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剣が無いなら自分が剣になれば良い

 「な、ななな、なんで!」


 「⋯⋯シゲさん、俺はアンタを良い人だと思ってたよ。でも、違ったんだな」


 俺が現れた事に未だに驚いている様子のシゲさんに近づく。


 そもそもシゲさんと言うのは愛称であり、本名は忘れるくらいに定着していた。


 小さい頃から優しくしてくれたおじさんだった⋯⋯そんな思い出補正も砕けたがな。


 「く、来るなぁ!」


 「お兄ちゃん後ろ!」


 「運命の魔眼、首を取ったぞ!」


 本気で殺す気の刃、それが喉を目掛けて伸ばされていた。


 「ほう、躱すか」


 「俺の事知ってるんだな⋯⋯今の俺は相当機嫌が悪いぞ」


 「すさまじい殺気だ。高校生か怪しいな。だが、人を殺した事のないガキに俺は倒せんっ!」


 種族は『鬼人』か。


 サキュバスと同じレアリティに位置しているが、純粋な戦闘力ならサキュバスはかなり劣る。


 人を殺す事に慣れているのか、殺人に対しての躊躇いや恐怖が無い。


 もしも、それを前提に訓練をしているのなら俺に勝ち目は薄いのかもしれない。


 「⋯⋯ん?」


 相手は種族だ。俺の事を、魔眼の事を知っている。


 殺人を平気でする。多分、俺を誘い出すためにシゲさんを利用して妹を巻き込んだ。


 あと少しで取り返しのつかない事になってた。


 痛かっただろう。怖かっただろう。


 その現況を生み出したコイツは⋯⋯人間には見えないな。


 「俺の事知っているなら別に⋯⋯隠す必要も無いか」


 「本当にサキュバスだったとわな」


 奴の武器は暗殺者らしくダガーか。


 シゲさんの方に人差し指を向ける。


 「【月光弾(ムーンバレット)】」


 「ひいっ!」


 後ろの箱に命中させた。ただの脅迫だ。


 「逃げ出そうとしたら足を撃ち抜く」


 脅しは十分。目の前のモンスターに集中しよう。


 「⋯⋯さっきからどうした。来ないのか?」


 「あぁ、行くさ」


 隙を探っているのは良いが、そんなのは用意してないぞ俺。


 誘い出す隙を用意する余裕は無い。


 それに⋯⋯人間相手には臆するけどさ。モンスター相手だったら俺は躊躇わない。


 「さすがにお前と同類は嫌だけどな」


 「がはっ!」


 やべ。


 勢い余って壁まで蹴飛ばしてしまった。


 踏ん張りが弱いな。でも打たれ強いので問題ないね。


 「な、なんだ。サキュバスの出せる力では、ない」


 「それは工夫が足りないよ」


 「何っ!」


 俺は一瞬で奴の上を飛行している。


 そのまま垂直に飛んで地面に向かう。


 回避しようとしたが判断が遅い。むしろ動いたせいで背中に足がクリーンヒットした。


 「動けるよな?」


 「⋯⋯当たり前だ!」


 俺を力任せに振り払った。


 攻撃しようと動くが、再び蹴飛ばした。


 攻撃に当たらないように反撃するだけ。言うは易く行うは難しだけど。


 「確かに純粋な力は鬼人に遠く及ばないかもしれない。だけど、スピードを乗せた力なら話は変わる」


 「スピードだとぉ? サキュバスが俺以上のスピードを出せると思い上がるなよ! 【鬼化】」


 鬼人特有の強化能力である【鬼化】か。これってユリも使えるのかな?


 身体の筋肉が隆起し、一回り大きく見える。


 紋様が浮かび上がり、瞳孔が消える。


 「死ねえええええ!」


 「はぁ。サキュバスが鬼人よりも遅いと自惚れるなよ」


 翼の技能を伸ばす事で速度は二倍、三倍へと変わるんだ。


 相手の顔面を突き刺すように蹴り抜く。


 「⋯⋯かはっ」


 「鼻の骨は折るつもりだが⋯⋯やっぱりタフだな」


 踵を頭に叩き落とす。


 スピードが乗ってないからさっきの蹴りより弱いかも。


 「さっきから、脚ばかり⋯⋯」


 「そりゃあ触りたくないもん」


 「俺は、小さい頃から暗殺者になるべく育てられ⋯⋯」


 急に自分語りを始めたので、再び壁際まで蹴飛ばした。


 聞いてやる義理は無いよね?


 「訓練に耐えかねた者は死に、俺は生き残った。依頼をこなし何百と殺した」


 「あっそ」


 「なのに、ガキの下に就いた屈辱。さらに、そいつの同年代のガキに負けるなど、あってなるものかっ!」


 「だからなんだよ。お前の努力不足だろうが」


 何回も蹴り飛ばす。


 抵抗しないな?


 「だいたい人を殺した数が強さに関係あるのか。ステータスになるのか。その厳しい訓練とやらだけで満足しているお前が弱いからだ」


 現実を冷たく言い放つ。コイツは厳しい訓練に耐えて暗殺者になった自分に酔ってる感じがする。


 それが気に食わない。負けた事を才能の差とか考えてそうで。


 宙にいる奴を床に向かって蹴り落とす。


 コイツに対してはなんの同情も湧かない。怒りしか芽生えて来ない。


 「平等に決められた訓練で満足し強くなった気でいる。てめぇで死ぬ気でどんな事でもやりきって、全力を出して、そこで負ける時が後悔して良いんだ。中途半端に努力して年下に負けました悔しいですは、傲慢に近いんだよ!」


 「お、お前に俺らの何が分かるっ!」


 「殺人鬼の事なんて何にも分かる訳ねぇだろ。こちとら高校生だ!」


 意識を刈り取る蹴り。そのつもりで出した蹴りが掴まれた。


 さすがに慣れたか。


 「黙れ、黙れ黙れ!」


 「ぐっ」


 振り回されて床に叩きつけられる。


 翼を利用して耐えようとしたが威力を殺すので精一杯だった。


 「がはっ」


 「死ね死ね!」


 何回も叩きつけられる。


 だけど⋯⋯その程度で俺は諦めない。


 捕まった時の対処方法は先生から教わっている。


 『廻れ』


 回転して僅かな隙間を作れ。そしたら俺は抜け出す事ができる。


 「何っ!」


 「タオルのように扱ってくれたな⋯⋯これはそのお返しだ!」


 反撃の蹴りがダガーで防がれ、脚に食い込む。


 「このまま斬ってやるっ!」


 「お兄ちゃん!」


 「大丈夫だ。⋯⋯信念の無い刃で俺が斬れると思うな」


 脚に力を入れて、刃の進行を遅らせる。


 ライムの存在はバレたくないが、このまま武器無しってのも難しいそうだ。


 どうする。強がったが時間が無い。


 純粋な力勝負では負ける。


 どうする?


 俺に天啓が降りる。


 武器⋯⋯魔法の一つに【月魔剣(ムーンセイバー)】と言う剣に付与する魔法がある。


 剣が無い。剣とはなんだ。刀は漢字が違う。剣では無いのか?


 否、刀も剣だろうし曲解したら斧だって剣になりうる。


 斬撃の攻撃が可能なら全てが剣だ。刺突の攻撃が可能なら全てが剣だ。


 そして刀、その漢字が入っていれば剣だ。


 つまり、手刀は剣だ。


 手刀は自分の身体の一部でできている。


 それすなわち、俺は剣となる。


 「【月魔剣】」


 「なんだと!」


 俺の右手に顕現した光の剣。それを肩目掛けて振るった。


 すぐにバックステップで回避されたが。


 「はは。その足ではまともに⋯⋯」


 「お前はいつから俺が立っていると思っていた?」


 俺は常に飛んでいるんだよ。


 地面スレスレをな。


 だから急加速と速度を乗せた蹴りの攻撃が可能。


 「最近の俺は地を捨てた。空を制す事が地を制す事に繋がると気づいたからだ」


 左手にも魔法を顕現させる。


 「武器の持った俺にお前はどう戦う?」


 冷や汗が止まらない様子。


 アイツにできる手は無い。


 前とは違い、常に俺の後ろにマナが居るようにしている。


 囮は無理だ。


 爆弾も無理だ。魔眼の力を使っているから対処する。毒は臭いで分かる。


 「さぁ、どうする?」


 威圧するように冷たく言い放つ。


 「こ、ここには仲間が来るんだ。勝ち目は⋯⋯」


 「来ないぞ」


 「えっ」


 ずっと気配を感じる。入口に居る、仲間の気配がな。


 だから分かっている。お前の仲間は来ない。


 ◆


 キリヤが戦う少し前、入口に刀を持った鬼が正座していた。


 「何者だ貴様」


 その周囲を囲むように、黒い聖職者のような風貌や服装をした人間が揃った。


 「人間では無いな。魔の気しか感じぬ」


 「私は主様の矛であり盾である⋯⋯とはまだ言えませんね。私は弱いですから。ただ一言言います。立ち去れ。我々は主様程甘くない」


 ユリの向けた眼光は全員を怯ませ、その影からぞろぞろと仲間が現れる。


 ウルフ達、ホブゴブリン達、コボルト達、ゾンビ達、そしてローズ。


 数は圧倒的に勝っている。力は相手の方が上だろう。


 「時間稼ぎされるのは明白か。奴を捨てる」


 「御意」


 「残念⋯⋯自分の強さがどれくらいか試したかったのに。まぁでも、死ぬ可能性が無いのは良い事ですね。⋯⋯存分に暴れてください、主様」


 ◆


 「嘘だ!」


 「実際来てないだろ」


 「ぐっ」


 右手の掲げる。


 「どうする。続けるか?」


 二度目の警告。


 「い、嫌だ。死にたくない」


 「失せろ」


 そう言うと、奴は闇に紛れて消えた。


 人間に戻ってシゲさんに歩み寄る。


 「マナを何回殴った」


 握り拳を強く作りながらゆっくりと近寄る。


 「く、来るな」


 「マナを何回殴った」


 「こ、来ないでくれ」


 「マナを何回殴った」


 「す、すまなかった。ちょっとした出来心なんだよ」


 「マナを何回殴った」


 目と鼻の先に捉えた。


 後は殴るだけだ。


 「マナを何回殴った」


 「ま、また昔のような関係に戻ろう。な?」


 俺は拳を振りかざし、無表情のまま突き出す。


 しかし、それをマナが後ろから止めた。抱き締める形で。


 「マナ?」


 「ダメだよ。お兄ちゃんの力は暴力に使うモノじゃない。そうでしょ?」


 「だがっ」


 「大丈夫」


 マナが近づき、相手の股の中心を強く踏みつけた。


 「自分の力だとこれが精一杯だからね」


 その後も何回も強く、踏み付けた。


 踏まれる度に悲鳴がこだまするが、無視以外の選択肢は無い。


 何十回と踏み付けた後、マナは靴を脱ぎ捨てた。


 「土曜日に新しいの買いに行こうと思ってたしね。最後のお仕事ありがとう」


 マナが俺に振り返る。


 ボロボロに腫れた顔、向ける笑顔から見えてしまう折れた部分の歯。


 身体を見れば、土汚れた肌が見えている。


 「これで復讐は終わり。ねっ?」


 「⋯⋯マナがそれで良いなら」


 徐々に笑顔が消えていく。


 「うん。⋯⋯お兄ちゃん!」


 限界が来たのか、涙を溢れ出しながら俺に抱き着いて来る。


 それを最大限、優しく受け止める。俺にできる事を、全力でやろう。


 「怖かった。痛かった。辛かった。苦しかった。お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


 「ああ」


 「お兄ちゃん、助けに来てくれて、ありがとう」


 「当たり前だ。俺はマナの世界で一人のお兄ちゃん、だからな」

お読みいただきありがとうございます!

評価『★★★★★』ブックマーク、とても励みになります。ありがとうございます

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