しボサついた黒銀の髪もだらしない印象を与える。


 だが、その顔立ちは意外にも整っており、涼しげな目元に見える瞳は美しく澄み、鼻筋や口元も端整に出来ていた。


 しかし、何よりも印象深いのは、モンスターを目の前にして剣を構えているのに、その顔には全くと言っていいほど覇気が無い。眠たげで気だるげな表情をしている。


 モンスターの凶暴な顔面の中心にピタリと張り付くように構えられた剣は銀色の光を少しも惑うなく輝かせていた。


 そこでようやく、ハッとした女性が上ずった声を上げる。


「あ、貴方はっ?!」

「軍属の者だ。さっき民間から連絡が入ってな。救助に来た」

「で、でもっ······」


 女性は辺りに目を走らせ、戸惑うように言った。


「ひ、一人で?」


 そう問うと、青年は前を向いたまま頷いた。


「ああ。たまたまサボって一杯ひっかけてたらモンスターの話を聞いて······もとい、単独で別行動中にクルーガーの目撃情報を受けてな」

「そ、それじゃあっ、一人? 本当にたった一人?」


 女性の湧きかけた希望がサッと冷めていった。

 目の前に居るのはクルーガーというモンスター。


 モンスターは大きく三つに区分される。


 下級モンスター。

 中級モンスター。

 上級モンスター。


 下級モンスターは武器さえあれば民間人でも十分に討伐可能なモンスター。


 中級モンスターは民間人には危険で、戦闘職についた人間が対処すべきモンスター。


 そして、上級モンスター。

 例え軍人であっても、複数人でなければ討伐は危険とされるモンスター。そして、高い確率で死者が出る相手。


 クルーガーは上級モンスターであった。



「お喋りは後だ。立てるか?」


 剣の切っ先でクルーガーを牽制しながら尋ねる青年に女性は「は、はいっ」と言って、まだ泣きじゃくる少女をなんとか立たせた。


「下がってろ。守りながらじゃキツい相手だ」


『グルルルッ······ギャオオッ』


 女性と少女が逃げ出すのを見てしびれを切らしたクルーガーが動く。放たれた矢のようなしなやかな身体が草の先を揺らす。


「はっ!」


 しかし、その素早い動きに青年は完全に反応した。自身の倍はあるその野獣に自分から肉薄する。


「ふっ!」


 空気が切れるような呼吸を鋭く吐き出し、目にも止まらぬ剣撃を繰り出す。


『ギャオッ』


 再び、クルーガーが空中で体勢を崩して飛び退く。

 今度は右前肢が切断され、細かい血の粒が宙を舞った。


「せっ!」


 バランスを崩した相手に青年は油断無く次の手を繰り出した。

 大きく踏み込み、剣を背中まで引く。


「ガスタエッジ!」


 青年が叫ぶ。それと同時に、その身体から淡い光が滲み出し、それは半透明な刃を形成して剣に纏わりついた。


 常人の目では追いきれない程の速さで青年の剣が三、四回閃く。


『ギャオオオオッッ』


 クルーガーの咆哮が辺りを震わせる。前肢はどちらも関節部を大きく切られ、その胸も深く切り裂かれていた。


 グラリと傾く身体。

 その最大の隙を青年は見逃さなかった。


 手に持つ剣を水平に寝かせるように構えて、その刃に意識を集中させる。


 目には見えない力の流れが、青年の全身から急速に流動し、一本の剣へと全て集約される。


「秘技『ライトレイ・バニッシュ』!」


 高らかに唱えた詠唱と共に剣が発光する。


 白昼の下にありながら、その輝きは眩く虹色に輝き、幻想的な軌跡を空に描いた。


 涼やかな鈴を弾くような音が一つその場に木霊すると、クルーガーの身体がピタリと止まった。


 その背に光の裂け目が入る。

 恐ろしい牙も鋼のような体毛も、全てがガラスが砕けるように四散し、血肉が草原を赤く汚した。


 美しい剣の優美な通り跡にしては、その威力は凄絶なものであった。



「······ふう」


 剣を振り抜いたままの青年がそっと息を吐き出し、肩を落とす。


 そして、辺りをゆっくりと見回し、他に脅威が無いのを確認してから刃に着いた血を払った。


 鞘には収めず、そのまま手にした状態で、馬車の陰に座り込む女性達の元へ歩み寄る。


 二人は唖然として、瞬きもせずに青年を見上げていた。


 青年がほどけたように微笑む。


「もう大丈夫だぞ。怪我は無いか?」

「は、はい······」

「お、お兄さん、何者? 勇者、様?」

「ん? 勇者?」


 少女の円らな瞳に青年は苦笑するような笑みを見せた。


「そんな高尚なモンじゃねえさ。俺はただの兵士だ。それも不良兵士」


 まだ怯えたような二人に青年は迷うように頭を掻いていたが、剣を鞘に収めて手を差し出した。


「ほら、立てるか?」

「は、はい」


 女性と少女が立つ。まだ肩が細かく震えていた。


 青年は周囲にそっと目を配った。他にも数人の人間が存在していたようだが、生き残ったのはこの二人だけであった。

 無惨な死体が少女の視界に入らないようにそっと立ち位置を変える。


「おっ、いいとこで来たな」


 青年が何かに気づいて遠くを見やる。町がある方角から馬が何頭か走ってくるのが見えた。


「援軍が到着した。後の事は他の奴らがやってくれる。質問に答えたりしてりゃあ済むはずだ」


 青年はそう言うと、そのまま踵を返して歩き出した。


「あのっ!」


 その背中を少女が呼び止めた。


「ありがとうっ、お兄さん!」

「おう。どういたしまして」

「お兄さんのお名前は?」

「え? 名前?」


 青年は首を擦って答えた。


「トレイル。トレイル・ラックス」

「ありがとうっ、トレイルさん!」

「あ、あのっ、私からも! 本当にありがとうございました! 貴方は命の恩人です!」

「はは、これが仕事だからよ。じゃあ、気をつけてな」


 照れ隠しするようにコートに着いた葉をパッパッと落として、青年は軽く手を振りながら仲間の兵士らの方へと歩いていった。





 ──────────────────









 ─────────────────













 ──────────────────








 かつてこの世界には『魔王』が居た。



 名前のまんまの奴だ。魔物、つまりモンスターどもの王だった奴だ。

 知性や社会性の乏しいモンスターを集めて増殖させ、強化し、更にはそれまで存在しなかった種を多数生み出し、さながら軍団のように統制して世界を支配しようとした。




 当然、人間社会は猛然と抵抗し両者の間で激しい戦いが繰り広げられた。皮肉な事に、そのおかげで人間社会は結束し、国家はほぼ一つに統一されて人間同士の争いは無くなった。




 魔王は不老長寿だとかそんな感じだったらしく、随分長く生きていたんで戦いは百年以上続いた。

 だが、勇者とかいう人物が魔王を倒した事でとうとう人間側が勝利し、世界は平和になったとさ。



 それが二十年前の話だ。魔王が死んだ事により魔王軍と呼ばれたモンスター軍団は野生化して、各地に散らばった。以降は徒党を組んで攻めてくる事は無くなった。




 魔王は滅び、悪魔の軍勢も消えた。



 まあ、めでたい話ではあるんだろう。そんなヤバい奴らが居ない時代になったんだから。


 俺だって人並みに平和を愛する男だ。本来なら歓迎する話だろう。




 だが、生憎とそのせいで──




「と言うことだ、トレイル。君は今日限りで軍を除隊させられる事になった」

「はい?」




 俺は軍をクビになった。


お疲れ様です。次話に続きます。

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