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シオトメの奇策()

 シオトメの視界にキリヤが入る事はなかった。


 どれだけ力を上げようとも、当たらなければ意味が無い。


 工夫も何もない、ただ瞬時に背後に移動して蹴るだけの攻撃。


 そこにセンスも何も無く、スピードで戦うだけの単調さ。


 シオトメもその攻撃に対応しようと背後を向くが、その時、既に背中にキリヤは存在する。


 単純だが、その速度が速すぎてシオトメでは追いつけなかったのだ。


 「クソっ! チキってんじゃねぇぞ!」


 挑発するが、それがキリヤに通ずるはずもなく、ただ淡々と背中を蹴り飛ばされる。


 攻撃が直撃できないのなら、他の方法を試す。


 両手を組んで地面に向かって叩き落とす。周囲を破壊しながら衝撃波で攻撃するようだ。


 しかし、振りが大きい。


 「ぐっ」


 顎に膝蹴りを入れられ、怯んだ瞬間にキリヤは上に移動する。


 月光に輝く大きな漆黒の翼を見ると、その影は一瞬で視界を染め上げる。


 「ぐふっ」


 キリヤの全貌が逆光により見えなかった。


 地面に埋まりながら攻撃された時の違和感を覚える。


 その違和感の正体を知る事無く、一方的に攻撃される。


 サイズの合わない靴を脱ぎ捨て、満月によって高揚した身体は怒りと共に一時的に馴染んだキリヤ。


 元々探索者として努力して来たキリヤは種族の身体的特徴や能力を使いこなせていたら、一度も敗北を経験していなかっただろう。


 向上した身体能力を完全に制御できる。


 シオトメを圧倒する速度も直角に曲がる飛行技術も、身体に馴染んだ今はできる。


 種族を完璧に使えるキリヤは当然、人間の時よりも圧倒的に強い。


 (一体どうなってやがる。アイツは一年で俺は三年、二年もの違いがあるんだぞ)


 探索者としての歴が違う。


 そもそもキリヤ達一年生は探索者になってから一ヶ月も経過していない。


 悪事をしているシオトメだが、探索者として活動していない訳では無いのだ。


 しかし、力の差は歴然。


 (どうしてだ)


 シオトメは勘違いしている。


 探索者となってからの歳月しか見ていなかったから。


 本来ならその前、それは探索者になる前、訓練を行える最低年齢よりも前、幼少期からのトータルで見るべきである。


 幼い頃から鍛えたキリヤと探索者になるために最低限の訓練しかしていなかったシオトメ。


 憧れの存在に近づくためにひたむきに進んだキリヤと我欲を満たすために進んだシオトメ、信念も覚悟も全てが違う。


 シオトメは確かに、種族とランダム要素の魔法獲得もバランスは良かっただろう。


 アタッカーとして優れているだろう。


 しかし、弱い。


 「クソがああああ!」


 我欲のために人の心を弄び、尊厳すら奪ったシオトメに救済の女神は微笑まない。


 彼を助けてくれる存在は全員が気絶して夢の中、ただ一方的に存在を把握できずに殴られるだけ。


 「クソ!」


 がむしゃらにただ突き出した拳も空気を殴るだけ。衝撃波で屋根に穴は空くが。


 当たれと願っても当たらない攻撃は屋根を破壊して破片を落とす。


 破片の一つが攻撃されたかのように吹き飛んだ。


 (なるほどなぁ)


 シオトメは嗤った。


 そこに弱点が存在するのだと分かったから。


 廃工場として営業中に用意されていた機械を適当に掴みあげる。


 それを先程、破片が蹴り飛ばされた場所にぶん投げた。


 ゴリラの腕力に力を強化する魔法の付与されたパワーは重い機械でも野球ボールかと思う程に、真っ直ぐと高速に投げられた。


 同時に地面を殴りジャンプし、投げ飛ばした機械に近寄る。


 狙いは正確だった。


 「甘いんだよ」


 透き通るような美しい声。


 (あれ? そう言えば、種族が変わってから大きく声が変化しているような)


 種族になると声帯が変わり、声が多少変化する事はある。


 だけどシオトメの知識の中にキリヤ程、声が変わった人はいなかった。


 まるで性別が変わったかのように大きく違う。


 「ん?」


 シオトメを包み込む大きな翼の影。


 「埋まれ」


 シオトメに加速し襲い来る蹴りを回避する術は無かった。


 地面に身体がくの字でめり込み、キリヤは投げた機械もしっかり投げ返す。


 力はゴリラに及ばないものの、軌道を変えれば投げる事はできる。


 シオトメの投げた力を利用して軌道を変え、逆に投げ返したのだ。


 「ぐがっ」


 機械に潰されたシオトメは血反吐を吐き出した。


 頑丈な肉体を持っていたとしても、一トン近い質量のある機械に潰されれば肉体は傷つく。


 しかし、それでも立ち上がる。


 それはなぜか。立ち上がれるくらいのダメージしか受けてないからだ。


 「邪魔しやがって」


 普段だったらとっくに撮影を終えて脅迫しているところだっただろう。


 撮影したデータは金に変わり懐に収まる。


 (邪魔しやがって)


 もしかしたら今までも邪魔して来たヒーロー気取りの人間はいたかもしれない。


 そのような人が報告されてないって事は、そう言う事なのだろう。


 血管が浮かび上がる程の怒りが全身を駆け巡る。


 だけど冷静になる。ならざるおえない。


 (まずい。このままでは終わりだ)


 シオトメは今も尚姿の見えないキリヤを考え、結論に至る。


 勝てない、と。


 これ以上時間をかければ警察が到着して全員逮捕されるだろう。


 自分で発言した言葉が丸々証拠となり、調べられる事になる。


 当然、今の楽しい生活も永遠に味わえないだろう。


 「や、ヤジマくん。話をしないか?」


 苦肉の策。最終手段。


 これがシオトメの考えた中でベストで愚かでバカバカしい策。


 「君も仲間にならないか?」


 姿の見えないキリヤにそう告げた。


 返答も無く、攻撃も無い。だから続ける。


 「君だって男だ。色んな女と楽しめるんだぞ。か、金だってやろうじゃないか。どうせ君もナグモの事をそう言う目でしか見た事無いんだろ?」


 それは全くの検討はずれ。


 そもそもキリヤは女性に対して一度も欲情を抱いた事が無いのだ。


 探索者を盲目的に目指し憧れた、頭のネジが外れた人間だから。


 だからこそずっとボッチで周りから煙たがられていた。


 それを哀れみ、傍に寄り添ったのがアリスなのである。


 人間はハブっている奴の近くにいる奴もハブる。


 その為にアリスの小中の青春は少し悲しいモノとなっている。それでも友達がいない訳ではなかったが。


 キリヤと違いアリスは人付き合いが得意だったから。


 自分が常に孤独にならず、心が折れる事無く特訓して今があるのもアリスのお陰。感謝している。


 そんな恩人でもある人が今、恐怖し涙を浮かべている。


 キリヤにとって性別や容姿は関係ない。


 『支えてくれた恩人で大切な幼馴染』、それが重要なのだ。


 アリスのだらしない性格をキリヤが支え、アリスの存在がキリヤの心を支えた。


 「な、良い事だろう?」


 シオトメの仲間になれば何も考えずに自由に振る舞えるだろう。


 それは決して、世間から喜ばれる事では無い。寧ろ嫌われる行為。


 キリヤを信じてくれた人達、家族だって軽蔑するだろう。


 (お前にとっても良い話だろう。力があるのにそれを自由に使わないのはおかしい!)


 愚かである。


 だからこそ、ただ一言を告げる。


 「醜いな」


 力を得るのは誰でもできる。ダンジョンに入るだけだから。とても簡単。


 しかし、使い方は人それぞれ。


 キリヤの様に強さを目指す者やシオトメの様に暴力として自分の欲を満たす道具にする者。


 全ての探索者には敬意を持つキリヤだが、シオトメ達にはその気持ちは無く、あるのは軽蔑だった。


 「もう良いだろう」


 意味の無い言葉を吐き続けるシオトメに対して、意識を刈り取る一撃として、踵落としを脳天に叩き込んだ。


 「ぐはっ」


 暴れて廃工場もめちゃくちゃ。


 色んな人が気づく事だろう。


 キリヤはアリスのところに移動した。空中をゆっくりと滑るように。


 「⋯⋯キリヤ、なんだよね」


 「そう見えるかな?」


 「少しだけ?」


 「え、マジで!」


 内心本気で喜ぶキリヤ。それに気づいたアリスは慌てて否定する。


 「ごめん冗談。全く面影無いし、めっちゃ美人だよ」


 「え⋯⋯そっか」


 しょぼんとするキリヤ、次の瞬間には二人して高らかに笑う。


 「無いよりかはマシか」


 アリスの姿を見て、自分の翼のせいで背中が破けた服を与えた。


 気休め程度だが、これで少しは寒くなくなるだろう。


 「帰ろうか」


 「うん⋯⋯キリヤ」


 「ん?」


 「助けに来てくれて、ありがとう」


 そして二人は月を眺めながら夜空を駆けた。


 これから話さないとならない事が山ほどあるだろう。


 どうしてシオトメが危険だと分かったのか、どうして種族になると性別が変わるのか。


 だけど今は、ただ静かに無事を噛み締めて、優雅に飛んだ。

お読みいただきありがとうございます。

評価、ブックマーク、とても励みになります。ありがとうございます。

すみません。少し遅れました

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