二人だけの秘密
警察がやって来るまでマナは俺から離れなかった。離しもしなかったけど。
脚が少し斬られたので、その部分が熱く痛かった。
警察に状況説明をしつつ、近くの病院に運ばれる事となった。
「それじゃ、始めますね〜」
医者が軽く見てからすぐに回復魔法を使う事となった。
エルフの種族になっている医者がマナに対して回復魔法を使う。
魔法で瞬時に回復できるレベルの怪我で良かったと安堵した。
⋯⋯だけどもう二度と、こんな目には合わせない。
「痛みが無くなりました。ありがとうございます」
「いえいえ。お大事に」
治療費などは考える必要は無い。
さすがに人からの暴力でできた怪我の治療に金は取られない。保険に入って無くても同じ結果だったと思う。
「歯戻って良かった。にしてもよ、ライムって凄いね。誰も気づかなかったじゃん」
「だな」
今のマナの服はライムが擬態しているモノである。靴も同様。
「靴買いに行くの、着いて来てね」
「ライムの分裂体じゃダメ?」
「ダメー」
「分かったよ」
「やった!」
二人で家に帰ると、目を赤く腫らしたアリスが出迎えた。
その後ろには同じように涙を流していただろう両親の姿が。
俺が警察に頼み、両親を病院に来させなかった。
マナのあんな姿を両親に見せたくなかった⋯⋯まぁ俺の言葉だと警察には通じなかっただろうが、被害者の意向には従ってくれた。
後日、両親とマナは警察に行くけどね。色々と事後処理がある。
当然、俺も行く。直接の関係者だからね。
「無事で良かった」
「苦しいよアリス姉」
「本当に、良かった」
抱き着いて離れない。
マナを風呂に入らせ、その間にライムを回収して自分の部屋に入る。
ライムを使って連絡しようかと考えたが、その必要は無いか。
「ローズ、出て来い」
俺の暗い部屋、ローズが床から現れる。
「色々と聞かせてもらうぞ」
「もちろんでございます」
「その前に、オニキスもいるか?」
ちゃんと出て来た。
部屋が狭いので顔のみだけど。
俺は二人の頭を撫でた。
「お前達のおかげで、マナに最悪の展開が起こらなかった。ありがとう」
「い、いえ。当然の事をしたまでです⋯⋯本当はすぐに助けたかったのですが⋯⋯訓練に集中して情報入手が遅れました。申し訳ありません」
「そうか。謝る必要は無い」
ローズをベッドに座らせ、俺も隣に座る。
まずは何から聞くべきか。
「どうして、外に居るんだ? カードになっているはずだろ」
いつも探索者として活動する時に着ている服のポッケからカードを取り出す。
ユリのカードは種族名と思われる『鬼人』が明記されているが、ローズとライム、ダイヤは文字化けしている。
他のウルフはシャドウウルフと出ている。
ホブゴブリン、コボルトは普通だがゾンビが少しおかしい。
ゾンビのリーダーともう一体のゾンビが文字化けしているのだ。
進化でもしているのだろうか?
今は良いか。
「きちんとカードがある。なのに、どうして自由に動けている」
「はい。主人が月の魔王に面会した日に、我々に声が届いたんです」
「声?」
「はい。主人のような、聞いているだけで惚れ惚れしてしまうような、凄く耳に残る声でした」
声の詳細は聞いてないんだけどな⋯⋯。
俺が知りたいのは言われた内容だ。
「加護を与えた、自由だと言われました。主人がダンジョンから出ると我々は一瞬で意識が暗い空間に入りますが⋯⋯その日からはダンジョンに残ったんです」
「一体どうやって出たんだ?」
「月の魔王が月経由で任意の場所に転送してくださったのです。今は主人の先生、師匠の下で訓練及び暮らしています」
え、そうなの?
なんで先生は言ってくれないんだよ。⋯⋯面白そうだからかな?
「まぁ理由は分かった。今も月経由で転送しているのか?」
「いえ。オニキス達が進化してからは影移動を利用しております。その方が速いので」
「そうか」
これは一度、ムーンレイさんとお話する必要があるか。
月を眺める必要があるらしいが、果たしてそれで行けるのだろうか。
「いや、今は良いか」
俺を狙って来た奴らの正体が分からないんだ。下手にこの辺を離れる訳にはいかない。
アイツらの仲間がこの家に攻めて来た時、対処できるかは正直怪しい。
今回の暗殺者は大した力では無かったと思うが、自分語りの内容的に下っ端だ。
何より警戒するべきなのは、アイツの上には俺の同年代がいると言う事。
油断していると首を斬られる。
「もしかしたら学校の中にもアイツの仲間がいるかもな」
そうなったらアリスが危険か。なんか俺の身内を狙って来るし。
「ローズ、何か欲しい物とかあるか? 報酬として買うよ」
「いえ。頭を撫でていただいただけで十分⋯⋯少しだけわがままを言ってもよろしいでしょうか」
「ああ」
俺はローズの願いを聞いた。
「全く問題ない。用意しよう」
「ありがとうございます」
「感謝したいのはこっちだからな」
頭を撫でられる事が嬉しい様なので、もう一度撫でる。
「至福」
「ワフ」
「そうか」
大袈裟だと思うけどな。
「オニキスはあるか? 影の世界に入れたのは君のおかげだ」
肉を要求されたので、買える中で高いのを約束した。
ローズから暗殺者の仲間の情報も貰った。
俺を殺しに来た奴の格好にも似ている。
暗殺者なのに聖職者のような服装⋯⋯変だな。
「分からない事は多いが確実な事が一つある」
「はい」
「ダンジョンで襲撃して来た奴らもマナの誘拐に加担した奴らも全員、魔王関連って事だ」
どいつもこいつも魔眼を口にしていた。
なんだよ。
魔王は協力しないと来たる化け物退治で負けるんじゃないのか?
「どいつもこいつも協力しようとする意志を感じんぞ。そもそも具体的な魔王になる方法が分からんけどさ」
「分からない事だらけですね」
「そうだな。一番の近道は魔王に会いに行く事。だけど今はその余裕が無い」
でも絶対に会わないとならない。
今後のためにも。
考え事をしていると、ローズがいきなり影の中に潜った。
その理由はドアの前にいるマナが原因だろうか。
「入って良いぞ」
「うん」
ドアをゆっくりと開けて中を覗く。
「暗いっ!」
電気を付けられた。目に光がいきなり差し込まれたため、瞼で守る。
「どうしたんだ?」
「今日、一緒に寝ても良い?」
「ああ。良いぞ。でも俺は風呂に行く」
「うん。後さ、兄さんだけじゃないでしょ助けてくれようとした人は。兄さん影の中から出て来たし⋯⋯その人達にもお礼が言いたい。本当は全員に言いたいけど」
「ああ」
そうだな。
代表して、直接関わったローズ、オニキス、ライムをこの部屋においておくか。
風呂に向かいながら、まだ影に居ると考え出るようにと伝えた。
風呂から帰ると、スッキリした顔で枕を抱いて、俺を待っていたマナ。
「寝よ、兄さん」
「ああ」
二人でベッドで横になる。
いまさらだが、昔に一度もこうやって同じベッドで寝た事が無かったな。
この歳になって、兄妹らしい事をしている気がする。
あ、訂正。潜り込まれた事はあるから初めてじゃない。
「本当に助けに来てくれて、ありがとう」
「辛い時、慰めてくれたのはマナだ。互いに支え合っている、それが兄妹だろ?」
「うん。そうだね。おやすみ」
「おやすみ」
◆
ここはとある場所。
キリヤに返り討ちにされた暗殺者が怯えながら報告を終えていた。
「うん。君が負けるって分かってた」
「え」
「だって君弱いもん。あの人強いからね〜」
一瞬で処分されるかと思っていたが、予想外の反応で面食らう。
だけど命は助かったのだと安堵する。
「まぁでも、失敗は失敗だよね。それに成長も見込めないし」
その言葉が意味する事はただ一つ。
もしも成長する可能性が残っているのなら、多少のおしおきで済んだだろう。
しかし、それすら無い。
「クソっ!」
暗殺者はダガーを抜いた。
できる限りの抵抗はしようと。
でも遅かった。
既に奴の命は消えていたのだ。
ただ、自覚するのが遅かっただけ。
「ゴミは処分、それがこの組織の基本だからね。基本に忠実だと思わないかい?」
力なく倒れる暗殺者を一瞥する事無く、この空間を去る。
「この期に大掃除しなくちゃ」
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