曖昧な弱さ
木製の槍と剣の先端が衝突する。
「オラッ!」
「おっと」
槍は一旦引かれ、回転を乗せて横薙ぎに振るわれた。
屈んで回避すると、回転の勢いを利用して突きの構えと変えて、流れるように突き出される。
眼の力が発動して、どこに来るかが確率で分かったので回避は余裕そうだ。
剣を前に出して相手の軌道を逸らしながら懐に飛び込む。
「させるか!」
「あぶねっ」
顎に向かって膝が飛んで来るので、バックステップで回避した。
まじで模擬戦か怪しくなる程の全力だな。
学生で探索者をやるには訓練所を出る必要がある。
その過程を終了しているのだから、最低限以上の力は当然有している訳か。
『モテたい』と言う理由で厳しい訓練にも耐えて来た男、ヤマモト。
普段の態度からは想像もできない槍裁きだ。
女子相手には常に手加減しているのか、俺の中でのヤマモトの評価はそこまで高くなかった。
しかし、全力のヤマモトと対峙したらそんな評価は覆る。
「でもなぁ。模擬戦で殺す気でやるか?」
「訓練とは常に全力で向き合うモノだ!」
「相手がクジョウさんだったら?」
「勝負が始まる前に決着がついているだろう。俺の負けでな」
だろうな。
呼吸を整える会話は終え、再び戦闘の方に意識を向ける。
薙ぐ、突く、のコンボを流水のように止まる事を知らぬ動きで使いこなして来る。
それだけではなく、回避しにくい場所を正確に狙って来るのだ。
だが、眼の力があるおかげでそれが逆に、回避を容易にしてくれる。
「ここだ!」
「一発殴るまでは負けられん!」
剣を振り下ろすと、槍を横向きに防ぎ、蹴りを繰り出されたので距離を離すしかない。
やっぱり一筋縄ではいかない。
高校生でここまでやれるまで訓練する、だからこそ小さい頃から本気で探索者を目指す奴らは浮くんだ。
だけどな。
周りの目なんか一切気にしないで訓練する。だからこそ探索者ってのはカッコイイんだ。
俺の場合は⋯⋯かなりアリスに支えられた部分もあったと思う。
常に強くなろうと努力していた俺は遊びや友達付き合いをそっちのけだった。
周りからは当然浮いていたし、陰口などは日常茶飯事。
辛くて泣きそうな時もあった。だけど、その時ずっとアリスが心の支えとなった。
「考え事とは悠長だな!」
「すまんな。ちょっとしんみりしちゃってさ」
そうだな。
今は昔の事を振り返っている場合では無い。
「悪いが、お前の攻撃は絶対に受けんぞ」
鬼の形相で攻撃して来るんだ。
受けるのはさすがに恐怖。
俺は高くジャンプして、落下の勢いを乗せた強撃を当てる。
着地と同時に足首のスナップを利かせて懐に飛び込む。
眼の力をフル活用して膝蹴りを回避し、足を引っ掛けて体勢を崩す。
ヤマモトは槍を持ってない手を使って体勢を直し、反撃を警戒しての突き出しで追撃を抑える。
「攻め手に欠けるな」
「喰らえ、俺達の信念の連撃を!」
サトウの信念も含まれているようである。
高速の連撃が目の前から迫る。
「三番目か」
確率が高い順に突き出される槍。
そのおかげで、タイミングはバッチリだ。
軽くジャンプして浮いて、脚で挟むように槍を捕まえ、重心移動を利用して投げようとする。
「てめぇは猿か!」
ヤマモトは手を離して距離を取る判断をスピーディに行い、構えを取る。
「正々堂々と行くぜ!」
「ならばなぜ貴様は木の剣を離さん!」
「訓練は常に全力なんだろ!」
真っ直ぐと、縦に一直線を描く。
「ふんっ!」
「そこならまだ、範囲内だ!」
バックステップで回避される斬撃⋯⋯だけど狙っていた。
俺は重い腕を強く無理矢理上に持ち上げる。
下に向かっていたベクトルを強制的に上に向けるのだ。
「何っ!」
「燕返し!」
「何をこれしき!」
ヤマモトは俺の剣に集中して両手で挟もうと考える。
闘いの中でそれは良くないぜ。
「残念フェイクだ」
俺は剣から手を離し、ヤマモトへとその手を伸ばす。
剣に集中していたヤマモトは当然、その行動に意表を突かれる。
そこに隙ができ、俺の狙い通りになる。
左手で胸ぐらを掴み、右手を手刀にして喉に当てる。
もしも本気で殺そうとしたら、喉を突き刺して抉り出す。
或いは腕を首に巻き付けて、反対の手を利用して首をへし折る。
その判定をレフェリーは下し、俺の勝ちとなった。
「クソっ! クソがああああ!」
「えぇ」
ヤマモトは膝から崩れ落ち、地面を何回も殴る。
「すまないサトウ。俺の無念を、晴らしてくれ」
「まるで俺が悪役みたいだな」
「お前は俺らから見たら十分の悪だ! シバくぞ!」
ちなみにサトウの初戦は部長であり、フルボッコにされていた。
二回戦目は対戦相手が昼食に食べた何かが当たったのか、トイレに行って帰って来なかったので不戦勝となった。
三戦目は何かと縁があるのか、クジョウさんと対決になる。
そろそろ決着をつけたいところだ。
「さっきの闘い、少し疑問がある」
「ん?」
対戦前に質問か。
「何かとは具体的に言えないけど、前の君とは少し違う。違和感があった」
「そうかな?」
アリスとの一件があり、少しだけ気分が下がっているのだろうか。
気分が落ち込むと、パフォーマンスにも影響は出る。
「うん。何か、違う」
「それじゃ、この勝負で試してみようか」
レフェリーが開始の合図をして、クジョウさんが一瞬で間合いを詰める。
いつものように身体の捻りを利用した高速の連撃ではなく、剣を持つ手を身体の前に出している。
運命の確率がテロップとして一箇所だけ点として現れた瞬間、その剣は伸びて来た。
テロップとクジョウさんの剣速が噛み合わない。
「とてもギリギリ。前の君ならもう少し余裕と確信を持って紙一重で回避していた」
「そうかね!」
距離を離す為に剣を振るうが、柔らかい身体なのか仰け反らして回避され、戻る力を利用して突きを繰り出される。
剣の側面で防ぐが、その衝撃は全身に伝わる。
「今の君なら、勝てるかもしれないね」
「それはどうかな」
集中してクジョウを見て、テロップを視る。
運命の確率、そこから繰り出される攻撃を予測して回避し反撃に移る。
突きを回避しようと重心をズラした瞬間、彼女の手首が動いた。
「やっぱり弱くなってる。なんで?」
流れる動きで刺突から斬撃へと切り替えた。
突きはフェイントであり、斬るのが本命。
手首を利用して軌道を変えて、しっかりと重い攻撃となっている。
ギリギリでテロップに反応できて、回避できた。
「ふぅ」
まさか攻撃の軌道を急転換させるとは⋯⋯。
色々と危ないがまだ一撃も受けてない。
今度は俺から攻める。
防御される確率が視えるので、確率の低いところ⋯⋯ではなく真ん中くらいの所を狙って剣を通す。
「安直」
ヒラリとジャンプして回避される。
俗に言う、蝶のように舞い蜂のように刺す。
空中に居るとは思えない速度と攻撃力を秘めた渾身の突きが迫る。
「くっ」
防ぐが、全身の体重をかけられる。
地面に降りる事無く、全ての体重を木の剣で支えて攻撃に利用している。
闘う度に驚かせられるよ。本当に。
「おっと」
受け流そうとする僅かな身体な動きでクジョウさんは回避の判断をした。
「弱く感じるけど、実際はどうなんだろうね。今回も勝敗はつかなそう」
「そうかもね」
◆
「部長。先程から難しい顔してますよ。まだお腹痛いんですか?」
「それもあるが⋯⋯ヤジマが変でな」
「ヤジマキリヤ、常に部室に行くとクジョウナナミと素振りしている少年。相変わらずの強さですね。あの二人は一年の中で飛び抜けていると思いますが。⋯⋯そう言えば、今日は遅かったですね」
「ああ。それも変なんだが、闘い方がな。なんか、いつもと違うって言うか、なんだろうね。何て言ったら良いか⋯⋯」
部長は少しの間難しい顔で考えて、見つけ出した言葉を副部長に対して伝える。
「今の彼なら、僕は確実に勝てるよ」
「つまり、前の彼に勝つのは確実では無いと?」
「まぁね。闘ったら負ける気は無いけど、それでも負ける時ってのはあるからね」
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