数少ない友達
そろそろ次の試合が始まるので、森の中を散歩しているだろうクウジョウさんを探しに来ている。
中学生時代、やってしまったリストに入っている行為で。
それは、覚えた相手の匂いを辿って探し出す事である。
「あ、いた。クウジ⋯⋯」
「ちゅんちゅん。ちゅちゅ?」
木の枝に止まっている雀に向かって、雀語だと思われる言葉で話しかけている。
俺は先程までの模擬戦で見せていた、鬼人の如き雰囲気を思い出す。
思い出した後、目の前のクウジョウさんを見る。
「あぁ、行っちゃった。そろそろ戻らないとか。⋯⋯あ」
「⋯⋯えと、すみません」
「⋯⋯謝らないでよ」
気まずい空気になりながら、俺達は帰った。
夜、俺は木の上でボーっとしているクジョウさんに会いに来た。
本当なら寝る時間なのだが、どうしても気になったので来ている。
「どうしたの?」
「少し聞きたい事があったんです」
俺も木に登り、クジョウさんとは違う木で座る。
「もしかして、靴と転けた事?」
やはりおかしいと分かっているからか、俺にそう問うて来た。
実際その通りなので、否定はせずに肯定する。
どこか諦めたかのような声音でクジョウさんは言葉を紡ぐ。
「別に何も無いよ。靴は私が場所を間違えた、転けたのも足元不注意なだけ。気にする事じゃない」
「気にしますよ。でも、無理には聞きません」
話したくない内容だと言うのなら、俺が無理に聞くのもおかしいだろう。
だけど、同じ部活の仲間として、同じ志の人間として、困っているなら助けになりたいと思ったんだ。
俺は帰ろうと、木を降りようとする。長居は無用だろう。
「ヤジマくんは⋯⋯今から話す事を聞いても⋯⋯私を嫌いにならない?」
「余程の事でなければ」
「なら、聞いてくれるかな」
話してくれる気になったのかな?
こちらに送って来た視線は今まで一度も見た事のない、疲れきった目だった。無表情の中で見せる僅かな歪み。
「私はね、いじめられた、らしいんだ」
「らしい?」
「それがいじめだと、気づいてなかった」
そこから、クジョウさんは中学時代の話をしてくれた。
◆
幼い頃から憧れていた探索者になるべく、剣術指南者である父に剣を教わっていた。
男とは絶対的な体格の違いがある。才能も努力も一緒だった場合、勝てる要素はゼロだろう。
しかし、それを補うための武器を授けてくれた。
憧れは小学、中学と続いても収まる事はなく、むしろ膨れ上がった。
ダンジョンに行ける日が刻一刻と近づく度に、心が踊った。
それが同年代からは異質に見えたのだろう。
誰もがナナミとの関係を避けた。
避けられ、父に剣を教わっている同年代も自分を恐れ、孤独となった。
孤独だったナナミは次第に憧れだけを見るようになり、周りとの空間に自ら壁を作った。
感情は薄れ、中学の時には笑う事も泣く事も無くなった。
抱えている本音を誰かに言う事もなく、毎日剣を振り鍛錬を続けた。
誰かに評価される事も無く、ただ追いかけた。
才能を持ち日々の努力も欠かさないのはある種、立派な探索者と言える。
そんなある日である、ナナミの容姿によって一目惚れをし、とある部活のエースであり女子からも人気が高い男子に告白された。
否、正確にはされるはずだったのだろう。
下駄箱に入ったラブレターを読んだナナミはきちんと会いに行こうとしていた。
しかし、日頃の訓練と体調管理の甘さが相まって体調を崩し早退。
ラブレターはカバンの中に入れていたのが、いつの間にか消えていた。後にゴミ箱から発見される。
会いに来なかった、ラブレターを捨てた、この二つの結果が噂として広がった。
そこからいつも以上に人に避けられ、嫌な目で見られるようになった。
靴を隠され、教科書を隠され、陰口を叩かれた。
だけどナナミは、学校に足を運び、弱音を吐かず、涙も流さず、機械のように過ごした。
最初は隠されるだけだったが、再びその男の子に告白される機会があった。
早退していた事を知ったからだ。
告白からの返事待ち、ベタベタの言葉に対する答えは至極シンプル。
「ごめんなさい。手紙も捨ててしまってごめんなさい」
人気の高い男の子がフラれた、その事実だけで火種は大きくなった。
軽蔑され、直接悪口を叩き込まれた。
陰湿な嫌がらせは続き、筆記用具が軽く壊される時さえあった。
ナナミはそれが辛いと、思う心さえも希薄だった。
だけど、一番心を揺らした言葉があった。
「お前は空気が読めない」
「感情が無い女」
ナナミは決して、感情が無い訳では無い。
表情に出すのが苦手なだけである。
人と自ら関わりを避けた訳じゃない。避けられるから、壁を作るようになってしまったのだ。
当事者にしか分からない事情は人には伝わらない。
空気が読めないのも図星である。
高校に入り、同じ志を持つ仲間と出会い、過去と決別しようとした。
しかし、そんなナナミはこの合宿で出会ったのだ。一番会いたくないと思った相手に。
◆
話を聞き終えて、胸糞がすごく悪くなったのを感じた。
俺と同じような状況だが、決定的に違うところがあった。
それは支えてくれる存在。
「陰口を広め、根も葉もない、噂を広めた人がこの合宿に居た。あんなに探索者を目指していた私を侮辱していたのに⋯⋯面白いよね」
そう言う彼女は全く、笑ってない。俺だって笑えない。
「その人の名前を聞いても良いかな?」
「氷天さん」
短く、答えてくれた。
立ち上がるクジョウさんは月に照らされて、その表情が分からなかった。でも、きっと無表情なのだろう。
「でも、実際その通りなんだよ。皆が笑う時、私は笑ってない。皆が喜ぶ時、私は喜んでない。皆と違う。空気が読めなくて、面白いも楽しいも壊す人間なんだ。⋯⋯私はそんな自分が、嫌いなんだ」
全てを話し終えて満足したのか、帰ろうとするクジョウさん。
俺は、それを止めた。考えるより先に身体が動いた。
「皆と違うのは当たり前だ。一人一人、人間は違うんだ。周りが笑っているから自分も笑うのが普通なんて考えが間違ってる」
「なんかごめんね。こんな話しちゃって。忘れて。私を嫌いになっても、大丈夫。私は構わない」
歩きだそうとした彼女の手を無意識に掴んだ。
なんて声をかければ良いか分からない。俺はクジョウさんじゃないから。
恋愛シュミレーションゲームじゃないから選択肢は無いし、攻略方法なんてのは当然無い。
正解が無い。分からない。だけど一つ言える。
「俺はクジョウさんの友達だ。アリスだってそうだ」
「⋯⋯ありがと」
驚いた様子のクジョウさんだが、その表情は一切変わってない。
ああ、これで確信した。
彼女は確かに、笑いもしないし喜んだ様子も見せない、反対に怒った様子も悲しんだ様子も。
だけどそれはあくまで、顔に出ないだけなんだ。
「クジョウさんが自分を嫌いになっても、俺は君を好きでいる」
「え?」
「俺は君の剣が好きだ。自分の長所を活かし戦うための技術が。迷いなく、そして自信に満ちた剣が。普通がどうとか関係ない。俺は、君が好きだよ」
「あ、いや、えっと」
あちこちに目を動かすクジョウさん。動揺しているのだろう。
「俺だけじゃない!」
その叫びが、俺に目を固定させた。
瞳に映る自分を睨むように、彼女の瞳を見つめるように、目を合わす。
見つめて、視線を固定させ、逃がさない。
「アリスだって、それに部活の仲間だって。笑わないから、空気を壊すから、だからなんだよって言い返す。君ができないなら俺が言う。溜め込んだモノ全部俺に吐き出してくれ」
自慢話でも、弱音でも良い。
何かを人に話した時、少しでも心は楽になるんだ。
俺が仲間を失って辛い時、妹やアリスに話した時のように。
「君が一人で支える心を俺も支える。皆で支える。いつか君が自分自身を好きになれるように。壁を作るなら、それを斬り裂いてでも歩み寄るよ」
「⋯⋯そう」
彼女は手の力を緩めた。それを確認した俺は手を離す。
沈黙が続く。自分の中で言葉を整理しているのかもしれない。
「私が居ると、楽しい空気も壊しちゃうかもしれないよ」
「君が居た時の楽しい空気は倍だから大丈夫だ」
「私は空気が読めないんだよ」
「それは俺もだ」
「なんで、まだ会って一ヶ月近くしか無い私に、優しくしてくれるの」
「君が俺を友達と言ってくれたから。俺は数少ない友達を大切にしたい」
片手で数えれるくらいしか、友人はいないんだよ。
友達は多いのが正義じゃない。信じ合える友達が少しでもいる事が正義なのだ。
「まずは、互いに弱音を吐こうか? 弱音を吐く勇気を、教えてあげるよ」
仲間を失った。それを妹やアリスに話した時、俺は救われたんだ。
周りに支えられたから前に進める。
クジョウさんに必要かは分からないけど、俺は必要だと感じた。
まずは俺からだ。俺から歩み寄り支える。
「さて、俺の弱音は⋯⋯ちょっと待ってて」
深夜近いからか、俺の気持ちが高揚していたのか、それとも月光の下だからか、後先考えず行動してしまう。
一度部屋に戻り、着替えてからクジョウさんのところに戻る。
お読みいただきありがとうございます
評価、ブックマークとても励みになります。ありがとうございます