日常に歩み寄る怪しき影
アリスと共に家に帰っていると、その途中で知っている顔を発見した。
「山吹くん。こんにちは。久しぶりだね」
「こんちわー」
「これはキリヤさんにアリスさんじゃないですか。お久しぶりです」
メガネをかけたこの少年はマナの友人である。
晩御飯の時に時々話を聞いているので、今がどんな感じなのかある程度は分かっている。
「この辺にいるの珍しいね」
アリスが俺も気になっていた部分を指摘する。
ヤマブキくんの家は三つ程駅が離れた場所にあるはずだ。
「はい。実はこの辺で期間限定販売されるフィギュアがありまして、それを買いに来ていたんです」
「そう言う事か。買えたの?」
「いえ。売り切れてました⋯⋯」
とても凹んだ。
ヤマブキくんは昔からアニメなどが好きだった。
何かの縁だと思い、俺達はヤマブキくんを駅まで送ってから帰る事にした。
「送っていただきありがとうございます」
「気にしなくて良いよ。これからもマナと仲良くしてね」
「もちろんです!」
「またね〜」
マナは人当たりが良くて、沢山の友達がいる。
特に仲の良い友人が複数人おり、その中の一人がヤマブキくんである。
俺とは違うね。
「ヤマブキくん大きくなってたね」
「だな。最初は誰だか分からんかった」
家に帰りヤマブキくんと会った事をマナに話した。
「一回ウチに来たよ。貸してたハンカチ返しにね」
「そうなのか」
「でも変だな。そんな話聞いた事無いけど⋯⋯ま、友達でも何でもかんでも話す訳じゃないか」
翌日、学校は普通に進んで部活の時間がやって来た。
関わっているグループ構成も決まったのか、皆は常に同じメンバーで固まっている。
だけど話した事の無い人はいないだろう。
グループ活動などでどうしても話さなければならない時があるからだ。
その僅かな時間でも見えてくる性格や真正面から観察する事で得られる情報があったりする。
俺のグループは当然ヤマモト、サトウ、最近ではナナミとアリスが入っている。
「お前と友達で良かったって、部活の度に思うよ」
「ヤマモトに同意だぜ」
「お前らな⋯⋯」
呆れつつも慣れた光景だ。
部活中、情報交換の時間なのだが珍しくナナミがスマホを弄っている。
使い慣れてないスマホを頑張って操作し、ある記事を俺達の前に出す。
「六層への立ち入り禁止?」
「そう。昨日ギルドから話を貰ってネットで調べたら出て来た」
正確には未成年と探索者歴五ヶ月未満の入るのを禁止するモノだった。
現在イレギュラーが発生しており、その調査をしているらしい。
危険度が分からないため、入場制限か。
「わて知ってるっすよ。噂では六層からモンスターが消えたとか! でもこの付近だけらしいっす」
「いきなり割り込んで来るな」
「⋯⋯近い」
俺の横からニョキっと現れたイガラシさんがそう補足してくれた。
確かに、ここから一番近いギルド周辺って書いてあり、入場制限されているのはそのギルドと近くの他ギルドだけだった。
もしも六層を探索したいのなら、八つくらい駅を跨いだ辺りにあるギルドじゃないとダメそうだな。
「公共交通機関を使うか、五層で問題ない地域まで移動するか」
「迷路だから長距離移動は危険だよ。帰れなくなる可能性がある」
「そうだよなぁ」
ナナミの指摘は正しい。
ギルドを変えるにしても、武具などの移動手続きや書類関係があり面倒だ。
何よりも金がかかる。
「また当面は五層に入り浸る事になりそうだな」
「キリヤは五層をメインに活動しているのか?」
ヤマモトとサトウは知らない事か。
「ああ」
「ほへ〜にしては金回りは変わらんのか?」
「俺は出費が激しいんだ」
俺以外の防具とかあるからね。金が湯水のように消えて行く。
ナナミは最近、ポーションなども揃えているらしい。羨ましい限りだ。
「彼女もいないのに?」
「ガールフレンドもいないのに?」
「お前らの金を使う基準はそこなのか?」
「「何を当たり前な事を?」」
「面白いっすね」
アリスに操作の手伝いをしてもらいながらナナミが新たな記事を出した。
そこには中規模なクランの調査記録が入っていた。
「全くモンスターを見かけず、気配も感じないのか」
「うん。ベテラン探索者もいるだろうから痕跡すら見つからないのはおかしい」
そんな人達を欺けるだけの存在が必ずいる訳だな。
「もしかしたら人為的なものかもしれないっすね」
「嫌な事を言うなよ」
「可能性の話っすよ」
⋯⋯もしもアイツらが関わっているとしたら?
様々な効果のある液体を使う人間と戦った。トウジョウと言う声的に女性のドリアード。
あの人ならモンスターを強化する事も、痕跡を消す事もできるのではないか?
それに素人ではなかった。
俺を仲間から分断し距離を離した手口⋯⋯距離を離されている事に勘づかなかった程だ。
可能性は⋯⋯あるのか。
だったら俺は⋯⋯。
「キリヤ」
いつの間にか握っていた拳にナナミの優しい掌が重なる。
「何を考えてた」
「⋯⋯いや、なにも」
俺は目を逸らした。
「危険な事はしてはダメ」
「分かってるよ」
見透かされているような気がした。
すると、俺の頬がアリスによって横に引っ張られた。
「難しい顔してるよ。ほれ笑顔笑顔」
「ひはい」
野郎二人の嫉妬を無視して、模擬戦訓練に入る。
俺の相手はナナミの事が多いが今回はイガラシさんだった。
「ムー。そろそろキリヤと決着をつけたい」
それは同感だが⋯⋯今の心境で闘ったら負けそうな気がする。
かと言って、イガラシさんを侮っている訳では無い。
でも勝てると思う。
その理由は⋯⋯彼女は全力を出さないからだ。
常に全力を出している風を装って負けているイガラシさん。
「お、お手柔らかに頼むっすよ? 同年代っすからね?」
だからこそ俺は彼女をいちいち警戒してしまう。底の見えない相手だから。
木の剣を構えると、イガラシさんは木の短剣を二本構えた。
「行くっす!」
強い踏み込み、そして懐に入るスピードも申し分無い。
だけど攻撃の狙いと武器の扱いが悪い。
回避する事は簡単だろう⋯⋯だから俺は敢えてそれを弾いた。
武器を狙ってみたのだ。
「力強いっすね!」
「人のクセは簡単には消せないし隠せない。俺は部活のメンバーの殆どの人のクセを見つけた」
「それって常に観察してたって事っすか?」
「⋯⋯そうとは言ってない」
「目、逸らしたっすね」
「そ、逸らしてない」
これは人から嫌われる行動なので絶対にしないようにしようね。俺の悪いクセ。
「話を戻すな」
このままでは俺の評価が下がってしまいそうだったので切り替える。元々無いとか考えてはダメだ。
部長達ですらクセはあるしそれを見つけた。
「イガラシさん、君のクセは見つけられなかった」
「そうっすか」
「それは君がクセを隠しているんじゃない。⋯⋯必ず負けるための動きをしているからクセが出ないんだ」
その場その場の適切にそれっぽく負けるための演技を常にしている⋯⋯だからこそ、戦闘時のクセが出ない。
闘いに対してきちんと向き合ってない。全てが計算し考えられた行動だ。
「だから君は強い」
「どゆことっすか?」
「必ずそれっぽく負ける、ある程度の実力があるなら基本可能だ。しかし、その演技にも続けていれば一定のクセは出る」
イガラシさんの場合はそれが無い。
慣れていると言えば良いのだろうか。
言葉にしようとすると難しい気がする。あくまで感覚的な話だし、俺の主観だ。
「それで⋯⋯この話は一体何に繋がるんっすか? 急に語られて聞いてたっすけど」
「いや、なに。君がどうして常に手を抜いて負けているのか分からなくてね。君は一体何者かな?」
「秘密のある女の子って、不思議と興味湧かないっすか?」
笑顔を浮かべながらそんな質問をして来る。
それに対する俺の素直な返答は。
「あーいや。探索者ってだけで多少の興味は持つからな。秘密あるのは誰でもそうだしさ」
「変わってるすよね。思春期の男の子にしては女の子の身体に興味が無いようっすしね」
「そんな事ないぞ。例えばどうやったらあんな動きができるとか⋯⋯」
俺が熱弁しようとしたタイミングでイガラシさんが先程よりも速い動きで接近して来た。
乗せられたっ!
「油断しすぎっす!」
勝つための一撃を首に目掛けて来る。
⋯⋯見つけた。
初めて模擬戦してようやく彼女のクセを見つける事ができた。
「なるほど。最適な動きができたのはソレが理由か」
彼女は常に敵を俯瞰して見ているのだ。
故に視線が全く掴めない。だけど狙いは正確。そして俺の動きはすぐに見れて対応できる。
「まぁでも、俺負けず嫌いだから」
突き出された腕を対応される前に掴み引っ張り、逆手持ちに切り替えた剣を首に突き立てる。
これで俺の勝ち判定。
「⋯⋯容赦ないっすね」
「どうも」
戻ると、ナナミとアリスに労いの言葉をかけられた。
結局イガラシさんの全力は見れなかったか。残念だ。
もっと長く闘ってみたかったけど、あまり動きを間近で見られるのも嫌だからね。
手札を見せてくれないのに、こちらの手札は見せれないよね。
お読みいただきありがとうございます
今日はお昼頃にももう一話投稿します