わたしをアナタの臭いで染めて
「早速発見ですね!」
「まずは普通に戦うからな?」
お願いだからそんなにしょぼんとしないでくれ。
願っても仕方ないか。
「ちょっと臭いな」
剣を抜きつつ俺はゾンビに近寄る。
眼の力は『倒せる100%』と出ているし負ける事は無いだろう。
相手も俺に気づいたのか、ゆっくりとした足取りだがしっかりと近づいて来る。
腐った肉が基本で生気は当然全く感じない。
片目は消失しており、関節の部分は骨が露出している。
攻撃方法は間合いに入った瞬間に、ブォンっと腕を強く振るう攻撃だ。
それも予備動作が大きくてお粗末な攻撃なため、回避も受け流しも容易だろう。
だが、ゾンビは防御力も高いが攻撃力も高いのが一般常識だ。
なので基本は回避。
「あれが魔石ね」
心臓部の魔石は朽ちた肉の隙間から輝きを放っており、見つけるのはとても簡単。
そこを貫けば一瞬でケリはつくだろうが、俺はそうしない。
魔石が欲しいのでね。
「ふむふむ」
ゾンビの攻撃は一歩前に出ながら腕を振るうので、一歩分射程が伸びる意識を忘れてはダメだな。
伸びきった腕を斬るのはあっさりとできた。
右腕を切断し、流れるように残りの左腕、左右の足を切断した。
不気味な雰囲気と見た目をしているが、しっかりと動きさえ見切ればとても単調で、群れを成したゴブリンよりも脅威度は下がるだろう。
秘めているパワーがどんなモノか知らないけど。
四肢を切断した程度では完全に倒せている訳では無いので、トドメに頭を破壊する必要がある。
垂直に剣を突き立て、刺し込む。
じたばたとしていたが、時間が経ったら止まった。
確実に死んだのだろう。
「終わったよ」
ライムはゾンビでも普通に食べるらしい。
ゾンビウイルスに感染しないか心配になるが、そんなウイルスの話は聞いた事が無い。
ゾンビに倒された探索者がゾンビになるって言う都市伝説は良くある話だけど。
さて、そろそろ現実逃避を終えて皆の眼差しと向き合う必要があるだろう。
コメントを見れば、同じようなコメントばかりだ。
“脱げ”
“ようやく魅了タイムか”
“早く!”
“サキュ兄ガンバ!”
ここに来るまでも魅了したと言うのに、視聴者や仲間達はまだ俺のメンタルを攻撃して来る。
いずれ精神攻撃系の能力を覚えてもおかしくないだろう。
証拠に俺の精神は削られている。
乾いた笑いしか出て来ないぜ。
「うっし。次の狩り行くぞ!」
「ご主人様! ゾンビのように防御力の高い仲間は必要だと思うんです!」
視聴者共!
ユリに一体何を吹き込んだんだ。あぁん?
“めっちゃ睨んで来るやん”
“あぁ、ヤバい。興奮する”
“罵倒してくれ”
“脱いで欲しいなぁ”
「ユリ。冷静に考えるんだ。防御力の高い仲間を増やしても、肉壁にしたくないだろう?」
「普通に戦力的にバランスが良いと思ったんです。ゴブリンは総合的に、ウルフはスピード、コボルトは腕力、そしてゾンビは耐久。バランスの良い軍隊になると思うんですよ!」
説得力があるのかな。
確かに、防御力の高い仲間が入れば味方を守ってくれそうで心強いだろう。
しかしだな。
俺の心はやりたくないと悲鳴をあげている。
「でも、臭いよ?」
「どんなに臭くても仲間になれば我慢できます!」
「つまり今は我慢できないんだな。無理は良くないな。今日は帰ろう」
「大丈夫です!」
ユリが他のゴブリンにも同意を求めると、ウルフ達が雄叫びをあげた。
一番鼻が利くウルフ達が問題ないと念押ししたのだ。
「チィ」
臭いじゃダメか。
ならば方向性を変えよう。
「ゾンビは脳が無いんだ。俺に魅力は感じないと思うんだよ」
「モノは試しです!」
視聴者てめぇらああああ!
絶対に要らん事をユリに吹き込んだな。絶対に吹き込んだな!
視聴者のせいでユリが偏った知識を蓄えたらどうする気だクソ野郎共が。
誰か。俺に助け舟を出してくれる奴はいないのか!
まずは影が薄くて気配を消すのが上手く、常に孤高を気取っているローズに目を向ける。
彼女は⋯⋯ユリと同じ目をしていた。期待の眼差し。
力がゴブリンの中で一番強くて、テンション高めで良く太ももを凝視して来るアイリスは!
彼は妄想を膨らませていて、上の空で俺の視線は無視らしい。
「ちくしょう」
“大人気配信者になるんだろ!”
“頑張ろうぜサキュ兄”
“皆の願いを叶えてのサキュ兄だよね”
“脱ぎましょう”
俺は一回だけ地面をぶん殴り、覚悟を決めてゾンビを探す事にした。
“戦争に向かう兵士の顔つきだ”
“ゾンビと戦う時よりも真剣な顔だな”
“惚れてまうやろ。あ、既に魅了されてたわ”
“さーて、会議の準備するか”
ゾンビが現れない事を祈っていたら、ものの数秒でゾンビとエンカウントした。
今は隠れている。
ウルフが先頭を歩いて道を先導していたので、多分既に居場所は気づいていたのだろう。
臭いって顔に出さないように気をつけているようだが、我慢しているのはすぐに分かる。
逃げ場は無いと思い、一旦ため息を深く吐いた。
「それでは、会議を始めます!」
ノリノリなユリを眺めながら、いっそ速攻でゾンビを倒してやろうかと考えながら、座り込む。
ライムはユリ側だが、慰めと言わんばかりに俺の抱き枕になってくれる。
ぷにぷにボディに顔を深く埋める。
優しい匂いと感触に眠気が襲って来るが、寝る訳にはいかない。
「てかマジでライム、良い匂いするな」
なんで?
とても長く感じた時間は過ぎ去り、会議は終わったようだ。
ユリが仲間と視聴者の代表として俺にやって欲しい事を伝えてくれる。
“目が死んだ魚ww”
“サキュ兄が灰になってる”
“楽しみやなぁ”
“エロが見れる!!”
“ゾンビの魅了楽しみだな”
“さてはて、どんな結果になるかな”
“ワクワク”
“はよはよ”
俺はゾンビの前にゆっくりと出る。
「ふぅ」
息を吐いて、覚悟を固めた。
ゾンビはサキュバスの身体に魅力を感じるか分からないが、やるしかないか。
膝を折って地面に着けて、服を少しだけ捲り上げる。
ヘソが見えるくらいまで上げる。理想は胸下辺りらしい。
恥ずかしい。
“さぁ、決めゼリフを!”
「ぐっ。わ、私の、身体をっ!」
唾を飲み込み、最後の言葉を叫び飛ばす。
既に半泣き状態で、目頭に大粒の涙が溜まる。
「その腐った臭いで染めませんか!」
おがあああああああああああああ!
アバアバアバアバ。ちーん。
二分後、恥ずかしいさで倒れていた俺は回復して立ち上がった。
目の前では仲間になったゾンビにユリが色々と教えている。
「ふっ。魅了できてしまった」
これはまた視聴者が盛り上がるな。
ははははは。
「仲間が増えるのは嬉しい。その分責任も感じる。⋯⋯だけどその前に羞恥心で死にそうだ」
頭を抱えて地面に倒れ込む。
「俺の憧れた配信者に近づけているのか? 凄く、遠のいている気がする」
“気のせいだサキュ兄”
“真っ赤に顔、最高でぇす”
“これはたまりませんなぁ”
“やっぱりゾンビには臭い攻めが一番良いよな!”
“鼻が曲がるような臭いに無理矢理染まるサキュ兄⋯⋯良い”
“サキュ兄の中身は全然腐ってないけどね”
“純血のサキュ兄”
“ゾンビが笑っている”
魅了したゾンビはユリと話し合って楽しそうに笑っている。脳あるの?
どんな話し合いをしているのだろうか。
「はぁ。辛い」
このまま黄昏て時間経過を楽しみたいな。
うん。それが良い。それで良いと思うんだ。
「あーいや。そろそろ訓練しないとな」
訓練⋯⋯だよなぁ。
無意識に口角が吊り上がる。
その表情が全てを語っていたのか、ユリ達の身体が固まった。
「うんじゃ。広い場所を探して訓練するかぁ。いつもの数倍厳しめでね」
“あらまにっこり笑顔”
“可愛いね”
“どんまいユリちゃん”
“視聴者は安全圏で眺めてまーす”
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