スライムの試着室は最強
5月25日、アイリスが姿を消して一週間は経過している。
心の傷もだいぶ和らいで来た時期だ。
カメラは一応買い直した⋯⋯だけど。
「俺は、反対だ」
「主様、確かに辛いのは重々承知しております。ですが、止めてしまったら、全ての存在が悲しみます」
だけど、俺にはできない。
して良いはずが無いだろう。
きっとアイリスだって⋯⋯ぐっ。
「今想像しまたよね。ここで止めてしまったら、アイリスだって悲しむはずです。全ての仲間が主様の勇姿を待ち望んでいるのです。ここで立ち止まってはなりません!」
ユリの迫真の説得。
確かに、そうだろうけどさ。
「わ、分かった。でも、一回だけな」
「もちろんです。お辛い気持ちは⋯⋯我々も同じですから」
重く沈んだ空気の中、俺はカメラを起動する。
っと、その前にやるべき事をやろうか。
「コボルトとゾンビ達に名前をつけるよ」
コボルトのリーダーにはアララトと言う名前を与えた。
アララト山の名前から引っ張っている。
アララトを班のリーダーに添えて、アララト班を結成した。
ローズ班、アララト班の二班が別行動となり、魅了班はユリ班である。
カメラを起動しつつ、俺達は五層へと最速で向かった。
⋯⋯もしもアイリスの仇が現れたのなら⋯⋯その時はその時だ。
「主様⋯⋯」
「あ、ごめん」
感情のオーラを強く外に出し過ぎて、全員を驚かせてしまった。
落ち着こう。感情的になって前が見えなくなるのは危険だ。
「サキュ乙。配信始めて行きます」
“配信来た!”
“何があったのさ!”
“どうしたの?”
“良かった。ライブが始まった”
“一安心”
“心配したぜ”
“生きてたか”
“グループ分けは終わっている感じか”
説明が難しいな。
まずは急に休んだ事を謝った。理由はカメラの故障。
心配させてしまったらしい。
これからも頑張って行くつもりだと説明したが、唐突な休みはあるかもしれないとも伝えた。
今は何があるか分からないからね。
“それで今回はどうするの?”
“そろそろ六層に向かう?”
“次の階層行くなら全員居るだろ”
“魅了だよね?”
“エロを期待しているぞい”
“デザートは先に食べる主義なんだ”
“今回はティシュを大量消費できると良いな”
“今家に誰もいないんだよね”
沈んだ心のまま、発見したゾンビから隠れて魅了会議が始まった。
普段の熱は当然無く、淡々と会議は進んで行く。それでも長引く。
“ユリちゃん元気が無いぞ”
“なんかあったかんな?”
“どことなくサキュ兄も元気ない?”
“いやいつも通りな気がしなくもない”
数十分の会議の後、ユリ達が俺に向かって来る。
会議が終わったらしい。
まずは内容を聞く事にした。
「⋯⋯バカなのか?」
「酷いっ!」
“シンプルに酷いっ!”
“ああ、もっとカメラ目線で罵って!”
“もっとキツく言えよ!”
“もっと、もっとおおお!”
だいたいダンジョンの中でそんな事ができるはず無い⋯⋯だろ?
「ライム、なんだその姿は⋯⋯」
なんでチャイナドレスなんかに変身できるんだ?
「お前、一体いつそんなのを食べた! キュラか! キュラなのか! アイツが犯人もとい犯スライムなのか!」
服をペラペラ揺らしているがライムからの反応が一切ない。
この姿からは変わらないと言う確固たる強い意志を感じる。
「だ、だが待つんだ皆。着替えはどうする? カメラはオフにできても目線が⋯⋯」
「ご安心ください主様!」
ペアスライムが協力して試着室のようなモノを用意しやがった。
しかも翼があっても問題ないくらいに広いスペースでさ!
“え、カメラオフにするの?”
“それがあるならしなくても良いよね?”
“ブーブー”
“マジックミラー機能でもあるんだろうなぁ良いなぁ”
“サキュ兄の生着替えなんて言う素晴らしいサービスしてくれないの?”
“良いんだよオフにしなくてもさ”
“せめて、せめて音だけでも!”
“配信者魂を見せてくれ!”
カメラをオフにしようとしたが、ユリのペアスライムであるユラが抑えた。
“暗い”
「⋯⋯オフにするなと?」
「野生のゾンビが逃げてしまうかもですし、早く着替えましょう。私手伝いますよ!」
「良いよ別に!」
俺は更衣室の中に入る。チャイナドレスのライムを見る。
「これ、防具を脱ぐのも大変なのになぁ」
すると、ライムが俺に伸びる。
「え、何っ! ちょ、くすぐったいんだけど」
“くっそ見えねぇ!”
“せめて透き通ってくれよ!”
“見せて見せて”
“ああ。音だけでも興奮するけど凄く生殺し感がある”
ライムが器用に俺の防具を外し、服を脱がして来る。
「待ってライム。せめてスポーツウェアはそのままにしよっ?」
だけど聞いてくれない。
『肌が見えてないと意味無いよ?』
「なんでスライムが人間の感性を持ってるのさ! あっ、ちょそこは優しくして」
“あああああああああ(魂の叫び)”
“むしろオフにしてくれ。辛い。辛いよ”
“血の涙が⋯⋯”
“なんだこの時間、地獄かよ”
“これが艶かしい声だったらただの興奮だけで終わったのに”
“喘いでよ”
“普通に慌てる主の声音なんだよね。犬の散歩をしている人が慌てる時のような感じ”
“うーむ。微妙だからこそ生殺し感がある”
服を脱がされて下着だけになってしまった。
その上にライムがチャイナドレスとなって纏う。
「うぅ。乱暴だよ」
試着室は溶けるようにスライムに戻り、ペアの元に去って行く。
「お疲れ様です主様」
「おいユリ、なんで鼻血を流している」
「少し興ふゲフンゲフン。運動してました」
俺は剣を鞘事抜いた。それを手でポンポンしながら威圧する。
カメラも既に浮いて、きっとこの映像は観られている。
だけど関係ないね。
「正直に言いなさい。さもないと魅了班に一生しないから」
「外側から透き通って見える仕組みでした申し訳ごさいません」
ユリが速攻で土下座した。
他の仲間も睨むと、土下座した。
“まじでマジックミラー機能あったんかい”
“声だけ聞かせてくれたのはユリちゃんの優しさだったのかもしれないな。死にかけたけど”
“うん。羨ましい”
“見たかったぜ”
「はぁ。それで、俺はどうするんだっけ?」
⋯⋯なんかこのポーズ、アイリスを思い出すな。アイツお尻好きだったからな。
ゾンビの前に出る。
“ヤケに素直”
“これはもしかして問題なかった?”
ゾンビの前に出て、俺の動きが止まった。
今思ったんだ。凄く恥ずかしいよね。
だいたい、ダンジョンの中でチャイナドレスだけって変だろ。
アイリス⋯⋯。
『姫様、可愛いぜっ!』
⋯⋯アイリス〜(泣)。
なんでイマジナリーでも味方じゃないの?
脳内に浮かんだ幻影は霧のように消え去り、ゾンビを認識させられる。
覚悟を決めろ。俺っ!
「ら、ライム。もうちょっとぶかぶかにしてくれても良いんだよ」
身体のラインがしっかりと分かるくらいに密着してやがる。
だけど話を聞いてくれないよ。
尻を相手に向けて左手で撫でるように腰から太ももへと通過させ、腰を少し捻って横目で相手を見る。
右手の手首を舐めて、中指を口に入れて一周舐める。それが終わったら指を外に出す。
⋯⋯なんでここまで指示が細かいんだよクソっ!
口の中の唾液がベッタリと中指に付着しており、唾の筋が口と中指を繋ぐ。
ダンジョンの中の僅かな光がそれを照らし、輝かせる。
「⋯⋯あ、あなた、も。この身、に? 興味、あるでしょ?」
最後のセリフを言った。
“んんっ、良い!”
“今回はエロさにパラメータ振ったよね”
“百点!”
“ボディラインがしっかりと浮き彫りになっているから、身体を撫でると言う仕草にエロさが出る。特に意味の無い指舐めだけど妄想を膨らませる材料と考えれば最強。しかも運が良くおまけの唾液とか最高かよ”
ああ、マナ、アリス、ナナミ、絶対に観ないでくれ。こんな俺を観ないでくれ。
先生はお子さんの教育に悪いから観てないだろう。そう信じてる。
魅了は成功したけど、今回も大切な何かを無くした気がした。
お読みいただきありがとうございます
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