sideユリ「貪欲で前へ」
包囲は完了して敵の動きを抑える事に成功した。
「行くぜ!」
そこを狙うのはアイリス。
彼の持つ力で大きな一撃を与える。
敵は三角ホーでアイリスの斧を受け止めようとするが、それは不可能に近い。
ジャンプして落下の勢いを乗せたその一撃は象の体重よりも重い。
「アイリスだけを警戒しないでね!」
アイリスの攻撃を必死に耐えている敵の足を短刀で攻撃する。
肉を浅く裂いた⋯⋯それだけだ。
だけど、私の周りには仲間が沢山居る。その仲間達が新たな攻撃を加える。
全員が師匠のところでご主人様が受けて来た訓練をして来た。
当然、それで技術がご主人様に追いつく訳が無い。
それでも、普通のモンスターよりも上達した技術は本来の能力を上回る相手であっても戦える力となる。
囲んでアイリスの一撃を与え、受け止められたら他のメンバーで足を中心に攻撃する。
足の機能を失えば力は大きく減少する。
「手応えが⋯⋯」
戦って、確かに攻撃を与えられている。攻撃の命中率も上がっている。
だけど、段々と形容しがたい違和感に包まれている。
何かを見落としている。良く、相手を観察してその違和感を探れ。
「⋯⋯見えたっ」
そして分かった。
奴の再生能力が私達の与えるダメージを上回っている事に。
アイリスの攻撃を全て全力で防いでるのを見るに、アイリスだけを危険視している。
なぜか? 私達の攻撃は意味が無いからだ。
本能的に感じているのだろう。アイリスの強さを。
⋯⋯苛立ちだろうか。血液が沸騰しそうな程の怒りが全身を駆け巡った。
私は見られてすらいない。それだけの弱者だと認識されている。
それが悔しくて、ムカついた。
「ユラ、斧」
「姉御?」
ピアスにしてあるペアスライムのユラに命じて斧に変身してもらう。
私に足りないのは一撃の重さだ。警戒されないのなら、されるくらいの驚異になる。
ご主人様がくれた短刀を使わないのはプライドが許さないけど⋯⋯それで負けるのはもっと嫌だ。
「アイリス、私の後に続けっ!」
「あいよ!」
私が斧を剣のように振り下ろす。
身体を綺麗に真っ二つにするだろうその攻撃を奴は⋯⋯腕を使って防いだ。
肉にくい込み、骨に当たったのを斧を通じて手のひらに感じる。
「ああああ!」
下半身に力を入れて重心を切り替え、骨を滑らせるように動かす。
肉を抉り剥がして肉片として弾いた。
「行っくぜ!」
高く跳んだアイリスが敵に向かって、斧を振り下ろす。
当然、その攻撃を再び三角ホーで防ごうとする。
「⋯⋯アイリスの攻撃を片手で防げると思ってないだろうな?」
先程まで両手で防いでいた。片手は骨⋯⋯そこを私が掴む。
絶対に両手で防御はさせない。
「オラッ!」
三角ホーの盾を貫き奴の肩に深い一撃を当てた⋯⋯だが、斬り裂くには至らなかった。
空中に身があるアイリスに強烈な拳がねじ込まれ、私にも蹴りが食い込む。
「あがっ」
「ぐっ」
互いに地をゴロゴロ転がる。
他の仲間も一振りのもと、簡単に吹き飛ばされている。
「ここまで、違うのか。これ程までに、私は弱いのか」
「姉御⋯⋯ごふっ」
受け身も防御もできなかったアイリスのダメージは深刻だ。
それに腕の穴⋯⋯三角ホーから私を守った時の最初の傷。
そこが緑色に変色している。
「アイリス⋯⋯」
「へへ、気合いが俺の取り柄だからな」
「そんな強がり⋯⋯」
ご主人様や皆に助けを求めるのは簡単だ。ユラを使えば良い。
ご主人様は近くに居る。すぐに助けに来てくれるだろう。
「ぐっ」
歯を食いしばる。
「足りない」
パワーが足りない。スピードが足りない。全てが足りない。
ご主人様の隣に立つにはあまりにも弱い。三人目の仲間として不甲斐ない。
ライムは様々な事ができるようになって、全体のサポートをしてくれている。
私も、皆の役に立てるようになりたい。
「欲しい⋯⋯力が」
「⋯⋯姉御?」
「ご主人様を護れる力が。皆を守れる力が」
立ち上がり、フラフラする頭で一歩一歩進める。
「こんな奴に遅れを取る訳には⋯⋯いかない」
奴の腕が伸びて左側から迫って来る。
防御もせずにそれを受けて、壁に身体が突き刺さる。
軋む身体に鞭を打ち、また前に進む。
「姉御っ!」
アイリスが自暴自棄とも言える私を止めるために立ち上がった。
「私は強くなりたい。強くならないとダメなんだ」
今のままじゃ、何も守れない。何も救えない。また⋯⋯失ってしまう。
ドクン、心臓の鼓動が鼓膜を揺らす。
「ふぅぅうう」
「⋯⋯ッ!」
アイリスがその足を止めて、他の仲間達も全員手出ししない。
私の眼を見て、誰もが動く事はしなかった。
その後も何回も攻撃を受けては壁にめり込んだ。だけど何回も立ち上がっては進む。
「私は強くなりたい。お前なんかが、手出しもできない程に、強くなりたい!」
強く地面に踏み締めて走り出す。
相手の攻撃は何度も避けて肉薄し、ユラを短刀にして二刀流にする。
一撃の火力では届かない。ならば、小さな火力を積み重ねる。
「もっと、もっと強く!」
攻撃を全て回避し、がむしゃらに攻撃を当てる。
狙うは足だ。だけどそれだけでは足りない。
もっとだ。もっと速くっ!
「限界を感じるな。もっと、もっと上へ!」
腕も狙う。手も狙う。首も狙う。胴体も狙う。
相手の部位全てに平等に等間隔で高速の斬撃を浴びせる。
「はあああああ!」
もっと、もっと力を!
ドクン、ドクン。
ドクドクドク。
心臓の鼓動が速まり身体が熱くなる。血の巡りは加速し筋肉が隆起する。
水色の光が全身を包み込み、身体の構造を変えて行く。
骨組みが組み替えられ、肉体が構築される。
光が収まると、視線は上がって全身が大きくなっている。
短刀では小さいな。
「せいっ!」
距離を離すために蹴り飛ばす。
ユラに短刀を食わせ、剣になってもらう。
短刀では小さい。
「身体が軽い。さっきまでのダメージがリセットされたようだ」
風の流れを感じる。
奴を睨み、剣を構える。
それは私の憧れた主様の見せた三段突きの構え。
奴は私の間合いに入らないように腕を伸ばす攻撃をして来る。
だけど、離れているようで離れていないんだ。
一歩、踏み込んだ。
刹那、私の攻撃圏内に奴が収まる。
この距離を一足で詰めたのが余程予想外だったのか、相手の判断が遅れる。
「間合いを詰める技術は師匠に叩き込まれたんだ」
全身の捻りを利用した、鬼人の中で私だけができる三段突きを繰り出す。
狙うは両肩と首だ。
防御は間に合わず、奴の身体が上半身から倒れ出す。
反撃の攻撃はさせない。
「はっ!」
武器を弾き連撃を繰り出す。
何十と言う斬撃の雨を浴びせる。
堪らず奴は背中を見せて走り出した。
肉は朽ちてかなり骨が見えている。
「そこまで弱れば⋯⋯首を刎ねれば倒せるよな」
中腰になり、構える。
一足一刀で斬り伏せる。今の私ならできる。
「はっ!」
全力のスピードで加速し、そのベクトルを剣に乗せて振るう。
逃げる奴のスピードを遥かに上回る剣により、奴の首を見事に切断した。
「私は一つの壁を越えた」
主様の隣に立つにはまだまだ足りないけど⋯⋯近づけてはいる気がする。
「私は強くなる。皆も強くなる。主様、見ててくださいね」
地面を跳ねる頭を見る事無く、動かなくなった骸に近寄る。
魔石を抜き取り、仲間達で身体を支え合いながら主様のところに向かう。
「全身が痛い」
「そう⋯⋯だね」
アイリスを抱えて歩いているのだが⋯⋯全身が痛いし意識が朦朧とする。
これは⋯⋯初めて進化した時と同じ感覚だ。
「⋯⋯ユリ、だよな?」
私の目の前に来た主様は困惑しているご様子だ。
その姿を見た私は安堵によって、緊張の糸が切れた。
力なく倒れ込む私を主様は抱いて支えてくれる。
「とても、暖かい」
その温もりの中、私は意識を閉ざした。
「一体、何があったんだよ。⋯⋯話してもらうからな。でも今は、お疲れ様。おやすみ」
主様は道の奥に見える敵を見て、頬を緩めた。
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あと四話?