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鏡に写るサキュバスは己である

 鏡に写るは銀髪を長く伸ばし、瞳の色は真っ赤で翼と尻尾を持つ女性だ。


 顔立ちは立ち行く人々を振り向かせる程に整っており、身体の方も女性ですら羨むグラマーなボディだろう。


 片手で収まらないサイズを持つが最小サイズの胸が存在感をアピールして来る。


 悲しきかな、鏡に写る女性はなんと、この俺である。


 ため息混じりに身体を洗う。翼が大きいので洗うのが大変だ。


 「はぁ。まさかサキュバスで一晩を過ごす事になるとは⋯⋯」


 こんな風に強制しない限り、むしろしてなかったのだろう。


 種族に馴れる為の一番の近道は一秒でも長く、変身している事だ。


 プールで例えると、最初は冷たくても次第に慣れて来るアレと一緒。


 「うーん翼の付け根が洗いにくいな」


 「キリヤ、身体洗うの大丈夫そ?」


 風呂の外から声がかけられたので、問題ないと答える。


 風呂上がり、髪の毛をドライヤーで乾かすのだが、アリスに手伝ってもらった。


 乾かすのは普段から自分でやっていた為、俺は知らないのである。


 中々に良き。


 「⋯⋯アタシを襲わないでよ」


 「俺がそんな奴に見えるか?」


 「サキュバスだからさ」


 「なおさら⋯⋯」


 同性愛のサキュバスがいてもおかしくないか。この偏見は良くないな。


 夜となり、いつものように時間通りに睡眠に入る。


 アリスはテレビを見てから来るそうなので、最初は一人で寝る。


 昔から知っている人しかいないから、あまり羞恥心は感じなかった。


 「寝て起きても、人間に戻っては無いんだな」


 隣に寝ているアリスを揺らしながら起こして、リビングに向かう。


 そこには既に、先生夫妻が揃っていた。


 「それで、今日はどうするんですか?」


 「朝は基礎の飛行練習を交えつつ、剣の振り方を覚えよう。昼は空中鬼ごっこだ。俺を捕まえてみろ。夜は車で送って行く。その中で寝とくんだ」


 アリスと一緒に感謝を伝えて、朝食を胃に運んで少し休んでから外に出る。


 昨日の感覚を思い出しながら、飛んで急停止を繰り返し、自在な飛行の練習をした。


 その時に鉄の塊、一般的な剣の重さに近づけたその棒を先生に向かって振るった。


 特に当たる事は無かったが、空を飛びながら剣を振るう感覚が掴めて来た気がする。


 「それでも、あの時の感覚には及ばないか」


 この短時間で俺はかなりのスピードで飛べるようになった。


 しかし、月明かりを浴びたあの時よりかは遅い。


 「お、昼飯のようだな」


 笑顔で手を振っている奥さんを見た先生の言葉により、朝の訓練は終わった。


 昼食を食べて休んでから、鬼ごっこが始まる。


 木々が生い茂る中、先生は高速で飛行する。


 それを捕まえるのは至難の業だろう。


 今回の目的は高速飛行と入り組んだ空間での飛行練習である。


 この山は先生が隠居すると決めた時から購入されており、中学時代に何回か来た事はある。


 それでも地形は全く把握してない。


 「それでも、やってみせる」


 翼を広げて加速し、俺は先生を追いかけた。


 バランス、スピードの出し方、色々な事を意識して模索し、走る時よりもちょっと遅い程度まで飛行能力を上げられた。


 「良い感じだ。飛ぶ時は空気と一つになれる。空気の流れを感じ、関わり合う。さすればもっと速くなれる」


 「はいっ!」


 朝のルーティンを飛行練習に変えているので、これからはもっと効率良く練習できそうだ。


 アリスの買ってくれた服のお陰で、露出もほぼ無いし、恥ずかしい事は無い。


 「と、そろそろ時間か」


 「そうですね」


 結局、地形を把握して普通に俺よりも速い先生を捕まえる事はできず、晩御飯となった。


 ちょっと翼の付け根部分が痛い。


 ご飯を食べたら帰らないとならない。明日の学校にも影響が出るしね。


 「もうすぐゴールデンウィークだし、また来るか?」


 「考えておきます」


 車の中ではさすがに翼は邪魔、ようやく俺は人間の状態に戻った。


 「逆に違和感が⋯⋯」


 車に乗り込む前に、先生に一言告げて俺とアリスはとある場所に向かう。


 奥さんも同行して案内してくれる。


 到着した場所には墓が存在する。


 誰の墓か、それは先生の奥さんの墓である。


 奥さんは子供を産んでから四年後に亡くなった。


 俺達もお世話になっていた事から、とても悲しんだのを今でも覚えている。


 先生も悲しみにくれており、霊能力を持つ存在に頼んで幽霊としてこの世に召喚したのだ。


 子供の成長を見守る事のできなかった奥さんはその未練により、しっかりと霊としてここで暮らしている。


 特に問題は無かった。


 あるのは、二度とその声が聞けない事と、触る事のできない状態ってところだろう。


 「それじゃ、戻りますか」


 「「⋯⋯はい。⋯⋯え?」」


 俺とアリスが完全にハモった。


 今の言葉は俺でもアリスでも無く、後ろに立っていた喋れないはずの先生の奥さんの声だったからだ。


 挙動不審になる俺に、声を大きく笑いだした。


 「いやーごめんね。驚かせたくって喋るの我慢してたの。最近ようやく普通に喋れるようになってね。君達にも伝えようとしたけど、来るって言うからサプライズで黙ってました!」


 し、心臓に悪い。


 奥さんは俺とアリスをいきなり抱擁した。力強く、抱き締める。


 霊だと言うのに、まるで実態があるかのような感覚に温かみがある。


 「大きくなったね」


 俺達が施設を卒業したのは今年の一月からであり、四ヶ月近くしか時間は経過していない。


 だけど、その言葉は心をとても暖かくしてくれた。


 車へと向かっている際に、小声で言われた。


 「でも、サキュバスだったとは驚きだったなぁ。ぷぷぷ」


 先生同様に笑ったよこの人。ちょっとほっこりした心が急激に冷えた。


 夜遅く、俺達は家に帰還した。


 途中で温泉などにも寄っているので、後は着替えて寝るだけだ。


 いつもよりも寝る時間が遅くなってしまったので、車の中で寝たと言えど眠い。


 翌日、普段通りに俺達は学校へと向かう。違う事があるとすれば⋯⋯アリスが二度寝したのでおんぶってるところだろう。


 「さすがに駅に着いたら下ろすからな」


 「むにゃむにゃ」


 あぁ、重いっ!


 これも訓練と思う事にした。


 ◆


 時は少し遡る。


 キリヤ達を送り届けた先生は種族となり、車を持ち上げて飛んで帰った。


 その方が速いからである。世間的にはあまりよろしくない。


 家に帰った先生は嫁と談笑している。そこに水を差す用にインターホンが鳴った。


 「おやおや」


 種族へと姿を変え、飾ってある日本刀を手に取った。


 ドアをゆっくりと開けて外を確認する。


 「これはこれは⋯⋯」


 その全員が頭を垂れており、敵意は全く感じない。


 「どうなっているのやら」


 人間状態に戻り、目の前の光景に驚きを通り越して呆れた。


 「ご主人様の先生にお願いがあります。私達を、強くしてください!」


 先生の家に訪れていたのは、人間ではなくモンスター。


 それも全員、キリヤが魅了したモンスターだったのだ。


 (外にモンスターが居るってだけでも驚きなのに、こんな事があるんだな。⋯⋯面白そうだし良いか)


 この日から、キリヤ本人が知らない場所で仲間達は己の師匠に戦い方を学ぶ事になる。


 ◆


 部活の時間がやって来た。


 今日は部室に集まっている。


 「二日後からゴールデンウィークだけど、もちろん皆知っていると思う。そこで毎年恒例の強化合宿を開こうと思うんだ」


 俺、ヤマモト、サトウ、クジョウさんは一切の興味を示さなかった。


 俺の場合はダンジョンに行けないので、行く気がない。


 自分のためにはなるだろうが、一秒でも長くダンジョンで戦った方が強くなれると思う。


 この部活の人達で真の実力が判明してないのは僅かだし。


 ヤマモトとサトウは純粋に出逢いが無いからだろう。


 クジョウさんは俺と一緒の理由かな。


 「ふむ」


 部長がそんな俺達の様子を眺めてから、言葉を出した。


 「実はこれは合同でな。女子高と共学の二種類の学校と同じなんだ。他校の人とチームを組んでもらうかもしれないね」


 それでも興味を示さない俺達。


 部長はまず、女子高の名前を伝えた。


 刹那、ヤマモトとサトウの目が限界まで開く。


 「そこは美女多いランキングでトップスリーに毎年入るレベルの学校っ!」


 「交流があると言う事は、俺にもチャンスがっ!」


 「「合宿楽しみですっ!」」


 二人は行くらしい。


 その次に共学の方の学校名が言われた。


 そこは、遠くてやめたが探索者の部活動が盛んであり、有名なところだった。


 「とても強い人が一年に居るって噂だね」


 「それは、楽しみですね」


 「ヤジマくんが行くなら、行こうかな」


 「良し、全員参加って事で詳細はグループチャットで送るから要注意ね」


 俺達は知らなかった。内心で部長が微笑んでいる事に。


 『こいつらチョロい』と思っている事に。

お読みいただきありがとうございます

評価、ブックマーク、とても励みになります。ありがとうございます

告知:次回、魅了ラッシュ

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