山本は模擬戦でも命懸け
コボルト一体に十体以上のゴブリンが群がり、攻撃を仕掛ける。
一方向からだけではなく、背後や横側からもしっかりと攻撃を入れて行く。
コボルトを含んだ数体のゴブリンのチームは一体のコボルトの相手をしている。
仲間にしたコボルトは訓練を受けてないので、連携力が弱い。
そのため、集団戦には参加させる事はせずに、その強さを活かす事にしたらしい。
残った一体はユリペアが押している。
ユリの技術はゴブリン達と比べると卓越しており、ダイヤに乗った状態でも剣のキレは失わなかった。
正確に相手の動きを予測してダイヤに指示を出して回避する。
その際に声ではなく、ダイヤをポンポンと手で叩く事で合図をしている。
回数によって躱す方向や仕方を指示しているのだ。
“ユリペアやばくね?”
“あの一瞬で正確な指示を良く出せるな”
“その指示を完璧でこなすダイヤもやばい件について”
“ゴブリン達も数の多さを利用した戦い方をしているな”
“進化が近いかもね”
“ゴブリンの進化条件は一定の強さになる事だしね。コボルトを集団で倒せるなら進化しそう”
“順調だな”
“頑張れ!”
眼の力で勝利する運命の確率を確認すると、グングンと伸びてついに確定状態に入った。
これで安心して見られるな。
片足で武器を使って立ち上がったコボルトが仲間の状況を眺める。
仲間は全員疲弊している。この状況を打開できる術を探しているのかもしれない。
だが、それは不可能だろう。
その状態で意地でも動ことすれば、攻防を繰り広げているユリがトドメを刺しに来るからだ。
ダイヤと共にいるからできる余裕を使ってユリは動きを制限させたコボルトをチラチラと見ていたのだ。
動き出せば瞬時に反応できるように。
トドメを刺せる状況でも刺さない。
それは他のコボルトを逃がさないため。
コボルトは傷を負った仲間を見捨てて逃げる選択をするべきだった。だけどそれはできない。
それを利用したのだ。
逃げる選択肢を与えない。
コボルトは周りを眺めて動けずにいる。何をして良いのか分からないのだろう。
この戦況を覆すのは不可能だし、俺がソイツを楽にしてやるのも手か。
「本当は手を出したくないけど、惨いのは好きじゃない。ライム、剣になれるか?」
ライムが姿を変えて、ゴブリンの剣になった。
ゴブリンの剣はボロボロの剣だが、それよりも斬れ味は悪い。
だけど、ライムの成長に繋がるかもしれないから、俺はライムで斬る。
苦しみも痛みも感じさせない。
一太刀でその首を刎ねる。
「さようなら」
俺は落下して、そのスピードを乗せた剣でコボルトの首を斬った。
ユリがそれを見て、何を思ったかは分からないが、自分の戦いに全力を出した。
ユリとダイヤが全力を出したらコボルトは一気に削られる。
購入した武器である短刀はサイズは小さくてもコボルトの剣よりも斬れて、ダイヤの機動力を活かした攻撃を繰り返す。
できるだけ深く、そして広く斬り裂く。
斬撃痕が時間を重ねる毎に量を増やし、全身を赤に染め上げる。
命のロウソクが消える寸前まで、コボルトは生きるために戦い足掻く。
しかし、その灯火がさらなる輝きを放つ事無く、ユリの剣によって掻き消された。
他の方と言えば、コボルトとゴブリン数体チームは早々に勝負を終わらせていた。
ゴブリンが相手の行動範囲を制限させ、コボルトの力による振り下ろしで武器ごとコボルトを破壊する、つまりはゴリ押し作戦で戦っていた。
それらはゴブリンとコボルトの考えた戦法ではなく、ユリが事前に考えて伝えていたのだ。
故に、コボルトと同じチームのゴブリンはスピードや機動力に自身のある奴を中心にしている。
見た目は同じでも、個々によって得意不得意が変わり、当然戦い方が違う訳だ。
最後に残ったゴブリン達とコボルトの戦い。
コボルトを分散させる役目を持ったウルフは槍持ちのゴブリンの足となっている。
スピードで上回り、槍で突く。
ゴブリン単体も技術面で見ればコボルトに遅れを取る事はなく、斬撃を命中させている。
防ごうとしても、防御体勢に入った瞬間に背後からの攻撃がコボルトを襲う。
数を活かす戦い方、それは相手に回避も防御も考える時間すら与えない程に攻める事。
圧倒的格上の前では数など意味を成さないが、少し上程度の実力者ならば、数が揃えば意味を成す。
個々では当然、コボルトに軍配が上がるだろうが、今は殺し合い。
タイマンなんてのはありえない事だ。
時間はかかったが、ゴブリン達はコボルトを見事に仕留めた。
「武器はゴブリン達に使わせて、肉と要らなくなったゴブリンの剣はライムが食べて。魔石は一個は俺が貰おうかな」
残りの魔石は換金だ。
ゴブリン達は進化しなかったが、勝利に酔いしれている。
周囲を眼の力で確認して、問題ないと判断してから俺達は帰る。
「ん〜やっぱりコレが一番落ち着くなぁ」
人間の姿に戻った俺は、一旦全身を伸ばしてほぐす。
装備を脱いでから、受付に並んで呼ばれるのを待つ。
呼ばれたので向かう。
今日は珍しく、行きも帰りもヤエガシさんだった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
俺はステータスカードと換金したい魔石をカウンターに置いて行く。
「⋯⋯四層は問題なさそうですか?」
「はい。今のところは」
「そうですか。無茶をしてはいけませんよ」
「はい」
無茶したところで、意味が無いからね。
無茶しないと勝てないって状況は、俺が弱いからだ。
そんな状況にならないようにしないとな。
「それでは、また明日お待ちしております」
「はい」
また明日って、明日も来ると思っているらしいな。行くけど。
「⋯⋯アリスにどう謝れば良いんだろうか」
珍しく喧嘩みたいなのをしてしまった事により、俺の脳内にアリスが居座った。
翌朝、今日もアリスを起こす。
「おはよぉ」
「お、おはよう」
いつものように緩い挨拶に一瞬度肝を抜かれたが、返事をする。
徐々に目が冴えたアリスは俺を睨み、頬を膨らませた。
ぷいっとそっぽを向く。
「⋯⋯弁当、一応作ったけどいる?」
「⋯⋯ありがとっ」
目を見ながらお礼を言うのは変わらず、受け取ってからまたそっぽを向いた。
「着替えるから出て行って!」
「⋯⋯荷物まとめたか?」
「た、多分大丈夫!」
その言葉を信じて、俺はアリスの部屋を出た。
アリスのご両親が起きていたので、挨拶をしてから外に出る。
それから二十分後、アリスは慌てて家から出て来た。多分、体操着が見つからなかったのだろう。
「急ぐぞ」
「言われなくても!」
俺達は全力で駅まで走った。
ギリギリ学校には間に合い、朝の時間が始まる。
さて、今日の部活は何をするのだろうか。
部活専用のグループチャットにて、部長から訓練場の所に招集されたので、そこに向かう。
アリスに一言かけようとしたが、先にテニスコートに行ってしまった。
「俺の失言だからな⋯⋯どうしたものか」
悩みながら部活にやって来ると、俺が一番最後だった。
「ヤジマが一番最後って珍しいな。明日は雨か?」
「すみません」
「なに。遅刻と言う訳じゃない。むしろいつも早すぎたら怖いからな。人間味があって良いじゃないか」
部長にそう言われて、今日やる内容を聞かされる。
やる内容と言うのはトーナメント戦である。
いつものように肉弾戦もありとして、降参か本物の武器の場合に確実に死ぬと判定される攻撃の寸止めにより勝負は決まる。
武器破壊は拳があるので勝敗には関係ない。
俺の一回戦目はなんと、ヤマモトであった。
「ヤマモト、全力で叩きのめせ!」
「もちろんだサトウ。それが親友ってモノだ」
「模擬戦だからな?」
ヤマモトの殺しにかかりそうな気配に一応注意を入れておく。
ヤマモトの武器は槍。
レフェリーの合図で同時に動く事になるだろう。
「両者、始め!」
始まりの合図である、手を下ろしたと同時に互いに地を蹴った。
「死ねえええええええ!」
「だから模擬戦だって!」
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