憧れ努力した結果
別れは唐突だった。
カマクラが憧れた探索者である父がダンジョンから帰って来なかったのは。
冒険の話を聞くのが好きだった。父とトレーニングするのが好きだった。
だけどその日々は幼くして永遠に体験できなくなった。
悲しかった。辛かった。だから考えた。
なぜ、この絶望を感じているのだろうと。そして結論に至る。
『弱いから』
弱いから死んだ、弱いから悲しい、だから強くあろうとした。
弱い奴は自分の力を過信して死ぬ。高校生ならそれは顕著に現れる。
新たな力や可能性を得た事により調子に乗り、死地へと飛び込む。
死んだ本人はその時苦しいだけ、だけど取り残された家族は?
日が登って月が沈むまで永遠と苦しみ、憔悴する。
泣いても嘆いても死者は蘇らない。その絶望感を知っている。
探索者は己の命、仲間の命、そして支えてくれている家族の想いを背負っている。
死ぬ事は許されない。取り残された人間の悲しさを知っているから。
やり方は間違っているかもしれない。だけどカマクラはその道を進む。
弱い奴を見かけては喧嘩を売り、先走らないようにする。死んで欲しくないから。
クラスメイトに嫌われ、部活のメンバーから嫌われ、先生からも嫌われた。
だけど構わない。それで死ぬ人間が一人でも減るのならば。
自分が足を踏み外しては意味が無い。常に上を見て、父を追いかける。
決して自分の力を過信する事は無い。だが、強者の余裕も崩してはならない。
想いの力は強さ、カマクラは己の心に起きてから一度口にする。
『俺は強い。そして、かなり弱い』
◆
「部長。夜中に外を出歩かせて良かったんですか?」
「校則的には良くないと思うよ。でもさ、探索者ってのは未知を求め開拓する人達だ。自由を愛する、実に結構。問題行動さえしなければ僕はなんとも思わんさ。それに、夜中に外に居るって事なら僕らも同罪だ」
「⋯⋯そうですね」
部長と副部長は着替えたキリヤを視線で追っている。
その先には誰がいるのか、見えはしないが一人しか把握していない。
「訓練最終日、体調を崩さなければ良いが⋯⋯」
「大丈夫でしょう」
◆
俺は着替えてから、クジョウさんのところに戻って来た。
どうしてこんな事をしているのか、正直今でも分からない。
合理的とも効率的とも思えない事だろう。
「俺の弱音⋯⋯いや、本当は話したくない事。信頼と信用の証として、誰にも言わないと信じて、君に見せる」
俺は種族を解放した。
必要かもしれないとアリスに無理やりカバンの中に突っ込まれた服。
それは先生のところに着て行ったモノと一緒のである。
翼と先端がハート型の尻尾が伸びて、髪の毛が銀色に染まり腰まで伸びる。
瞳の色は赤色へと変色し、骨格が変わる。
「これが⋯⋯俺の種族だ」
声帯すら変わり、何もかもが元の俺とはかけ離れたモノとなる。
女性の声で俺の気持ちで喋った言葉に、クジョウさんは何も言わない。
正確には驚きすぎてフリーズしている。
「一緒にダンジョンに行きたくなかったのは、この姿が見られるのを避けたかったからだ。恥ずかしいんだよね。俺は君を嫌いにならない。君はこんな俺を見て、嫌いになるか?」
「⋯⋯ううん。驚いたけど、それだけで嫌いになる理由にはならない」
俺は手を伸ばした。だってそれが答えだろう。
クジョウさんがどんなに楽しい空気を壊そうが、嫌いにならないだろう。
そもそも、一緒に笑わない程度で空気が壊れるなら、そんな空気は仮初だ。
「じゃあ、改めてよろしくねクジョウさん」
「⋯⋯ナナミって呼んで欲しい。私もキリヤって呼びたい⋯⋯サキュ兄の方が良かった?」
握手を交わした手に無意識に力が入ってしまう。
痛がる素振りを見せないのは、純粋な訓練の成果なのだろう。
「知ってたの?」
「もちろん。全ての動画に目を通してる。私も君の剣が好きだから」
そこからクジョウさん⋯⋯ナナミも種族を明かした。
獣人族であり猫人種。
機動力を活かす戦い方をするナナミとは相性バッチリだろう。
「ちなみに強化魔法はスピードだよ」
「はは。それは羨ましい」
自分の戦闘スタイルを伸ばす種族に能力、とても恵まれていると言えるだろう。
対して俺は、今までの訓練の力を伸ばせる能力は何も無い。
だけど今となってはそれで良かったのかもしれない。
今、こうしていられるのもサキュバスだからだ。
「今から私の弱音を吐き出すけど、大丈夫?」
「ああ」
「かなり溜め込んでるよ?」
「任せろ」
深夜零時になるまで、俺達は種族のまま会話を続けた。
翌朝、目を擦りながら朝食を食べに足を運ぶ。
「⋯⋯魔眼よ。これは信じても良いんだよな?」
答えなど無いが、俺は魔眼の示した運命を信じ足の方向を変えた。
ナナミの靴へと手を伸ばす取り巻きを引き連れた一人の女。
探索者ではなく、部活のマネージャー。カマクラと同じ共学の女。
「何してるんだ?」
俺はナナミの靴を抑えて出させないようにした。
もしも鍵付きロッカーならこんな事は起きないだろうが、ここの下駄箱は扉すら無い。
「何よアンタ!」
「答えになってないな。なんでこんな事する?」
「関係ないでしょ! 邪魔しないでよ」
「いいやあるね。友達なんだ。こんなの見て見ぬふりはできない」
「探索者で力があるからって、調子に乗って⋯⋯」
実際その通りだろう。
総合的な訓練を受けているから、普通の人達よりも力はある。
違う学校の人間と争うのは良くないと思ったのか、手を引いた。
「今日が最終日だ。何もするな」
「うっさいわね」
取り巻きを引き連れて、ヒソラは去って行った。
空腹だし俺も早足で食堂に向かう。するとナナミが目に入った。
気になったのか、来ていたらしい。
「ありがとう。キリヤ。嬉しかった」
「そっか」
朝食を食べて、休憩時間の時に壁に背を預けて座っているヤマモトを発見した。
それだけで何かを察した俺とサトウは歩み寄る。
「お前には分不相応だったんだ」
「諦めろ。まだ機会はあるさ」
「お前ら⋯⋯なんでフラれた前提なんだ?」
「「違うのか?」」
否定はしない。いやまぁ、できないんだろうけどさ。
ヤマモトはどこかしらのタイミングで告白したのだろう。
結果は憔悴しているヤマモトを見れば分かる事さ。
「良し。次だ次」
「お。その調子だ」
「それでこそヤマモトだ」
「ああ。俺はツルマキちゃんの幸せを願っている。彼女が笑っているって思うだけで、俺は頑張れるんだ!」
いつもの調子に戻ったヤマモトだが、ナンパには向かわなかった。
朝やるのは、トーナメント式の模擬戦である。
やはり他校の人物と闘う事で得られるモノは大きいのだろう。
クウジョウさんと闘ってみたかったが、相手はカマクラだった。
「へっ。最高だな」
部長の方に目を向けると、逸らされた。
なるほどな。さすがにできすぎている。
最初のトーナメント戦のバトルが俺に難癖を付けて来た相手との闘い。
しかも、ナナミや部長達は最後の方で何も気にせず観戦できる様になっている。
部員がバカにされるのは悔しいのか、こう言うの怒りそうな副部長は黙認だ。
「俺はヤジマキリヤだ。よろしく」
「カマクラだ。一分は粘れよ」
せっかく用意された舞台だ。派手に踊ってやろうじゃないか。
カマクラの得物は大剣のようで、木製でもかなりの重量だが片手で握っている。
開始の合図と共に、カマクラが走り出す。
「オラッ!」
直線的な特攻に大振りで隙だらけ。
確実な挑発、躱されても問題ないと言う自信。
「面白い。なら俺も、真正面から受けて立つ!」
俺は片手で持った剣で振り下ろされた大剣を支えた。
腕を下げなら受け止める事で衝撃を緩和しながら。
物体が落ちるのと合わせて、手を下げながら掴むと衝撃が弱くなるアレだ。
「へぇ。俺の攻撃を真正面から受け止めるか」
「その方が、楽しいだろ?」
「それは⋯⋯そうだなぁ!」
力任せに弾かれて、今度は隙を無くして迫って来る。
爪先立ちしながら、加速する。
「ふんっ!」
「ぬっ」
その加速を利用した一撃の突き。これはナナミを意識したモノだ。
流れるように地面をしっかりと踏み締め、頭、胸、腹を狙った三段突きを放つ。
「なかなかやるじゃねぇか」
防がれ、反撃のぶん回しが横から襲って来る。
微妙な高さで、屈んで回避は難しいだろう。
だから俺は敢えて、屈んで躱す事にした。
「なにっ!」
身体を限界まで倒して、地面に左手を着け、剣を奴の手を目掛けて伸ばす。
カンっと手を弾いたが、それで武器を手放す程の間抜けでは無いらしい。
「おらあああ!」
攻撃を弾かれた直後の体勢から強い斬撃を高速で振り下ろす。
筋肉が軋む身体に多大な負荷をかける動きであり、魔眼に溺れていた俺では躱す事はできなかっただろう。
「そんな苦し紛れの攻撃が俺に通じると思うか」
「なんっ」
左手でカマクラの武器を持っている手を抑えた。
振り下ろしはできず、力押しでゴリ押しをしようにも俺の腕は動かない。
「お前は無駄な筋肉が多いんだよ。見せかけの筋肉じゃ、俺の力は越えられない」
こちとら幼い頃から筋肉痛を何回も繰り返す程、筋トレしとるんじゃ。
ま、筋力だけじゃないけどね。
その事まで伝える必要は無い。なぜなら相手もそれは分かっているからだ。
模擬戦で俺は剣以外の攻撃はしないと誓っているので、非効率でも木の剣を使う。
この間合いなら手の方が良いんだけどね。
「ちぃ」
堪らずバックステップを踏むカマクラに、踏み込んで肉薄する。
この僅かな近距離の間合いを崩さない。
「気持ち悪いなぁ」
「戦略と言え」
この間合いで奴は思うがままに剣を振るえず、遠心力が乗ってないが故に手を掴まれて攻撃は不発に終わる。
反対の腕で攻撃しようとしても回避できる間合いでもあるため、攻めにくいのだろう。
⋯⋯それが表情に出すぎだ。
自分の苦手な領域に相手が入ってしまったら、それを表に出してはならない。なぜなら、このようにしつこく間合いをキープされるから。
一方的に戦場を掌握していた。
俺の勝利は揺らぎなかった。
敗北し、座り込んだカマクラは俺に問う。
「なんだ、お前のその強さは」
「憧れに向かって突き進んだ結果さ」
「相手の力量も分からない俺は、とても弱いな」
それだけ言い残し、俺は離れた。
お読みいただきありがとうございます
【評価】【ブックマーク】とても励みになります。ありがとうございます